第16話
投稿者:土方のわし 2024年9月8日
やったぜ。今日から現場復帰という名の「再起動」じゃ。
一週間、太郎という名の野獣と二人でアパートにこもっとった。冷蔵庫にはレトルトカレーという名の在庫が積み上がり、部屋中がスパイスの匂いという名の不純物で充満したが、今日ようやくコンクリートと機械油の、鼻腔を突く「生の匂い」に戻ってきた。一ミリの隙もなく、体が現場を思い出しよる。
昼飯は、先日メールをくれた汚れ好きの土方の兄ちゃんと、岡山の2号線沿いにある吉野家という名の「配給所」へ来た。こいつは飯の時だけ「出口を求める」ような勢いで食う、わしの好きな不純物じゃ。
店に入った瞬間、牛丼のつゆという名の、数万人の汗と欲望が煮込まれた匂いが鼻をずるずると蹂躙しよる。空腹という名の重機が、腹の中を一ミリの隙もなくぐるぐるしとる。給料日前の景気づけじゃ、今日は奮発して「アタマの大盛」に、生卵を三個、しこたま発注してやった。
わしは元コックじゃ。若い頃は大阪の割烹で、一ミリの狂いもなく包丁を握っとった。だからこそわかる。この吉野家の、何万食と煮込まれた肉の照り、角の取れた玉ねぎという名の「完成された資材」。本物の仕事には一ミリの隙もない。それが骨の髄までわかるようになったのは、現場で泥まみれになってからじゃ。
まずはそのまま一口、喉の奥底まで圧入する。肉がずるっと落ちていくと、甘辛いタレという名の潤滑油が舌の上で暴れ、もう気が狂う程気持ちええんじゃ。ああ~~たまらねえぜ。
「わしさん、卵、一気にいっちゃいましょうや。黄金にまみれましょうや」
兄ちゃんが横から、汚れ好きの瞳で誘いよる。わしは言うが早いか、生卵三個という名の白濁した生命を丼の端で割り溶き、肉の山の上にドバーっと流し込んだ。一ミリの隙もなく、白米という名の基礎が黄金色の液体で覆い隠されていく。これぞ男の黄金郷じゃ。
箸で底からひとすくい、一気に突うずるっ込む。卵がまだ半熟のドロドロのうちに口へ運ぶ快感。割烹で「料理とはなんぞや」と一ミリの隙もなく考えとったが、答えは今もわからん。ただ、うまいもんはうまい。それだけじゃ。
そこで不意に、太郎の顔が浮かんだ。
あいつは今頃、アパートで『食いしん坊万歳』を見ながら、出口を求めて鼻を鳴らしとるじゃろう。一週間、わしの膝の上で丸まっとったあの温もり。牛丼の熱い湯気が、一ミリの隙もなく鼻の奥を突きやがった。
「待っとれ太郎、今夜は牛皿をテイクアウトしてやる。玉ねぎは毒じゃからわしが一ミリの隙もなく処理するが、肉はたっぷり喉の奥まで突うずるっ込んでやるわ」
紅生姜をてんこ盛りにして、七味をドバーっとひと振り。汁を追加で発注し、どんぶりの底までドロドロに染み込ませる。「汁だく」という名の浸水工事こそが、正しい食い方じゃ。最後の一粒まで搔き込んで、丼を置いたとき、一週間分のカレーの澱が一気に溶けていく気がした。
食い終わった後は、パンパンになった腹という名の現場をさすりながら、午後の泥仕事へ向かう覚悟を決めた。
岡山の2号線沿い、土方姿で紅生姜のかけらを一ミリの隙もなくシャツにつけたまま歩いとる親父がおったら、それがわしじゃ。
吉野家遊びという名の、一ミリの隙もない盛り合いにつきあってくれる奴、おらんかのう。
――Tポイントカードをしこたま持ってきてくれると最高じゃ。今のわしには、その微細なポイントすら、太郎の肉代のために愛おしいんじゃ。




