第1話
投稿者: 土方のわし 2024年5月5日
やったぜ。今日から岡山市内のど真ん中、新しい現場の着工や。
かつて板場で包丁を振るっていた日々を捨て、この泥まみれのセカイに身を投じてから数ヶ月。わしの腕の筋肉はコンクリートのように固まり、鼻の奥には常に火薬と削岩の砂の匂いが、一ミリの隙もなくこびりついとる。だが、今はそれでええ。この渇きこそが、生きとる実感じゃ。
正午のサイレンが鳴り響く。飯場の隅、騒音の死角でわしはマイコンロに火を熾した。青白い炎が立ち昇り、周囲の連中の冷ややかな視線が刺さるが、知ったことか。
「おい、新入りの兄ちゃん。そこにおれ。本物の『生の報酬』を見せてやる」
隣でパサついたコンビニおにぎりを、出口を求めるように口に運んでいた若造が、動きを止めた。
「わしさん、現場で自炊っすか……? 監督に見つかったら、もうめちゃくちゃに怒られますよ」
「元コックをなめるな。これは調理やない、胃袋への『圧入工事』や」
わしはリュックから、昨日からしこたま仕込んでおいた牛すじの塊を、一斗缶のような鍋にドバーっとぶちまけた。
脂が焼ける重たい匂いが、アスファルトの熱気と混ざり合って立ち昇る。真っ黒な味噌の香りが、重機の騒音を強引に塗りつぶしていく。ああ~~たまらねえぜ。
すると、作業着の輪の外から、ヨレヨレの格好をしたおっさんがふらふらと吸い寄せられてきた。現場の人間じゃない。どこから来たのか、何歳なのかも知らん。だが、その濁った目だけが、鍋の底で対流する黒き深淵をじっと射抜いとった。
「……ええ匂いじゃ。わし、酒なら持っとるぞ」
おっさんの汚れた懐から差し出されたのは、黄色いラベルという名の聖水。トップバリュの安物だが、今のわしらにはそれこそが救済や。
目が合った。言葉はいらんかった。
「おっさん、座れ。兄ちゃん、皿を出せ。一気に突うずるっ込んでやる」
煮えたぎる牛すじを、二人の皿に叩きつけるように打設する。長時間煮込まれた肉塊が、正午の太陽を跳ね返して鈍く光り、粘り気のある汁がずるずると糸を引く。
一口食った瞬間、兄ちゃんが絶叫に近い声を上げた。
「うまっ! 何すかこれ、食道を通って胃袋の奥底まで、一気に熱くなる……!」
おっさんは無言で黄色いラベルを喉の奥まで煽り、牛すじを舐めるように口内へ放り込んだ。噛んで、飲み込んで、また酒を一口。それだけだ。だが、それで十分やった。
あとは、もうめちゃくちゃや。監督の目を盗み、三人で獣のように牛すじを食らい、安酒を回し、七味をドバドバと雪のようにぶち込んだ。
空になった鍋の底にこびりついた、焦げた味噌の残滓。それを見つめながら、わしら三人は泥と排ガスにまみれた岡山の空を見上げた。
「わしさん、俺、一生ついていきますよ。この味、気が狂うほど最高だ」
兄ちゃんが鼻をひくひくさせ、涙をすすりながら言った。わしは黙って、油の馴染んだ軍手をはめ直す。
一生、か。
飯一食でデカいことを。だが、悪くない。
この現場、やりきった後にまた盛り合おうや。
黒い牛すじまみれになりたい奴、至急、この飯場まで来い。
土方姿のまま、胃袋をドロドロにしてやろうや。




