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石の民〜幽体離脱無双〜  作者: つぶり
第一章

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禊 漂う光

 神男は七日間、祠に籠り身を清める。

食事は獣の肉を禁じられ、さらには火気を使うものも禁忌とされる。

したがって干した魚と野菜などしか口にすることが認められない。

酒や茶も駄目で、雪を溶かし沸かした湯のみ、例外的に飲むことが許される。


湖水は、酸が強く飲むことは出来ない。

おそらくこの湖は火山の火口湖で、厳冬の最中にあっても、その地熱により湖が全面結氷しないのだと思われた。


 神男はまた、声を出すことに加えて、深い睡眠をとること、精を放つことも禁止される。


 一日目の朝。

父は日の出前に褌一つにされ、湖畔へと連れ出されて、祈りを捧げた。

山に二人だけ残された世話役の男達が、父の頭から水をざぶりざぶりと掛け、その身を清めた。


手を合わせ目を瞑った父の唇は青く震えた。

頭から顔に滝のように勢いよく流れた湖水は、鼻を超え、顎から滴った。


あるいは、こめかみを通り、首筋を伝った湖水は、

鎖骨に溜まった後、大胸筋を迂回するように下り、

逞しく割れた腹筋を横に、脇腹を濡らした。


褌はしとどに濡れそぼり、

体に張り付いて地肌を滲ませた。

張り出した盛り上がりから糸を引くように、水滴が湖に落ちて行く。

素肌からは水蒸気が立ち昇っている。


 世話役達も足を湖に浸け、かじかんだ手は真っ赤になり、

あまりの寒さに震えている。

二人のうち片方はまだ年若いが、もう片方は幾分年長であり、

若者にあれこれと身振りで指示を出している。


朝の清めが終わった後は、父は世話役達に身体を拭かれ、白装束を着て、囲炉裏の側の布団に寝かされた。


 一時間ほど休むと、食事をし、正座をして祈った。

夕方になり、日が落ちると、再び湖畔に出て、清めを行った。


 二日目。一日目と同じ作業が繰り返された。


 三日目と四日目。

世話役達は交互に休憩をとりながら、同じ作業が繰り返された。


父の顔色は白くなり、震えることも少なくなっている。意識は朦朧として来た。


 五日目。

成熟した男の生気に溢れていた身体には、肋骨が浮き出して来た。

腿や尻の肉が落ちたのがはっきりわかる。

目は落ち窪み、頬がこけて、頭骨の輪郭が浮き出ている。


 六日目。

足が萎え、もはや立っているのもままならず、

世話役に肩を借りて水行をやり遂げた。

視点も定まっていない。

口は半開きのままである。


年嵩の世話役が、懐から厳重に封印を施した小さな筒を父に見せ、目で何かを尋ねた。

父は首を横に振った。


 豊穣の儀式では、大抵の人間が七日目を迎えることなく衰弱して死ぬか、

心が折れて、世話役に合図を出し、

ある草の実をもらうのだという。

その黒い実を飲むと、何も感じなくなり、

眠るように死ぬのだと、

郷で人々が話しているのをオレは聞いたことがあった。


 七日目。

すでに食事もせず、水も飲まない。

湖面に細った手をつきながら、痩せた背中から水を掛けて清めてもらう。


体温を奪われ、睡眠を奪われ、

あらゆる欲求から離れて静寂に置かれ続けること七日。

ついに父は禊をやり遂げた。


 八日目の朝。

世話役達は祠の奥の扉を初めて開き、

そこから褌姿にした父の身体を戸板に乗せて外へ運び出した。

すでに目は開かず、呼吸しているのかも分からない。


オレはここに来て初めて、意を決し父の身体に意識の触手を伸ばし触れてみた。


わずかではあるがまだ脈拍がある。

そして臍下の丹田には、光が宿り始めているのが感じられた。


 そして父の身体が運び出された先には、

大きく平らな巨石があった。


まるで石の祭壇である。

石の両脇にも、巨大な立石がある。

高さは五メートルほどだろうか。

祭壇の石の縁や、立石の側面にはびっしりと動植物のような模様が刻まれている。

何かの文字のようにも見える。


若い方の世話役がその模様を見つめていると、

年嵩の男が慌てて手を振り、あまり文字を見ないように促した。

父の身体を祭壇に横たえると、

額の麻縄と、腰の褌を取り外し、全裸にした。

立派であった性器は小さく萎びている。


 無言のまま、男達は父に一礼し、引き返して行く。

祠の裏戸を締め、

既にまとめてあった荷を背負い、

祠を後にする。


集落で共に育ち、暮らして来た仲間だ。

口を固く引き結んだ二人の目には涙が光り、

里へと続く途を辿って行く。


豊穣の儀式は、父が役を務めるずっと昔から続けられて来たし、

この後ももしかしたら彼らのいずれかが役を務める日が来るかもしれない。


 オレはしばらく父の傍に残り、

脈が止まり、丹田に集まりかけていた光が薄れ、

祭壇の表面を漂い消えて行くのを見届けた。

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