第5話
投稿者:土方のわし 2024年5月28日
やったぜ。今日は深夜の強行軍じゃ。
夜の11時、アパートのドアをそっと閉めた。寝ぼけ眼で「クゥーン」と鳴く太郎の白濁したような瞳を、現場焼けしたごつい手でひと撫でしてやる。
「待っとれ太郎、お前の肉代という名の『生の報酬』をドバーっと稼いでくるからな」
正直、この歳で深夜の現場はおえん。
節々が重機のクレーンのようにギシギシ鳴りよるし、古傷の膝が歩くたびに出口を求めるように疼きやがる。だが、太郎の食い扶持のためじゃ。
岡山市内の幹線道路。オレンジ色の街灯の下、アスファルトを削る重機の咆哮が夜の空気に響き渡っとる。削りたての黒いアスファルトの熱気と、排気ガスの煤けた卑しい匂いが、鼻の奥を一ミリの隙もなく真っ黒に染め上げよる。
あぁ~~たまらねぇぜ。
「わしさん、今日もキレキレの盛り合いっすね!」
現場で合流した兄ちゃんが、ライトを片手に快楽に満ちた声をかけてきた。
「うるさい、余計なこと言わんで手を動かせ。一気に突うずるっ込むぞ」
横ではおっさんが、どこで調達したんか分からんトップバリュの温かい缶コーヒーを、魔法の杖のように差し出してきた。
「わしさん、これを喉の奥底まで流し込んで、心臓を叩き起こしなせえ」
「どこで買うてきたんじゃ、こんな草木も眠る丑三つ時に」
おっさんは濁った瞳で微笑むだけで、何も答えんかった。不気味な奴め。
休憩時間、プレハブの陰で3人で腰を下ろした。わしはリュックから、特大の魔法瓶という名の「圧力容器」を二本取り出した。
「わしさん、それ何ですか。生コンですか」
「豚汁じゃ。元コックをなめるな」
深夜の冷え切った体のために、根菜をしこたま、一ミリの隙もなく煮込んだ特製じゃ。
お椀に注ぐと、生姜と味噌の濃厚な匂いが立ち上がり、湯気が夜風の中でずるずるとほどけていく。一口啜ると、生姜の刺激が喉の奥を突き抜け、冷え切った内臓に熱い汁がドバーっと染み渡りよった。
「あぁ……生き返るのう。たまらねえぜ」
それからはもう、めちゃくちゃや。スコップを振り回し、生コンを打設し、合間に魔法瓶から「追い豚汁」を現場の連中に配り歩いた。
やっぱり、仲間と食う熱い汁もんが、一番のガソリンじゃ。深夜の現場が、一瞬だけ黒い豚汁の祭壇に変わりよった。
明け方、朝日が岡山の空を白く染める頃、ようやく工事が終わった。
フラフラの体でアパートに帰り、玄関の前に立つ。ドアの向こうから、わしの匂いを嗅ぎつけた太郎の気配がしよった。
ドアを開けると、太郎が全力で尻尾をブンブン回して、出口を塞ぐ勢いで出迎えてきよった。
「……ただいま、太郎。待たせたな」
腰がでーれー痛い。自分一人でサロンパスを貼るのも、もうおえんわ。
土方姿を脱ぎ捨てる間もなく、わしは太郎の温もりを枕にして、泥のように眠りについた。
明日もまた、お前のために砂と火薬にまみれるんじゃ。




