お熱いのが にがて?
考えあぐねた末、隼人は美都麺の奏さんに相談することにした。美都麺はラーメン屋、奏さんはそこの店主で、従業員を使わずに一人で切り盛りしている。もちろん人間のはずもない。
いつもは鉢金で隠しているけれど、額にもうひとつ、目がある。そう、三つ目入道だ。探偵事務所『ハヤブサの目』の力強い援軍の一人だ。力仕事はもっぱら奏さん担当、そして奏さんの顔の広さと知識の豊富さを隼人は買っている。車を持っているので、時に運送係になる。
わざわざ、『行くよ』と電話して閉店時間に店に行く。奏さんも心得たもので、いつもは閉店前に売り切れるラーメンをちゃんと残しておいてくれる。
ラーメン好きの隼人、サングラスが湯気で曇るのを嫌がって、食べるときには必ず外す。だから他のお客のいなくなった閉店後にいつも行く。オッドアイを好奇の目で見られるのがイヤなのだ。
「奏ちゃん、ボク、ラーメン。チャーシューいっぱい入れてね」
きっと隼人は、ラーメン食べに来た気になってる。
「ほいさ、隼人。チャーシュー倍量にしとくぞ。バンも同じでいいな?」
「えーーーっ! なに、それ! それじゃ、ボクがバンちゃんと一緒って事じゃん。ボクのほう、多くしてよっ!」
「判った、判った。隼人のは〝スープ〟増やしとく」
「やった! 奏ちゃん、いつも気が利くね。だぁ~い好き」
……隼人、大丈夫か? そんなに簡単に騙されていいのか? まぁ、いつものことだ。僕は隼人についてって大丈夫なんだろうか? 奏さんが僕にウインクした。
食べ終わると案の定、なんでここに来たか忘れて隼人が帰ろうとする。
「隼人! 朔たちの事!」
「朔……」
一瞬、隼人の動きが止まる。
「バンちゃん! なんでもう帰るんだよ!? 肝心なこと、忘れてるじゃんか!」
いや、忘れたのは隼人でしょ?
「それがね、奏ちゃん、聞いてよ……」
座り直した隼人が奏さんに、朔たちの事を話し始める。
「人形の化身がだんだん解けていく? 聞いた事ないなぁ……」
話を聞いた奏さんも思案顔だ。
「だいたい人狼は人形か、狼でいるか、どっちかだからなぁ。そりゃあ、バンみたいに一瞬で化身するわけじゃないけれど、それだって見る見るうちに変身するからな。変化にかかる時間を自分で調整するなんて聞いた事ないしね」
ちなみに僕は小動物とか霧に変化できる。
「奥羽のヤツ、何か言ってなかった?」
「奥羽ちゃんはカァカァ言ってた」
「バン、なにか聞いたか?」
奏さんが僕に話を振る。隼人じゃ埒が開かないと思ったんだ。
「なにも……朔たちの異変を教えてくれたのは奥羽さんだもん。心当たりがあれば言うでしょ?」
「バン、甘いな。鳥類を信用するな。ヤツらにとって、あっちとこっちを結びつけて考えるのはオプションだ。言わなきゃしない。言えばするけど、文句も多い。気移りしやすいしな。隼人を見てれば判るだろう?」
「奏ちゃん、今、ボクの事、馬鹿にした?」
「まさか、ホルス神を馬鹿にするなんて、畏れ多い」
そう言いながら奏さんは冷凍庫からカップ入りのアイスクリームを取り出して、『食えよ』と隼人の前に置いた。甘いものを宛がって、隼人を黙らせる作戦だ。むふっと頬をフワッとさせて、隼人が嬉しそうな顔をした。
「んじゃ、隼人をうまく煽てて奥羽さんからも話を聞いてみるよ」
「いや、奥羽とは俺が話すよ。隼人と奥羽じゃ、煩いだけで話にならん」
ごもっとも……
「あと、情報が得られそうなのは、頬撫ぜ。ヤツはいろんな生き物の記憶を食ってるから知識が半端ない。今ならまだ高尾にいるはずだ。俺が連れてってやる」
奏さんは車を持っていて、交通の便が不自由な場所は必ずと言っていいほど連れて行ってくれる。
頬撫ぜには前回もお世話になった。青白い手の妖怪で、冷たい手で頬を撫でる。ただそれだけ。前回は妖怪『小袖』の情報を頬撫ぜに貰った。その時、もうすぐ安墨野に移動すると言っていた。
妖怪『小袖』は小袖から手が伸びる。で、僕は追いかけられて酷い目にあった。手だけの妖怪同士、頬撫ぜはよく知っていたらしい。ひょっとしたら友達なのかもしれない。
僕はなぜか頬撫ぜに気に入られていて、行くと顔を撫で回される。舐められてるような感触もあるし、なにしろとっても苦手な妖怪だ。僕の失われた記憶が美味なんじゃないかと隼人が言っていた。
僕の失われた記憶……生きたまま、首を切り落とされた記憶だろうか? 考えただけでもゾッとする。人間だった時の僕の名は『平敦盛』と言うのだと隼人から聞いた。知っている人はみな知っている人物なんだよ、と隼人が笑った。それってごく当たり前のことだと言いたかったが黙っていた。言えば馬鹿にされるに決まってる――僕は平敦盛なんて名前に覚えはない。とうぜん、どんな人かなんてこれっぽっちも知らない。
頬撫ぜは撫でた相手の記憶を食べているらしい。だからと言って撫でられても、その人の記憶がなくなるわけじゃないので、気持ち悪いってだけの妖怪だ。僕の〝生前の〟記憶がないのは死んだことによるショックのせいだと隼人は言う。吸血鬼として目覚めてからは普通に記憶が残っている。なにを普通と言うかは不明。便利な言葉だ。
「あとは、そうだな……高尾に行くなら天狗に会ってくるのもいいかもな。ヤツらの知識は全てを超越してるように見える」
「天狗さん達、隼人の事、ものすごく嫌ってるよ」
「隼人は天狗を敬うなんてしないだろうからなぁ。天狗も古代エジプトの神さまなんか、神とは認めない。隼人は気付いてないだろうけどな」
と、奏さんが笑う。
「それじゃ、風神のオヅヌを探せ。ヤツは旋風に乗っている。風が吹いているときに呼ぶんだ。オヅヌは馬鹿だが、相棒のメヅヌが賢い。医神だ。医神なら人狼の不調も判るかも知れない」
「医神か、頼りになりそうだね」
「だが、取り扱い注意だ。オヅヌとメヅヌは身体を共有しているし、いつも一緒にいる雷神デヅヌはすぐに怒って稲妻を落とす。デヅヌに何か貢物を用意しておくのが得策だ。宝石に目がないぞ」
「なんだか寒いよ、バンちゃん! なんでこんなに冷たいもの、ボクに食べさせたんだよっ!」
隼人がアイスクリームを食べ終わったようだ。
隼人の前にお椀を置いた奏さんがニヤリと笑う。
「ほい、隼人、お汁粉。熱いからな、ちゃんとフーフーしろよ」
「小豆汁! 奏ちゃん、ありがとう!」
すぐに隼人がお汁粉に息を吹きかけ始める。これで『そろそろいいぞ』と奏さんが言うまでお汁粉冷ましに夢中になるはずだ。
「奏さんって、隼人の扱いもそうだけど、面倒な相手でも上手に対応するよね」
「そうか? これでも客商売してるからな」
奏さんが照れ笑いする。
「そそ、いい忘れた。デヅヌに貢物する時は、三方か、せめて折敷か、ま、なきゃお盆でもいいだろう……に乗せて目の前に置くんだぞ。気にいれば、デヅヌは必ずメヅヌを呼び出す」
「気に入らなければ?」
「馬鹿力で思いっ切り張り飛ばされる」
ガハハ、と奏さんが笑う。
「メヅヌは貢物を保管したり運用する係で、デヅヌに命じられて貢物への褒美を蓄えの中から出してくれる。受け取りたくなくても必ず受け取れ」
「なにをくれるんだろう……受け取らないとどうなるの?」
「今の時期だとなんだろう? たいてい果物とかが多いな。レートは悪いぞ、大粒砂金一粒でアケビ一個ってとこだ――そりゃおまえ、受け取らなきゃ、落雷を褒美に受け取ることになる。デヅヌは美女だがそれだけに一層恐ろしい」
「……隼人が、まだマシに思えてきた」
「うん、隼人とキャラがかぶっているかもな。隼人を際限なく強烈にして乱暴にした感じだな。まぁ、メヅヌがいればデヅヌを宥めたり諭したりしてくれるから、そうは酷いことにはならない。オヅヌは煽り役だから気を付けろ……隼人、そろそろいいぞ」
奏さんがフーフーしている隼人に声を掛ける。
「わぁい、もう冷めた? 奏ちゃん、ボクのこと忘れちゃったんじゃないかと心配したよ。バンちゃんはすっかり忘れてたよねっ!」
隼人はキッっと僕を睨み付けたが、お汁粉をズズズーーーッと啜ると、にっこりして頬をフワッと膨らませた。




