不要な評価
そして背後から、あの声が追いかけてくる。
「待ってください!」
待てない。
私は歯を食いしばりながら、刀に手を掛けた。
……どうしてだ。
民の困窮は計算できる。
だが、この胸のざわつきだけは、どうにも整理がつかない。
城門へ駆け上がると、外縁の丘に砂煙が見えた。
盗賊団――いや、統制が取れている。あれは飢えた農民の暴徒ではない。武装も揃っている。補給線を狙う意図的な襲撃だ。
私は城壁の上から周囲を観察した。
敵数およそ五十。馬が十。弓兵が前衛を援護。正面突破ではない、備蓄倉を焼くのが目的だ。
「門を閉じろ! 弓を構えろ!」
兵たちが慌てて動く。だが統率が甘い。命令系統が曖昧だ。
……非効率。
私は兵士の一人から旗を奪い、簡潔に指示を出す。
「弓兵は二列。第一列は馬を狙え。第二列は後方の指揮官。槍兵は門前に密集するな、左右に散開。倉庫の水桶を増設しろ、火矢対策だ」
「な、何者だ貴様!」
「合理主義者だ」
それだけ言って、私は城壁を飛び降りた。
馬の脚を狙う。動力を奪えば隊列は崩れる。正面の衝突は避け、撹乱に徹する。忍びの身体は軽い。驚くほど軽い。
――三刻後。
敵は退いた。
倉庫は無事。水路も破壊されていない。死者は最小限。
私は血のついた刀を拭いながら、深く息を吐いた。
これで当面の供給は守られる。
だが問題は別にある。
振り向けば、巫女が立っていた。
泥に足を取られ、裾を汚しながらも、こちらへ歩いてくる。
「……怪我は?」
第一声がそれか。
私は視線を逸らす。
「ない」
「よかった……」
彼女は安堵の息を漏らし、今度は遠慮なく私の腕を掴んだ。
近い。
本当に近い。
血の匂いと、彼女の香が混ざる。
「どうしてそんなに一人で背負うのですか」
一人?
私は眉を寄せた。
「これは構造の問題だ。放置すれば被害が拡大する。だから対処した。それだけだ」
「……それだけ、で命を懸けるのですか?」
命を懸けた覚えはない。リスクとリターンを計算しただけだ。
だが彼女の目は潤んでいる。
「あなたが傷つくのは、嫌です」
嫌、だと?
胸の奥がざわつく。
違う。これはバグだ。イベントの強制進行だ。
「私はあなたの想いに応える気はない」
きっぱり告げる。
彼女は一瞬だけ、目を伏せた。
それでも。
「それでも構いません」
……何だと?
「私は、あなたの側にいます。あなたがどれだけ拒んでも」
理解不能だ。
合理性がない。
なぜ“見返りなし”で感情を差し出せる?
私は一歩下がる。
だが彼女は追わない。ただ静かに立っている。
その在り方が、妙に胸に刺さる。
――数日後。
水路の効果で収穫は回復傾向。共同備蓄も増え始めた。労働分配は安定し、暴動の兆候も減少。
私は倉庫の帳簿を確認しながら頷く。
数値は嘘をつかない。
これで飢餓は回避できる。
だが最近、別の“変数”が増えている。
町娘たちの視線だ。
「噂の忍び様よ」
「戦も飢えも救ったんですって」
やめろ。
私は英雄ではない。
数式を当てはめただけだ。
市場を歩けば、果物を差し出される。水を汲みに行けば、袖を引かれる。
「どうか、うちの宿に……」
「お礼を……」
違う。
違うだろ。
私はそういうゲームをしていない。




