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満月がいっぱい  作者: 寄賀あける


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8/10

道での遭遇

 (さく)(あご)をひょいっと()ぜてから、隼人(はやと)()(しき)に戻る。朔がキョトンとした顔をしているところを見ると、きっと痛かったか何かしていたのが治ったんだ。だけど、隼人が『ピヨピヨ』と楽しそうにしているのを見て、ムッとしている。


 (みちる)がそんな朔を(なぐさ)めようとする。だけど余計にプライドを傷付けられたらしく、満にまで『ガルルルッ』と怖い顔で(うな)った。まぁ、(しばら)く放っておこう。


 元気なのは隼人だけで、お気楽にソファーに座り『コーヒー、コーヒー』と、僕に催促(さいそく)している。いつの間に持って行ったのか、ローテーブルに()(もつ)(だい)に使った盆が運ばれていて、隼人の真ん前に置かれている。油断するとスモモは全部、隼人の胃袋に収まりそうだ。早くコーヒーを()れないと、僕はまた食べそびれてしまう。


 コーヒーを持っていくと、隼人はお行儀よく座って待っていた。たっぷりの砂糖とミルクを入れたコーヒーを置いてやると、いつになくじっとカップを見詰める。


 そして、

「スモモ、ひとぉーつっ!」

と、声を張り上げた。


……はい?


「はい、バンちゃん、ご褒美」

スモモを僕に一つ手渡してくる。ニコニコ、ニコニコ、満足そうに笑んでいる。


 なんだい、メヅヌの真似がしたかったのかいっ!


 スモモはとっても甘くてジューシーで、果汁がぽたぽた落ちそうなのを(すす)るように食べた。満が、

「まるで血を啜ってるように見えるよ、バンちゃん」

と言ったが、満だって似たようなもんだ。横を見ると、朔も果汁が落ちないようスモモの横を()めたり、下を舐めたりしている。顎の調子はいいようだ。


 隼人だけは……メヅヌに(もら)ったストローを挿して、ズーズー吸っている。でも、巧くいかないようだ。そりゃそうだ。


「バンちゃん! ストロー、詰まっちゃうじゃんかっ!」

僕に怒っても、ねぇ?


 仕方がないので、朔に言ってジューサーを借りる。どうせ隼人、ストローを使いたいだけだ。


 果肉をジューサーに落とし込んで、残った種を隼人がしゃぶっている間にジューサーを回す。できたスモモジュースをコップに(そそ)いでやると、大喜びでストローを挿して、ズズーーーッと飲み干した。隼人、またも満足そうにニンマリ笑う。


 それにしてもメヅヌ、なんでストローなんか持っていたんだろう? カラスかなんかの貢物かな? 物珍しくて貰ったはいいものの、使い道が判らなくて困っていたような気がする。あれやこれや検討するデヅヌとメヅヌを思い浮かべると、なんだか可笑しい。神さまって、どいつもこいつも横暴で怒りっぽくて扱いにくい。だけどどの神さまも、どことなく可愛い。


「美味かった、甘かった。んじゃ、ボクは少し昼寝するから。朔も疲れたろ? たまには一緒にお昼寝しようっ!」

「隼人ぉ、ミチルも一緒がいいっ!」

「うん、ミチルもお()で。んじゃ、あとはバンちゃん、よろしくね」

って、僕だけ仲間外れかい?


 朔が向こうに布団を敷くよ、と言って、三人が奥の部屋に行ってしまう。仕方ないので僕はジューサーやら食器を仕舞い、やる事もないから掃除したり、夕方には戸締りして、それから、それから……いつの間にか僕もソファーで(うたた)していた。


『バンちゃんってホンットに馬鹿だよね』

夢の中で隼人が言う。そして僕の腕にしがみ付き、

『ずっと一緒に生きていこうね』

僕を見上げて微笑む。僕は戸惑いながらも、深い安心感と信頼を隼人に向ける。するとフワッと暖かい何かに包まれて……


 ガタン! バタバタバタ……バシッ!


 けたたましい物音に飛び起きる。音のした方を見ると、開け放たれた(ふすま)の前に()おう()ちの隼人が居た。

「バンちゃん! なんでボクを一人にするんだよっ!」


 え? え? え?


「目が覚めたらバンちゃんがいないんだもん。ボク、探したじゃないかっ! なんで一人で寝てるんだよっ!」

隼人ぉ……隼人が僕を置き去りにしたんだよ?


「バンちゃんは、寂しくってボクが死んでもいいの?」

大丈夫、それくらいじゃ死なないから……


 それでも僕は隼人を抱き寄せる。小柄な隼人は僕の腕の中にすっぽり収まってしまう。

「隼人を置いてどこにも行かない。ここで起きてくるのを待ってたんだよ」

「……今、寝てたじゃん」

うは! そう来るか!


「もういい――それより()めんに電話して。行くからねって。(メヅ)に聞いた話を(そう)ちゃんに()()()()よ」


 美都麺は今日も盛況だったらしく、そろそろ麺が終わるところだったと奏さんが言う。

「すぐ来いよ。ちょうど客の切れ目だ、店を閉めるよ」


 隼人に伝えると、ピヨピヨ大喜びだ。ラーメンラーメン、とニコニコ顔だ。さては空腹らしい。満が一緒に行きたがったが、(しっ)や狼耳を()に見られる危険は犯せない。治ったら一緒に行こうと隼人に(なだ)められる。


「ボクもミチルが一緒じゃないのは寂しいんだよ」

って、嬉しそうな顔で隼人が言う。ラーメンが楽しみで、どうしても顔に出てしまうらしい。サッサと満を宥めて美都麺に行きたいのが見え見えだ。笑いを()み殺した朔が満を抱き止めているうちに、隼人と僕はお屋敷をあとにした。


 朔たちの屋敷から、薄暗い路地を八王子駅前の繁華な地域に向かって歩く。例によって隼人は僕の腕にしがみ付いて、暗いね、真っ暗だね、美都麺はまだかな、と少しも黙っていない。


 繁華街の灯が見えてきたころ、隼人がハッと、前を見る。

「あ、カラスだ! 奥羽(おくう)ちゃんかも知れない」

こんな夜中に? って、隼人、急に僕から離れて走り出すな、その角は車がっ!


 キキキキキーーーーーッ! ガッシャン!


 出会い(がしら)に飛び出してきた人影に、慌てて車がブレーキを踏む。もちろん間に合わない。人影は軽く弾かれて宙を舞い、数メートル先にドスンと落ちた。


 ……


 ……


 隼人……? なぜ車に()かれる? おまえ、神だろ?


 轟音に驚いた人々が周囲に集まり始める。

「救急車! 怪我人がいるぞ!」

「警察、警察!」


 隼人を轢いた車の運転手が降りてきて、力なくその場にへたり込む。


「隼人っ!」

隼人はぐったりと横たわっている。走り寄って(すが)りついた僕に誰かが、

「知り合い? 今、救急車呼ぶからね、気をしっかり持って」

と、親切にも(はげ)ましてくれる。


 いや、それは(まず)い。救急車が来て病院に連れて行かれたら、隼人が人間じゃないとバレる。警察なんか来たら大騒ぎだ。


 誰かが僕の肩を(つか)んでしゃがみ込み、僕にそっと耳打ちをした。


(隼人を連れて店まで飛べ)

奏さんだ。


 僕が頷くと、奏さんは『救急車はまだか?』なんて言いながら、さり気なく遠ざかった。どのタイミングで僕は飛べばいい? 周囲は人だかりだ。


 隼人、お願い、死なないで……


「あっ!」

大声でそう言うと、僕は空を見上げた。周囲はつられて、つい上を見る。その時、僕は隼人を抱いて瞬間移動した。目指す美都麺はすぐそこ、二回飛べば辿り着く。


――お願い、隼人、死なないで。僕をひとりにしないで……

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