表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満月がいっぱい  作者: 寄賀あける


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/10

猫 または二度ベルを鳴らす

 思った通り翌日のワイドショーは『衆目の見守る中、忽然(こつぜん)と消えた被害者! 残されたサングラスは何を物語るのか!?』で、埋め尽くされていた――世の中平和だ。


 サングラスを()くしたことで隼人(はやと)(しばら)く僕を(いじ)めていたが、そのうち()きて、

「バンちゃ~ん、サングラス、買ってぇ」

と、甘え始めた。予備はない。隼人に管理できるわけがない。


「黄色いの、ハヤブサの(くちばし)や足の色みたいの」

そこまで黄色いのはないよ、きっと。


 良さそうなのを選んで画像を見せると、もっと黄色いのは? と不満そうに頬を膨らませる。隼人ならどんなのでも似合うよ、と言ってやると、

「フン、バンちゃん、ボクを馬鹿にしてる?」

少し怒ったが、

「まぁ、いいや。バンちゃんがいいって言うならそれにする」

と、満更(まんざら)でもないらしかったので注文した。明日には配送されるらしい。


 ちなみに僕たちが使っているクレジットカードは(そう)さん名義だ。僕たちには戸籍があるはずもなく、もちろん住民票もない。唯一、隼人が神通力を使って奏さんにだけ戸籍を作った。だから奏さんは店も車も免許も持っている。僕たちが住んでいる古家(ふるや)の登記上の所有者も奏さんだ。


 サングラスがない今日、隼人は事務所兼住処のこの古家から出られなくはないが出ないだろう。オッドアイをじろじろ見られたくない。


「バンちゃん、何か飲みたい。甘いの飲みたい」

「んじゃ、カフェオレにしようか?」

ピヨピヨと隼人が喜びの声をあげる。


 火傷(やけど)しないように隼人が慎重にフーフーする横で、僕も一緒にカフェオレを飲んだ。インターホンが鳴ったのは、そんな時だった。


「無視していいよ。今日、探偵事務所はお休み。だいたい、うちの事務所にお客が来るはずない。仲間が来る時は必ず予告か予兆がある」


 確かに、探偵事務所のクライアントが事務所に来たためしがない。依頼はいつも隼人がインターネットで()けている。仲間が来る時は事前に連絡があるし、なくても隼人の第六感が働いて、今日は誰々が来ると必ず言い当てる。


 隼人は無視するつもりだが、インターホンを鳴らした相手は無視されるつもりがないようだ。二度目のピンポン音が鳴った。


「バンちゃん、追い返して」

僕ですか、そうだよね、僕が追い返すしかないよね、隼人が自分で追い返すわけないよね。


 ところがピンポン音がやんだ途端、どんどんガタガタ、ドアを乱暴に(たた)く音が()始めた。

「誰だっ! ボクの(しん)殿でん(おびや)かす(ろう)ぜき者はっ!」


 いきなり隼人がいきりたち、僕を押しのけ階段を駆け下りる。慌てて追いかける僕、玄関ドアは()()()()()()()()()()()()(じん)じょうじゃない揺らされよう、力づくでドアを壊し、中に入る気か?


「留守だっ! 帰れっ!」

隼人が叫ぶ。


……隼人、それ、誰が納得するんだ?


「いるニョは判ってるんニャよっ! 出てこい、(はニ)ャとっ!」


 借金取りか? うちは借金なんかないはずだ。それに、あの声、あの(しゃべ)り……


「なぁんだ、(たま)ちゃんか。久しぶり、今、開けるね」

態度を急変させた隼人が玄関の鍵を開ける。飛び込むように入ってきたのは隼人よりずっと小柄な女の子、隼人に飛び掛かって押し倒す。隼人は後ろにぶっ倒れ、(しり)(もち)()くが怒りもしない。


隼人(はニャと)ぉ、会いたかっニャよぉ」

珠ちゃん、隼人に体を(こす)りつけている。マーキングだ。隼人も嫌がらず、いいコいいコと珠ちゃんの頭を撫でる。


 珠ちゃんは猫まただ。猫の妖怪だ。名前の『珠』は僕らと違って隼人が付けたわけじゃない。つまり僕らの仲間じゃない。それに、人間に()じって生きてるわけじゃない。確か、山に(ひそ)んで気ままに生きているはずだ。


「ミルクあるよ、二階に行こう」

僕を置き去りに二人は二階に行ってしまった。やれやれと、僕は戸締りをして二人のあとを追うことになる。ハヤブサだって、猫を猫っ可愛がりしたいらしい。


「バンちゃん! 珠ちゃんに早くミルク! ボクには今度はココア。どっちも冷たいのにしてね!」


 はいはい、はい。


「うっまーい、あっまーい、美味しぃ」

(うし)()せぇ、(ちち)臭せぇ、脂肪分(あぶら)(あミャ)あい」


「それで珠ちゃん、今日はなんのご用事?」

「それで、隼人(はニャと)ニャん、今日はニャして遊ぶ?」


「珠ちゃん、遊びに来たの?」

隼人(はニャと)ニャん、遊ばニャいの?」


「うん、ボク、遊んでるほど暇じゃないの」

「へぇ、キミ、遊べるくニャい暇にニャろうよ」


「ボクをキミ、と呼んだなっ?」

「キミをキミと呼んニャよっ!」


「ボク、もう帰るっ!」

「……」


 今日は隼人が勝ったようだ。百十五勝百四十三敗。なんで僕、わざわざカウントしてるんだ?


「もう揶揄(からか)わニャいから帰らニャいで」

珠ちゃんの声が小さくなった。でも隼人、どこに帰るというのだろう。それに珠ちゃんは、隼人がどこに帰ると思ったのだろう?


「判った。ボクは帰らないから、珠ちゃんが帰れ」

「そうはいかニャい、隼人(はニャと)を食って来いって言われてニャ」


「ボクを食う? そんな大それたことを言うのは誰だ?」

「言うニョはあたち、言ったニョは麺屋の入道」


麺屋の入道って三つ目入道・(そう)さんのことだ。


「それで、どこから食べる?」

「どこを食べて欲しいニャ?」


「猫に食べられるのは嫌だなぁ」

「贅沢言うニャよぉ」


「ホントに奏ちゃんがボクを食えって?」

「奏ニャんはラーメン食えって言うニャ」


「隼人をどうしろって?」

隼人(はニャと)()()()()()()


「こんにゃく? ボク、あれ、苦手」

「こんにゃくは苦くニャい」


 まったく、隼人の友達は、やっぱり面倒くさい。

「それ、コンタクト取れって言ったんじゃないの? コンニャクじゃなくて」

つい助け舟を出す。どうも正解だったようで、珠ちゃんがニッコリした。

「おぉ、血吸い人、その通りニャ」


「血吸い人!?」

「血吸い人っ!」

初めて聞く表現に、つい僕と隼人の声が(そろ)う。


「バンちゃん、良かったじゃん。鬼から人に昇格した」

「良かったニャー、めでたいニャー」


 なんか僕、メチャクチャ馬鹿にされてるよな? あぁ、もう、クローゼットに(こも)りたい……涙。


「んじゃ、帰るニャ」

「え、珠ちゃん、もう帰るの?」

「用事は済んだニョん。ニャんと伝えたって奏ニャんに言って、ご褒美にラーメン貰って山に帰るのニャ」


 隼人が止める暇もなく、トットと珠ちゃん、帰っていった。

「なにしに来たんだ?」

隼人が僕に聞く。


「珠ちゃん、奏さんに、隼人とコンタクトを取れって言われて、で、来たみたい」

「何のために?」

「いや……僕に聞かれても判らない」

「バンちゃん! 判らないことをそのままにしてていいと思ってるのっ!?」

だからって、どうしろって言うんだよっ?


「奏ちゃんがコンタクトを取れって言ったんだよっ? さっさと取らなきゃダメでしょっ?」

いや、そうじゃなく、珠ちゃんが隼人とコンタクトを取ったわけで……って、あれ?


「ねぇ、隼人?」

「なぁに、バンちゃん?」

「まさか、隼人、コンタクトレンズ、使ってないよね?」

「コンタクトレンズってなんだろ?」

「目の中に入れるレンズ」

「目の中に入れるって、バンちゃん、そんな怖いことボクにできるわ……け?」

隼人、隼人、おまえ何をした? 何を忘れてる?


「あぁ……コンタクトレンズね、うん、うん」

「隼人ぉ?」


 隼人がオドオドと僕を見る。随分(ずいぶん)と後ろめたそうだ。そして……よくよく見てみれば、オッドアイじゃなくなってる。薄いレモンイエローのはずの右の目が、左の灰銀色に近い色に変わってる……まったく、いつの間にカラコンなんか買ったんだよ?


「僕に黙ってネットでカードを使ったな? 今、言わないとお仕置きするぞ。いいのか、隼人?」

「えーえーえー。お仕置き、怖い、やめて」

「じゃあ、しないから、ちゃんと言え」

「ん、っとね。こないだの夜行(やぎょう)さん、満月じゃなきゃダメだったよね?」

「そうだね、夜行さんは満月じゃなきゃ出てこないね」


「でもさ、朔たち、満月だと狂狼になっちゃうじゃん」

「まぁ、そうだね」

「でさ、朔たち、本当はそんなふうになりたくないんだよ」

「うん、僕もそう聞いてる」


「だから、ボク、カラーコンタクトで、太陽を隠しちゃおうって思ったんだ。そしたらさ、月光が減って、魔力も減って」

太陽(ラー)の目にカラコン、入れたんだ?」

「うん……で、入れたのを忘れちゃった」

「判った、それじゃ、すぐ外せ」

「えーーーーーっ?」

「なにが『えーーーーーっ?』だよっ! 朔も満も泣いてるんだぞ?」


「だって、だってバンちゃんっ!」

隼人が涙ぐむ。

「コンタクト、取るの怖いよ。ボクの目も一緒に取れちゃわない?」

言うなりポロポロ涙を(こぼ)す。


 僕はいつものように溜息(ためいき)()く。深い深い溜息を吐く。


「大丈夫、ちょうど今、取りやすいはずだから。やってみてごらん」


 涙でウルウルで、それだけでも取れそうだ。でも、車に跳ね飛ばされても取れなかったコンタクトレンズ、本当にちゃんと取れるのか?


「あ、ホント、取れた。やった! ボクにもできた!」

気持ち、窓の外が少しだけ明るくなった気がした。


 奏さんにお礼の電話をしようと僕は立ち上がった。うちの太陽神(ホルス)がお騒がせしました、無事に解決しましたと報告しよう。朔と満にも、もう心配ないよと連絡しよう。


 奏さんは、どうして隼人のコンタクトレンズに気が付いたんだろう? カードの利用履歴でも見たのかな? まさかス()()ーなんてことじゃないよね? まぁ、ついでにそれも訊けばいい……あ、キーワードはストローじゃなくって〝邪魔な物〟のほうか?


「バンちゃん……」

立ちあがった僕を隼人が引き留める。(すが)りつくような目で僕を見る。


「バンちゃん、ボクを見捨てない?」

そう言って、しがみ付いてくる。そして僕はまた騙される。

「見捨てたりするもんか」


 すると隼人が嬉しそうにフワッと頬を膨らませてから、僕の耳元でそっと(ささや)いた。僕は微笑んで隼人に答える。

「うん、判った。でもそれは、奏さんと朔たちに電話してからにしようね」


 隼人がボクになんと囁いたのか、それは隼人と僕、二人だけの秘密――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ