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満月がいっぱい  作者: 寄賀あける


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9/10

ダイ・バード

 カウンターしかない(そう)さんの店の床に、僕は隼人(はやと)を横たえた。

「隼人、隼人っ!」

いくら呼んでもびくとも動かない。


 奏さんが帰ってきて、事も無げに言う。

()びてるだけだ。ほれ、スズメが窓ガラスに()()たって伸びてるのと一緒だ」


「ホントに? 息してないし、心臓動いてない」

「そりゃ、おまえ、標準だろうが。呼吸も心拍も、いつも、()()()フリしてるだけなんだから」


「だって! いつも隼人、死んだらどうするって言ってる」

「言いたいだけだ。死ねないから」

……でも。


「それじゃ、隼人の家族は? 家族を探してるって、言ってた。ひょっとしたら、もう死んでるとかじゃなくって?」

「神の家族は神。神は人々から忘れ去られたとき、消える。自分の存在は不要と考えた時、(みずか)ら消える、それが神だ」


「……それじゃ、僕が隼人を必要としていれば、隼人は消えない?」

カウンター越しに、氷を浮かべた水を奏さんが僕にくれる。

「まぁ、そうなるな……」

「なんか、歯切れが悪いね」

水を飲み干す僕を奏さんが見つめる。


「家族を探しているって、隼人が言ったのか?」

「うん、(あきら)めなければ希望はあるって。よくそう言ってる」

「そうか……なら、そうなんだろうな」

「どういう意味?」

「いや……俺は、隼人には悪いが、アイツの家族はとうに滅んだと思ってる。隼人はエジプト神の最後のプライドを背負って存在しているって、俺は思ってるんだ。主神格だからな、ホルスは。まぁ、俺がそんなこと言ったなんて、隼人には言うなよ」

奏さんに口止めされなくたって、僕が隼人にそんな事、言えるわけがない。


「さて、どうせ隼人はラーメンだろ? 塩とか味噌(みそ)とか言い出さないよな?」

そんなの僕には判らないよ、なぁんて話してると店の出入り口の向こうでバタバタと音がした。街灯の光でうっすら見える影は足元のほうだけで、鳥の形だ。


奥羽(おくう)さん?」

恐る恐る引き戸を開けると、カラスがヒョイヒョイと店内に入った。すぐに僕は引き戸を閉める。カラスが入店するところ、誰にも見られていないよね? さっき隼人が見かけたのは、やっぱり奥羽さんか。


「奏! (もう)かってるんだから、自動ドアにしたらどうなんだ」

「ふん、勝手に()いちまうドアなんかごめんだ。どうせカラスじゃ自動ドアも()けらりゃしないだろう」

「これは無知な。カラスも自動ドアを開けて出入り自由、ってワイドショーで見たぞ」

「そうかい、そうかい、世の中には(かしこ)いカラスもいるだろうさ。それよりなんの用だ? カラス姿のまま、人の声で人の言葉を話されるのは気持ち悪い。さっさと用事を済ませて帰れ」

「用事は済んでいないが帰ろうか? 隼人を起こしてやろうと思ったが、帰っていいのか?」

「奥羽さん! そんな事、言わないで、隼人を起こしてよ。どうやって起こせばいい?」

奏さんを(さえぎ)って僕は叫んだ。ここは鳥同士、奥羽さんが頼りになりそうだ。


 ふふん、と奥羽さんが我が意を得たりとニンマリする。

「バン、耳、(ふさ)げ」

そう言ったのは奏さんだ。ハッとして、慌てて僕は耳を塞ぐ。


「カアカアカア! カッカッカ!」

「ピーーーーーーーーーッ!」


 うはっ! 狭い店内に、カラスの伝達鳴きとハヤブサの遠鳴が木霊する!


「誰だ、誰だっ!? ボクの縄張りに入り込んだカラスは! 食うぞ! 食ってやるっ!」

ピョン、と飛び起きた隼人、きょろきょろと周囲を見回す。いつも通りの隼人に僕がホッとする。


「隼人ぉ……」

思わず涙ぐみ、隼人に抱き付いた僕を抱き止めながら

「誰だ! ボクのバンちゃんを泣かせたカラスは!? 食っちまうぞっ!」

隼人が息を巻く。


 奏さんが笑いながら、店の奥のドアを開けた。僕の陰で、隼人からは見えない位置だ。

「奥羽、店から出るのは二階の窓からにしろ。今の大音響、人を呼んでるぞ」

「そうだな、それじゃあ、失礼するよ」


 ヒョンヒョンと両足揃えて奥羽さんが奥に進む。ドアの先はすぐ階段だ。二階は奏さんの住処(すみか)になっている。


 奥羽さんの後姿に僕は言った。

「奥羽さん、ありがとう」

「奥羽ちゃん? どこだ、どこさ?」

隼人がきょろきょろするけれど、とっくに奥羽さんは二階に消えてる。一緒に行った奏さんが窓を開けたんだろう、ガラガラという音が(かす)かに聞こえ、すぐに閉まる音がした。


「なんだ、ここ、奏ちゃんの店じゃん。ボクの縄張りじゃないや。カラス、()のがすしかないね。てーか、バンちゃんウザい、ボクに勝手に抱き付くな」

隼人が僕を突き飛ばすように引きはがし、カウンター席にちょこんと座る。


「んで、奏ちゃんは?」

「おう、隼人、今すぐラーメン、作ろうな」

降りてきた奏さんが隼人に笑いかける。


「うん、チャーシューいっぱいね」

「判っているさ、隼人」


 今日は奏さん、僕には聞かないようだ。黙って隼人と同じものを僕に出すつもりなのだ。まったく、僕の太陽神(ホルス)は面倒くさい。


 今日のラーメンは味噌ラーメンだった。見るなり、隼人が

「ボク、ラーメン。奏ちゃん、なに、これ?」

「隼人、これは味噌()()()()だ。文句言わずに食え」

「えーーーーーーーーーーーーーーーっ!」


 いつもより長い『えー』を聞かされる。文句を言ったくせに空腹だったのか、隼人が味噌ラーメンを食べ始めた。そしてやっぱり『ピヨッ!』と鳴く。

「なに、これ。これもラーメン? いつものラーメンと違うけど、これはこれで美味しい」


「なんで今まで隠してた、なんて言うなよ」

「奏ちゃん、(ずる)い、今、そう言おうと思ってた。先に言っちゃうなんて狡いっ!」

「おまえはいつも『ラーメン』としか言わないからだ。味噌にするか塩にするか聞くと、『ボクに味噌や塩しかくれないつもり?』って怒りだすじゃないか。人の話は良く聞け」


 奏さんの説教は隼人に無視された。と言うか、食べるのに夢中になった隼人に、なにを言っても無駄だと思う。ピヨピヨと食べるのを楽しんでいる。


 あれ? 隼人のサングラスがない。車に弾き飛ばされた衝撃で、どこかに吹っ飛んだのか。さっき救急車のピーポー音や、パトカーのサイレンも聞こえてた。店の外、少し離れたところで大勢がざわざわしている気配がする。


 騒ぎの元凶の隼人がここでラーメンに舌鼓(したつづみ)を打ってるなんて、誰かが気付くはずもない。怪我人が消えた現場から中継です、みたいな感じで、明日のワイドショーで騒がれるかも? サングラスが見つかっていれば『残されたサングラスの謎』なんて、ミステリアスな話になるかもしれない。


 いつもは食べ終わるとすぐ帰ろうとする隼人が珍しく、今日はちゃんとメヅヌに聞いた話をし始めた。車に()かれた衝撃で少しはネジが締まったか?


「月光の魔力不足、ねぇ……」

奏さんが考え込む。


「確かに月光は、もちろん陽光も、魔力って言うか、生体に力を(もたら)すものだ。陽光のほうが、かなりその作用は強い。陽光や月光の力を魔力って呼ぶのも判らくなくもない」

「奏ちゃんっ! 自分一人で判っちゃわないでよっ!」


「そう言えばバン、おまえ、吸血鬼なのに陽光に影響されないな」

「うん。隼人が言うには、西洋の吸血鬼じゃないからだって」

「そうか。でも、隼人の言う事は当てにできない――そうそう、バン、おまえ、太陽(はや)()の血を飲んでたな。それでか?」

「だからっ! バンちゃんは特別なのっ!」


「日輪と月輪は裏表(うらおもて)……表裏一体?」

「月光は、太陽の光を反射してるだけってのは常識だよね」

「なんで二人でボクを無視するんだよっ!」


「うるさいな……隼人、蜜豆(みつまめ)食うか?」

「うん、ミツマメ大好き。あの、ゼリーみたいの、もともと海藻(かいそう)だなんて凄いよね。どこが海藻?」


 隼人の前に奏さんがミツマメの小鉢を置く。これで(しばら)く隼人は静かになるだろう。


「で、どちらが表か裏か、か」

「月は太陽を反射してるってことを考えると、太陽が表に思えるけど?」


「だよなぁ……でも、『付き止めろ』って言われたんだろう?」

「うん……」


「ほかには何も言ってなかったか? 一見、関係なさそうなことでもいいぞ」

「そうだね……ストローくれた」


「ストロー?」

「うん、メヅヌが褒美(ほうび)にくれたんだよ。スモモ四つとストロー一本。で、邪魔(じゃま)なものの始末ができたって」


「スモモ、ストロー、邪魔な物。三題噺(さんだいばなし)かよ? でも、そうか、邪魔なものね……バン、なんか見えてきたような気がする」

「奏さん、ホント?」


「うん、ちょっと探ってみる。判ったら連絡するよ」

「うん、奏さん、やっぱり頼りになるね」

「うん、奏ちゃん、やっぱり頼りになるよねっ!」

ミツマメを食べ終わった隼人が僕の真似をする。


「どうせボクは頼りにならないよねっ!」

「隼人、ミツマメ、美味かったか?」

「うん、奏ちゃん、この次は豆、増量してね」

「おいさ、気を付けて帰れ。車に()かれるなよ。バンから離れるな」

「バンちゃんがボクから離れなきゃいいんだよっ!」

隼人がひょいっとカウンター席から立ち上がる。


「帰るよ、バンちゃん。奏ちゃん、ご馳走さま」

そう言うと、僕を置いてトットと店を出る。


「バン、苦労するな。ま、隼人の面倒見れるのはおまえだけだ」

「うん、奏さん、ご馳走さま」


 早くしないと隼人がまた車に轢かれるぞ、と奏さんの笑い声を後ろに聞いて、僕は慌てて隼人を追った。

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