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同行者

土砂が流れ込み、水流が乱れる。


私は咄嗟に彼女を突き飛ばす。


次の瞬間、水が足元を攫った。


激流。


身体が傾く。


計算する。


流速、距離、体力。


生存確率――五分以下。


その時、手首に強い力。


巫女だ。


「離せ!」


「嫌です!」


彼女は必死に私を引く。


非合理だ。


だが、温かい。


私は歯を食いしばり、岩に足を掛ける。


二人で岸へ転がり込んだ。


しばらく、息が荒い。


彼女は泥だらけで、涙目で、それでも私の腕を握っている。


「……どうして戻った」


「あなたが傷つくのは、嫌だから」


同じ答えだ。


私は空を見上げる。


星は、変わらず瞬いている。


合理的解決は、まだ未完成。


内部の不安定要素も、外部の脅威も残っている。


そして――


私の胸の中に芽生え始めた、この説明不能な“何か”も。


水路の修復計画を組み直さなければならない。


敵の内通者も探さねばならない。


彼女を遠ざける方法も、考えねばならない。


だが。


腕を掴む彼女の指が、まだ離れない。


私はその手を振り払うべきか、計算を続けながら迷っていた。


夜風が、川面を揺らす。


「……立てるか」


私が先に口を開いた。




巫女は息を整えながら頷く。だが手はまだ離れない。


私はその手を見下ろした。


細い。震えている。恐怖の残滓か、それとも別の感情か。


「離せ」


「……嫌です」


即答。


まったく、理屈が通じない。


「私は、あなたを助けました」


「頼んでいない」


「それでも、生きています」


……反論の余地がない。


私は小さく舌打ちし、彼女の手をやや乱暴に振り払った。


「次からは来るな。水路の修復は危険だ」


「では、危険でない場所なら側にいても?」


……揚げ足を取るな。


私は視線を逸らし、川の流れを観察する。


支柱は二本に負荷が集中している。仮設補強を入れなければ、三日以内に再崩落だ。材料は足りる。だが労働力が分散している。敵の内通者がいれば、再度の破壊もあり得る。


優先順位は――


「内側から崩そうとしている者がいる」


私は独り言のように呟いた。


巫女が顔を上げる。


「裏切り者が?」


「可能性は高い。外部からの襲撃と水路崩落が近すぎる」


「では……疑うのですか、民を」


「疑うのではない。検証する」


私は立ち上がり、城へ向かう。


背後に足音。


やはり付いてくる。


「……なぜ付いてくる」


「私は巫女です。この町の人の顔をほとんど知っています」


……有用だ。


感情的存在だが、情報源としては優秀。


私は一瞬だけ考え、短く言う。


「ならば協力しろ。ただし、私情は排除だ」


彼女の顔がぱっと明るくなる。


「はい」


その反応は排除できないのか。


――翌日。


私は労働名簿を確認し、水路作業に参加した者を洗い出す。巫女は隣で一人一人の性格や家族構成を補足する。


「この人は真面目です」


「この人は借金があります」


「この人は、最近見かけません」


情報が繋がる。


借金。敵対勢力からの金銭。倉庫付近の目撃証言。


三名。


私は夜、忍びの装束で彼らの動きを追った。


倉庫裏。


囁き声。


「次は北門の備蓄だ」


確定だ。


私は屋根から降り、音もなく背後を取る。


「合理的ではない」


三人が振り向く。


「だ、誰だ!」


「飢えを利用するのは愚策だ。流通が止まれば、お前たちも飢える」


「黙れ! 俺たちは金が必要なんだ!」


短絡的だ。


私は最小限の動きで彼らを制圧する。致命傷は与えない。情報が必要だ。


「黒幕は誰だ」


沈黙。


だが嘘は続かない。


外部勢力の名が出た。


……やはり。


私は縄で縛り、兵へ引き渡す。


振り返ると、闇の中に巫女が立っていた。


「来るなと言った」


「でも、あなた一人では――」


「一人で十分だ」


「でも」


彼女は一歩近づく。


月明かりが彼女の瞳を照らす。


「あなたは、いつも“十分”と言います。でも……本当に?」


またそれか。


私は苛立つ。


「私は役割を果たしている。それで足りる」


「役割だけで、人は生きられますか?」


……。


私は答えない。


答えが出ない。


彼女はさらに距離を詰める。


「私は、あなたの“役割”ではなく、あなた自身を見ています」


やめろ。


そういう言葉は、思考を乱す。


「私は――」


言いかけて、止まる。


私は何だ?


合理主義者か。忍びか。三十路の女か。男の身体を持つ存在か。


定義が揺らぐ。


その瞬間、彼女の手が頬に触れた。


「冷たい」


「触るな」


声がわずかに低い。


「あなたは、いつも冷たい顔をしている。でも、さっき川で流されかけた時、少しだけ怖い顔をしました」


……見ていたのか。


「私は、あなたが怖がる顔も、迷う顔も知りたい」


「無駄だ」


「無駄でもいい」


非合理だ。


完全に。



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