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やったぜ。(完全版)  作者: 水前寺鯉太郎
やったぜ。1 ― 岡山の深淵・おっさんと聖水の始まり編 ―

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第8話

投稿者:土方のわし 2024年6月3日

 やったぜ。太郎の体調が、一ミリの隙もなく戻りよった。

 数日間、よだれとリンゴの匂いが染み付いた畳の上で、出口のない看病をした甲斐があったわ。今朝、太郎が腹の底から「ワンッ!」と、現場の重機のような咆哮を上げよった。わしは黙って、その図太い首を一気に突うずるっ込んで(抱きしめて)やった。それだけじゃ。

「よし太郎、快気祝いという名の盛り合いじゃ。今日はドバーっと奮発するぞ」

 わしは作業着のまま、ペットショップという名の聖域へ乗り込んだ。深夜の現場で泥とアスファルトにまみれて稼いだ、血と汗の結晶を握りしめ、ガラスケースの中の「極上ジビエ仕立て・無添加フード」という名の禁断の果実を指差した。

「店員さん、これ全部包んでくれ。一番卑しくて高えやつじゃ」

 アパートへ帰り、三人と一匹で車座になった。

 袋を開けた瞬間、厳選された鹿肉の濃い香りが部屋中に充満し、わしの鼻腔を一ミリの隙もなく直撃しよった。ああ~~たまらねえぜ。

「わしさん、これ……俺らの昼飯の三倍、いや、人生三回分くらいの価値がありますやん」

 兄ちゃんが、手に持った半額シールの貼られた、一ミリの隙もなくパサついた菓子パンを見つめて絶望しとる。

「……わしも、一粒だけでええから、喉の奥底まで流し込みたいもんですわ」

 おっさんが、皿の横で白濁した瞳を輝かせ、本気の目をしてよだれをドバーっと垂らしよる。

「おっさん、これに手を出すな。人間という名の不純物が食うもんじゃねぇ」

「ちょっとだけ……舐めるように……」

「ダメだと言うとるんじゃ! 至急、離れろ!」

 わしが元コックの意地で、最後のアートとして盛り付けを整えようとした瞬間、太郎が弾丸のようにジャンプして皿に突っ込みよった。盛り付けもクソもねぇ、一気にめちゃくちゃや。

「……まあ、ええわ。食え」

 太郎は一粒一粒を、宝石を砕くような、あるいは現場のバラスを圧砕するような「カリッ、カリッ」という音を立てて食い進めよる。その贅沢な音が、静まり返ったボロアパートにずるずると響き渡る。

 それを、作業着姿の男三人が、トップバリュの湿気たイカフライを齧りながら、無言で見守る。これが格差社会という名の地獄か。おえんわ。

「食え、太郎。お前の血肉は、わしの椎間板ヘルニアと腰痛という名の犠牲でできとるんじゃからな」

 おっさんが我慢できずに一粒くすねようとしたが、太郎に「グルル」と、現場監督以上の威圧感で凄まれて手を引っ込めよった。

「……犬という名の支配者に、完全に見下されましたわ」

「当たり前じゃ。お前より高い、生の報酬を食っとるんじゃからな」

 それからはもう、めちゃくちゃや。

 高級エサを完食した太郎の横で、わしらは正体不明の安酒で乾杯し、虚無を肴に飲み続けた。

 結局、太郎が元気にガツガツ食う姿を見ることが、わしらの腹を一瞬だけ膨らませるんじゃ……と自分に言い聞かせんと、やってられんわ。

 

 食い終わった太郎は、満足げに腹を出して、わしらの真ん中で爆睡しよった。

「……これで、明日からまた、砂と火薬の現場へ行けますな」

 おっさんが空になったワンカップの底を見つめて呟いた。

「ああ。また泥を掘らんと、次の一袋という名の出口が見えんからな」

 明日もまた、この鼻垂れ犬の高級ディナーのために、53歳のわしは泥まみれになるんじゃ。

 腰がでーれー痛ぇわ。

 サロンパスをしこたま持って来て、わしの腰にドバーっと貼ってくれる奴、至急メールくれや。

 土方姿のまま、湿布だらけでやり合おうや。

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