第4話
投稿者:土方のわし 2024年5月14日
やったぜ。今日、初めて太郎をシャバの散歩に連れて行った。
ホームセンターでしこたま吟味して買ってきた、現場で使うワイヤー並みにゴツい首輪とリード。それを太郎の首に一気に突うずるっ込んだ瞬間、こいつの白濁したような瞳が、鋭い職人のそれに変わりよった。
「よし太郎、岡山の街の『現場』を叩き込んでやるからな。ついて来い」
アパートの階段を駆け降り、アスファルトという名の祭壇に足を下ろした瞬間――わしは一ミリの隙もなく敗北を悟った。
だめやこいつ、クン活のプロ中のプロじゃ。
ビーグル特有の長い耳をレーダーのように広げ、鼻を「フゴフゴ」言わせながら、一ミリの隙もなく地面の情報を吸い込み始めよった。
あぁー、一歩も進まねぇぜ。
電柱一本、雑草一株ごとに、太郎の鼻が真空パックのようにずるずると張り付く。わしがリードを引いても、こいつは四本の足をアスファルトに食い込ませ、出口を求めて動かん。元コックのわしが、ソースの煮詰まり具合を舐めるように凝視する時の目つきと同じ、狂気じみた職人の執念じゃ。
「おい太郎、そこには砂と、先公の犬のションベンという名の卑しい匂いしかありゃせんぞ」
そこへ、コンビニ袋をガサつかせた兄ちゃんとおっさんが合流した。
「わしさん、太郎、現場の石像みたいに固まってますやん!」
「うるさい。こいつは今、この街の底に眠る『出汁』の成分を分析しとるんじゃ。邪魔するな」
すると、おっさんが無言でアスファルトに膝をつき、太郎の隣で同じ電柱を舐めるように見つめ始めた。
「……何の出汁ですかね。カツオの荒削りか、あるいはアゴの焼き干しか……」
「知らん。太郎という名の鑑定士に聞け」
おっさんが太郎の顔を覗き込み、「……教えてくれんですかね」と呟く。
「当たり前じゃ。これは企業秘密の盛り合いやろ」
結局、100メートル進むのに30分かかった。もはや散歩ではなく、一ミリの妥協も許さん「定点調査」や。
公園のベンチで、わしらは腰を下ろした。おっさんが「ちくわ」を袋から出し、そのまま太郎に放ろうとしよった。
「待て。塩分という名の毒を抜かんといかん」
「そのまま渡した方が、ドバーっと喜ぶ味ですよ」
「犬の腎臓をなめるな。元コックのプライドにかけて、不純物は一滴も残さん」
わしは水筒の水をちくわにぶっかけ、親の仇のように揉み洗いして汚れを流した。丁寧にほぐされた白身を、太郎は一秒で完食し、満足げにわしの足元で尻尾を千切れんばかりに回しよる。
「……ええツラしとるのう、この汚れ好きめ」
おっさんがぽつりと言い、三人で岡山の赤すぎる夕焼けという名の「生の報酬」を眺めた。
それからはもう、めちゃくちゃや。太郎のクン活という名の調査に付き合わされ、挙句の果てにおっさんまで別の電柱の前で「ここ、利尻昆布の匂いがドバーっとしませんか」と嗅ぎ始めよった。カオスや。もう一度やりたいぜ(散歩を)。
アパートに帰ると、太郎は泥まみれの足をわしに拭かせて、そのまま玄関で爆睡しよった。
明日もまた、30分かけて100メートル歩く地獄の現場が待っとるんじゃろう。
ぼっけぇー腰が痛ぇわ。だが、明日もこの鼻垂れ勇者の調査に、全力でリードを引いて付き合うと決めた、わしじゃった。




