表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満月がいっぱい  作者: 寄賀あける


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/10

お屋敷でドーナツを

 その家の門はとても立派で、高さがあって屋根もある。そこから高さは半分程度だが、(しろ)(しっ)(くい)(へい)があり、ぐるりと敷地を囲っている。塀にも(かわら)(ぶき)の小ぶりな屋根があった。どんな金持ちが住んでいるのだろう? と、思わず立ち止まって見てしまう人も少なからずいそうだ。


数寄屋(すきや)門って言うんだよ」

隼人(はやと)がいつか言っていた。


 そんなお屋敷に人狼の兄弟、(さく)(みちる)は住んでいた。二人のために隼人が用意した(すみ)()だ。五百坪はある。


 昭和の時代、戦後の混乱に乗じて手に入れたって隼人は言っていた。(ひと)(なり)の時でさえ隠れるように、近所に姿を見せずに人狼兄弟はここで暮らしている。だから近所は()()と思い込んでいるらしい。何十年も変わらぬ姿なのだから、そうする必要がある。ついでに言うと、満月の夜には二人して地下牢に(こも)るらしい。


「バンちゃん、ボケーっとしない。ほら、行くよ」


 隼人が解錠する間、僕はボケッと門や塀を(なが)めていた。いつ来ても圧倒される立派さだ。隼人は木造の門扉の横に取り付けられた通用口、小さな、やっぱり木造の引き戸を開けて中に入った。慌てて僕も引き戸をくぐる。すると隼人が、今度は中から施錠した。


 尻尾(しっぽ)があるんじゃ買い物にも行けないだろうと来る途中、食料品や飲料をいろいろ買い込んだ。かなり重くなったけど、持っているのはもちろん僕だ。僕一人だ。隼人は手ぶらで、少しも持つ気なんかサラサラない。


 門を入ると飛び石のアプローチになっていて、玄関の間口(まぐち)は二(けん)、引き戸を開けると()がり(がまち)に朔が座り込んでいた。


「朔、来たよっ!」

隼人が微笑む。


「うん……」

いつも強気の朔が、情けない顔で隼人を見上げた。それでも()がり(がまち)に乗せた、ふさふさした尻尾を少し揺らした。


 広縁を通って奥に行く。純和風の屋敷はよく手入れされているけれど、かなり古いものだ。そして異様なのはだだっ広い庭だ。


 漆喰塀(しっくいへい)(きわ)にこそ植栽があるものの、庭には何もない。外観や、建物の感じから日本庭園が広がるものと思ったら、(しば)が植えられているだけだ。


「ドッグランだよ」

と、隼人が笑う。朔と満が駆けまわって遊ぶために、隼人はこんな庭にした。


 満は(たたみ)の上にカーペットを敷き、そこにソファーやローテーブルを置いた部屋にいた。(すみ)っこで、立てた(ひざ)を抱いた上に顔を()せている。ソファーじゃなくて床に(じか)にだ。泣いていたんだと思った。サラサラのロングヘア、いつでも女装している満、涙で滲んだアイラインが物悲しい。


 それでも、隼人が来たのに気付くとパッと顔をあげ、

「隼人ぉ~」

と、やっぱり少しだけ尻尾を振った。


 隼人はソファーに座ると、買ってきたドーナツを食べると言い出した。三歩歩けば忘れるくせに、甘い物の事は忘れない――違った、あれは確かニワトリだ。ハヤブサは貯食する。隠した場所を忘れたりしない。そうか、食べ物の事は忘れないってことか。


「バンちゃん、朔に聞いてコーヒー()れて」

朔が(うなず)いて、キッチンに連れて行ってくれた。


 ところが、

「たっぷり砂糖を入れるんだ。コーヒーメーカーで淹れたって判るもんか」

と、朔がコーヒーメーカーをセットした。すぐにボコボコ音がし始める――朔の手、指先が(とん)がっている。


「少しずつだけど、(ひと)(なり)()けてるようなんだ」

僕の視線に気が付いて朔が言った。


「このままじゃ、狼の姿になったまま二度と(ひと)(なり)に戻れないんじゃないか。そしたら隼人と一緒にいられなくなるって、満は泣いてる」

朔も同じ不安を抱えているんだろう? そう思ったけれど、何も言わずにいた。


「なにこれ!」

朔の予測に反して、コーヒーメーカーのコーヒーだと、すぐ隼人にバレた。

「ボクはね、バンちゃんがドリップしたコーヒーが飲みたかったんだよっ!」


「隼人、たまにはこれで我慢しろよ」

と、朔が言うと

「なに? 朔は心配して駆けつけたボクに、コーヒーの一杯もご馳走してくれないつもりなの!?」

「えぇと、それ、バンが淹れたんだよ?」


 朔、それ、嘘。違うって、最初に認めてるよね? 我慢しろって言ったよね?


「ボクを(だま)せると思うなっ! バンちゃんの匂いがしない。コーヒーメーカーで淹れてる! 朔、本当にワンちゃん? コーヒーで鼻が可怪(おか)しくなってる?」


 隼人、それ言っちゃダメ、朔を『犬』呼ばわりしちゃダメ。


「隼人、怒んないで。ミチルのドーナツ、あげるから。はい、隼人の好きなオールドファッション」

(うな)りだした朔を抑えながら、満が隼人にドーナツを差し出す。


「ホント? 貰っていいの? ミチル、今日も可愛いね」

一瞬で隼人が機嫌を直す。


 隼人、おまえ本当に神なのか? いや、神はもともと怒りっぽくって気紛(きまぐ)れか。


 朔の話によると、こないだ満月城界隈(かいわい)に出没していた妖怪『夜行(やぎょう)さん』の正体を(あば)いて、夜行さんと化していた怨霊(おんりょう)成仏(じょうぶつ)させた日から不調が出始めたらしい。


 あの日、二人して普通に就寝したけれど目が覚めたら三日も経っていた。そのあとも、なんだか疲れが取れないと思っていたらお尻がムズムズし始めて、尻尾が勝手に出てきたらしい。さらに手足の指が尖がり始め、心なしか体毛も増えてきた。


 そう言えばあの満月の夜、満も朔も狼に変化(へんげ)しなかった。いつもなら満月を見ると本人の意思に反して狼になって大暴れするのに、あの日は(ひと)(なり)のまま隼人の指示に従っていた。


「うーーん……なんであの夜、二人は狼にならなかったんだろう?」

真剣な顔で隼人が言う。すると朔が

「おい、隼人。隼人が大丈夫だって言ったんじゃないか」

と、(あわ)てる。


「ボクが? 朔、ボクのせいにしないでよ」


 言い募ろうとした朔に、そっと満が耳打ちする。

「隼人、忘れちゃったんだよ……」

満の顔を見て、朔が青ざめる。隼人、おまえ、ハヤブサは間違いでニワトリなんじゃないのか?


 見かねて僕が

「隼人、なんとかしてあげてよ」

と言うと、

「バンちゃん! ボクが二人を見捨てると思ってるんだ?」

と、例によって鶏冠(とさか)……じゃない、お(かんむり)だ。


「とりあえず、この屋敷に異変が起きてないか確認する。もっとも、何かあればボクがとっくに感知しているはずだから念のためだ。バンちゃん、行くよっ!」

って、僕も一緒に行くのかい? まだ、ドーナツ一個も食べてないぞ?


 怒らせるのも面倒なので、渋々(しぶしぶ)隼人についていく。


「大丈夫、バンちゃんの分、食べとくから」

と、満がニッコリ()けあった。


 さっと屋内を回り庭に降りた。


「さすが狼の巣。ネズミどころかゴキブリ一匹いやしない」

「どこかに隠れてるんじゃないの?」

「天井裏はもちろん、床下もくまなく見ている。ボクが見落とすはずもない」


――忘れてた。隼人はウジャトの目で見ていたんだ。全てお見通し。朔がコーヒーメーカーを使ったのもお見通しってわけだ。嘘つきめ、なにがバンちゃんの匂いがしない、だよっ!


「あ……」

急に隼人が一本の木に駆け寄った。椿だ。


「メジロの巣だ」

「メジロって人狼に悪影響があるの?」


 すると軽蔑しきった目つきで隼人が僕を見る。

「ただのメジロにそんな力があるわけないじゃん」


 泣きたい気分で椿を見ると、枝の隙間(すきま)葉陰(はかげ)(つぼ)のような(かたまり)が見える。きっとあれがメジロの巣なんだろう。隼人の趣味の一つに、鳥類の子育て動画の鑑賞があったことを思い出す。


 中でもハヤブサの子育て風景は大好きで、

「うわぁ、真っ白け! モコモコ! ふわっふわっ! カラスに食われるなよ」

なんて、ぶつぶつ言いながら食い入るように見ているときがある。


 きっとメジロの巣にヒナがいないかと期待したんだろう。でもあいにく今は営巣の時期じゃない。隼人の関心はすぐメジロの巣を離れた。


「塀の外に(まじな)(ふだ)が貼られているわけでもないし……なんでだろう。バンちゃん、判る?」

「僕に判るはずないやん」

「訊いたボクが馬鹿だった。ごめんね、バンちゃん。無知なのを再自覚させちゃって」


 もう、ヤダ。早く家に帰りたい。家に帰ってクローゼットに(こも)りたい。隼人が僕のために、わざわざ工務店に注文して作ってくれた、あの居心地のいいクローゼットが恋しい……


「バンちゃん、妄想してないで、帰るよ。早く来ないと置いてくよ」

「はいはい、待って」


 隼人、僕を置いて行っちゃわないで!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ