表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満月がいっぱい  作者: 寄賀あける


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/10

誰がために歩きまわる

 お汁粉(しるこ)堪能(たんのう)し、満足顔で帰ろうとする隼人(はやと)(そう)さんが引き止める。どうせなら早いほうがいい、今から(ほほ)()ぜに会いに行こう……


 高尾山の南側の(ふもと)、頬撫ぜが(ひそ)んでいる(ほこら)に通じる山道の入り口で奏さんが車を停める。


「んじゃ、行ってくるね」

車を降りて機嫌よく山道に入っていく隼人を見送りながら、奏さんが僕に懐中電灯を渡してくる。

「隼人には不要だが、バンには必要だ。この先、街灯がないからな。隼人のペースに巻き込まれるなよ」

奏さんは車に残って待つつもりだ。


「バンちゃん! ボクをひとりにしていいと思ってるのっ!?」

隼人の怒鳴り声に、僕は慌てて隼人を追った。


 僕が追いつくと隼人は、すかさず腕にしがみ付いてくる。ま、いつもの事だ。僕の腕にしがみ付くと安心するんだそうだ。そして僕はいつも、止まり木になった気分がする。


 奏さんが言う通り、山道に街灯なんかあるはずもなく真っ暗だ。道端(みちばた)から野生動物が飛び出してきそうだ。懐中電灯を借りてよかった。


 両側に御幣(ごへい)を立てた、さらに細い道の入り口に辿(たど)り着くと、例によって『バンちゃんが先ね』と隼人は後ろに回り、両手で僕の背中に捕まりながらそろそろとついてくる。


 すぐに(ほこら)のある開かれた場所に到着し、僕は頬撫ぜに撫でられ始めた。今日は一層ヒンヤリした感触だ。隼人は祠を見ると、僕のことなど忘れて駆け寄った。


「頬撫ぜちゃん、元気ぃ? 隼人が来たよん」

(ひざ)を曲げて、高さ一メートル程度の祠に向かって話かける。


「そうなんだ? まぁ、ここじゃ人通りなんかないよね……おなかいてる? バンちゃんの事、撫でまくるといいよ……あぁ、舐めると効率がいいんだ? 舐めちゃっていいよ、思い切り舐めちゃって」


 おぃ! 隼人! 途端に頬を舐めまくられる感触が……うぎゃっ!


「ところでさぁ、うちの子たち……そそ、人狼の双子ちゃんがね……」

あれ? 隼人、ちゃんと朔たちの事、覚えてたんだ?


 隼人がそこから声を(ひそ)めたから、話の内容が僕には判らなくなった。頬撫での声は元から僕には聞こえない。


 頬撫ぜは隼人と熱心に話し込んでいるようだったけど、僕を撫でたり舐めたりをやめようとしない。時どき、口元を舐められそうになる。僕は顔を(そむ)けるのに必死だった。


「うん、判った」

(しばら)くして隼人が立ち上がった。


「あ、そうだ、うちのバンちゃんの顔、舐めるのやめてよね! バンちゃんの顔、舐めていいのはボクだけだから!」


 おいおい、さっき言ったこと、すっかり忘れているよね?……(ほこら)(かす)かにガタガタ揺れている。きっと頬撫ぜが抗議してるんだ。それにしても、隼人、()()()()いつ僕の顔、舐めた?


「さって、帰ろう。奏さんに言って、蕎麦(そば)()に寄ろう。とろろ、苦手だからバンちゃん食べてね」


――いや、とろろが名物なんだが? いや、それ以前に、こんな深夜に蕎麦屋が開いていると思えない。待て、さっきラーメン食べたばかりだぞ、隼人!


 ガタガタ音を立て続ける祠を無視し、隼人は僕の背を押して小道を戻る。名残り惜しそうに頬撫ぜの指先が僕から離れていく。


()()()、帰ろう、だって……むふふ」

僕の後ろではダジャレ大好き隼人がコソッと(つぶや)いて、ご満悦のご様子だ。


 車に戻ると例によって奏さんが、方向転換を済ませて待っていた。

「隼人、ファミレドの新作スイーツ、好評らしいぞ。帰りに寄るか?」

スマホを(なが)めながら奏さんが言う。


「やった! 奏ちゃん、ファミレドに行こう!」

大喜びで隼人が答える。隼人の頭の中から蕎麦が瞬時に消えた。でも、コンビニスイーツが売り切れてるって、よくあるよね?


 しかも目的のコンビニに着いたら、珍しく『ボクも行く。この目で確認する』と言い出した。これで、もし欠品してたらコンビニの中だろうがきっと怒りまくる。


「バンちゃん、行くよっ!」

車で待っていようと思ったのに、隼人は許してくれそうもない。


「隼人、これだな」

と、目的のスイーツを奏さんが見つける。残ってて良かった。


「うん、美味しそうだね。バンちゃん、買って」

買うのは僕なんだね……隼人は僕が会計をしている間、コンビニの中を物珍しそうにうろうろしている。


 あれ? なんだか他のお客さんの近くを意識して歩いてないか? それに隼人が通り過ぎてから、お客さんたちが不思議そうに振り返ってないか?


 隼人のリクエストのスイーツと、ホットケーキを二つ、奏さんにブラックコーヒーを買ってコンビニを出る。


 車に乗る寸前に隼人が言った。

「頬撫ぜちゃん、そろそろ(ほこら)にお帰りよ」


――隼人、頬撫ぜを連れて来ていたのか? あの時、祠がガタガタ揺れたのは、頬撫ぜが隼人に()りつくために祠から出てきた音なのか? そしてこのコンビニのお客の頬を撫でさせるため、店内を彷徨(うろつ)いたのか?


「ボクの記憶も百年分くらいは食べたでしょ? 食べ過ぎるとお(なか)壊すよ。うん、またね」

隼人が宙を追うように視線を動かす。頬撫ぜは無事、祠に帰れるだろうか? 祠に帰りつくまでに、何人の頬を撫でるんだろう?


 そのあとは、真っ直ぐ住処(すみか)(ふる)に帰る。途中、奏さんが頬撫ぜに話を聞いた成果を隼人に訊いたが、『何にも知らないって』と言われ苦笑していた。僕の我慢は頬撫ぜを喜ばせただけ……


 奏さんを見送って、部屋に入るや否や、『バンちゃん、コーヒー()れて』ときた。ま、予測してたけどね。


 たっぷりの砂糖とミルクを入れたコーヒーで、さっき買ったチョコレートと生クリームとオレンジピールと砕いたチョコクッキーが乗っかったチョコレートプリンを食べて隼人はご満悦だ。そろそろ『さぁ、寝るよ』と言うかと思いきや、隼人ったら、やっぱり食べ物の事は忘れない。


「バンちゃん、ホットケーキは?」

――まだ食うか……


「あれは朝食用に買ったんだよ。()で卵を(きざ)んでマヨネーズで()えたのを(はさ)んであげるから」

「ホント? んじゃ、早く寝よう。で、早く起きようっ!」


 早く起きたって朝が早くくるわけじゃないけど、僕はわざわざ言わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ