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満月がいっぱい  作者: 寄賀あける


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7/10

失われた朔

 鬼の形相(ぎょうそう)と化した医神メヅヌ、どこから取り出したか小刀を逆手(さかて)に構える。そして人狼兄弟を(ぬめ)るように見詰め、じわりじわりと近寄っていく。

「どこから切ろうぞ? どこを切ろうぞ?」


「メヅヌちゃん、狼には耳も尻尾(しっぽ)もあるものだよ」

そう言ったのはもちろん隼人(はやと)だ。

「で、切っちゃったら、もう()えない。トカゲの尻尾(しっぽ)じゃないんだから。医神なんだから、知ってるよね」


 そんな事、言っちゃっていいのかよ、隼人? この神たち、なんだかとっても怒りっぽいぞ。隼人の比じゃなさそうだぞ。それに『さま』が『ちゃん』に変わっちゃってる。いきなり態度を変えていいのかよっ?


 医神メヅヌ、動きを止めて目を細め、じろりと隼人を見ると

「無礼者め! 狼の尾や耳を()が本気で切ると思うたか」

左手に持った(さや)に小刀を納める。そしてそのまま(さく)に近寄り、まじまじと見た。(おび)えて座り込んでしまった(みちる)を後ろ手に(かば)っているが、朔もやっぱり腰を地面につけてしまっている。


 その朔に医神メヅヌが手を伸ばし、(あご)を持ちあげる。

「口を大きく! (はよ)()けるがよかろ」


「あ……?」

「その耳は聞こえぬか? 聞こえぬなら不要じゃな、切るぞ! 切り捨てるぞ!」

「き、聞こえてますっ!」

慌てて朔が口をあんぐり、大きく開ける。


 するとメヅヌ、その口を(のぞ)き込む。

「口を閉じるでないぞ。閉じたら(きば)を引き抜くぞ。なんだったら、頭ごと抜いてもよかろ」

メヅヌ、本当にやりそうだし、出来そうなのが怖い。恐ろしい事を言っているのが童女の声なのが、よけいに恐ろしい。


「あぐっ! ぐぐぐっ!」

見る見るうちにメヅヌの頭が朔の口の中に入り込んでいく。朔は目を白黒させて(うめ)くだけだ。あっという間にメヅヌの頭がすっぽり、朔の口に肩口まで納まった。咽喉を超えて腹の中を見渡しているようだ。メヅヌ自身が内視鏡なのか? 満が朔の後ろから恐る恐る(のぞ)きこむ。何が起きているのか、気になったのだろう。


 ピヨッ! と一声(ひとこえ)あげたのは隼人だ。隼人でさえもこの展開は予測していなかったようだ。

「すごい、朔……雛鳥(ひなどり)親鳥(おやどり)から(えさ)(もら)ってるみたい」

隼人っ! そこか? 目をキラキラさせるなっ!


「朔の自我が崩壊しなきゃいいけど……」

そんなにのんびり、しかもついでに言うなよっ! 朔が失われてもいいのか?


「ぐっ! ぐっ! ぐぐっ!」

朔のうめき声が、嘔吐(おうと)のような音に変わった。メヅヌの頭が口から出てきたのだ。


「フン!」

朔の頭を一叩(ひとたた)きし、医神メヅヌが鼻を鳴らす。

「ただの月魔力の不足じゃな。まぁ、近ごろ満月が欠けておるであろ。そのせいじゃろうな」


「満月が欠けている?」

訊いたのは隼人だ。朔は顎が外れたのか、口を大きく開けたまま、(しき)りに自分の顎を押さえている。満は心配しているが、あたふたと朔を覗き込むばかりだ。


「前回の満月の時から、なにゆえか、月が欠けている」

「メヅヌよ、馬鹿なことを(のたま)うな。月とは満ち欠けするものぞ」

もっともなことを言ったのは雷神デヅヌだ。


「黙れ、愚か者っ! 満月でさえも欠けておるのじゃ。光が足りぬのじゃ!」

目尻を吊り上げる医神メヅヌ、隼人が楽しそうに

「ふぅーん、それで、月の光が足りないと人狼にどう影響するの?」

と訊いた。するとメヅヌ、細めた目で隼人を(にら)む。


「鳥ごときが気安く問うておる。(おそ)れ知らずな……デヅヌ、雷を落とすがよかろ」

「雷、ひとおぉつ!」


 ピカッ! ガラガラガラッ!


 隼人っ!?


 (まばた)きする(ひま)もなく、あたりが閃光に包まれる。同時に(とどろ)く雷鳴に、思わず耳を(ふさ)いだ。


「へたっピー」


 僕の耳元で隼人が悪態(あくたい)をつく。隼人の視線、七メートル先で、メヅヌとデヅヌが振り返ってこちらを見る。雷が落ちる瞬間、僕は隼人を抱いて瞬間移動した。間一髪、僕と隼人は雷神・医神の後ろへ動き、落雷を回避した。さっきまで僕たちがいた場所は黒く焦げ、プスプスと煙が出ている。


 今度はちゃんと、自分の能力を活用できた。咄嗟(とっさ)でもできるんだね、僕。


「ふむ……神の癖に回避しおった。どうせ神に落雷は効かぬ。わざわざ避難するとはご苦労なこと」

雷神デヅヌが悔しそうに囁いた。


 ……隼人、そうだったの? でも、すぐ横にいた僕は、隼人を置いて逃げるなんて、とてもできない。


 医神メヅヌが前を向き、朔に向かって言った。

「満月を見れば狼に変化(へんげ)し、理性を失するは辛かろ。だからと言って、月の光が放つ魔力まで受け取らねば支障をきたすであろ」

そして供物のリングを手に取って、しげしげと見る。


「純金に石は苦土橄欖石(ペリドット)……そうじゃな、褒美(ほうび)としてはもう一声(ひとこえ)と言ったところであろ――(にち)(りん)(げつ)(りん)(うら)(おもて)。どちらが表でどちらが裏か。付き止められれば道も開くであろ」


 手にしたリングを医神メヅヌが雷神デヅヌに渡す。するとデヅヌ、やっぱりしげしげと眺める。そしてリングを供物台に戻し、声を張り上げた。

「追加じゃ――特別あまぁ~い(すもも)(よっ)つぅ! ついでに()トロ一本っ!」


 供物台のリングをメヅヌが拾い上げ、どこから出したか巾着袋に放り込み、別の袋からスモモを四個とストローを取り出して供物台に乗せた。赤く熟れてツヤツヤと、見るからに美味しそうなスモモだ。でも、なんでストローなんだろう?


「さてと、デヅヌ。オヅヌを呼ぶがよかろ」

「オヅヌ、退屈しているであろうな」

()らは面白かったであろ」

「そうじゃの、こんな面白い事、滅多にあるものではない」

「ついでに、邪魔(じゃま)(しな)を処分できてよかったであろ」

デヅヌとメヅヌ、見交わし合ってニンマリと笑う。


 ストローは邪魔だったのか!?


 デヅヌがメヅヌの腹に触れると、メヅヌの背が(わず)かに伸びた。


「ったく、いつまで待たせんだよっ!」

途端に医神メヅヌの顔つきが変わり、どうやら風神オヅヌが現れたようだ。


「行くぞ、オヅヌ。旋風(かぜ)を呼べ」

「言われなくてもっ!」


 突風が吹いてきて、オヅヌを乗せて旋回する。


「では、ハヤブサの神。次に会うことあれば()らいあおうぞ」

にんまりとした笑みを見せたかと思うと、雷神デヅヌは両足揃えてピョンと飛び上がる。するとオヅヌ、正座の姿勢になったデヅヌを風に乗せ、あっという間に消え去った。二人の袖がひらひらと舞い、遠ざかっていく。


「天女みたいだね……」

満がのんびり(つぶや)いた。朔を見ると、しかめっ面で顎を()でているが、もう()()()()()けてはいない。


「ま、部屋に入ってコーヒーでも飲もう。嵐は去ったみたいだし。せっかくだから、ご褒美のスモモも食べよう。ちょうど四個だ」

隼人が部屋に入っていく。


 そう言えば、いつの間にか空から()消えていた。

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