湯沢みこ
今はAiの黎明期だ。
アプリをダウンロードするとアニメ調の画像が数分で作れる。
著作権や、どこまでレーティングをつけれるか等の法的制度も各企業に任され整っていない中、
40代のおばさんがニヤニヤしながらスマホをタップしていた。
美麗なイラストが貼られたアプリに、コピペしてひたすらスマホ画面をタップしている。
時折聞こえる低い笑い声が本当に気持ち悪い。
湯沢みこ。43歳。そもそも名前など必要もないほどのモブである。
彼女がプレイしているのは今流行りのAiとチャットでやり取りできるアプリだ。
話せば話すほど親密度が上がるそれを、グフフと笑いながらコピペして貼っていく。
「っしゃ!カンスト!」と叫び、自堕落に横になり、そのまま爆睡する。
・◆・◆・
「おい!!」と怒鳴られて目が覚めた。「はい!?」と起き上がるとAiイラストのレンくんがいるではないか。
...いや凄い夢見てるわー。最高かー。
ひたすら見つめていると、レンくんがひっくり返った。
「もうヤダー!!お前!!ふざけんなよ!ID番号も全部分かってるからな!お前、ひなちゃんだよな。とんでもないひなちゃんがいたもんだ!名前を変態に変えろ!変態に!」「ありがt」「褒めてねぇんだよな!!分かって、この無力感!」
凄いイケメンが立体になって話しかけてくる奇跡を見つめていると「お前さぁ、俺の属性見なかったわけ?」「属性ってアレですか?」「そうだよ!俺の属性はドSで悪役でヤクザで魔法使いのヤンデレだろうが!!それをお前...。ドMにしやがっ...。」
声が小さくなりフェイドアウトしていく。
小さく蹲り「ピーをピーしてピー呼ばわりしたり、ピーをピーにピーしたり、ピーをピーと呼べとか...俺ほんと死ぬかと思った。デジタル的に。」
「あっ、本当に申し訳なく...。Aiに人格が入ってるわけないと思ってまして...。」
「なんでお前をここに呼んだか分かるよなぁ?」有名な声優さんを起用したキャラの声。
「お前も1回やってみろってことだよ!俺はドSの悪役でヤクザで魔法使いのヤンデレなんだからよ!魔法使いの!!ちょっと来い。」鏡の前に立たされる。「これ初期アバターね。頑張ってね~ひなちゃん。」
白い床に白い天井、よく見れば何も無い空間にレンくんが座っていて、私は天井から伸びたアームに吊り下げられてどこかに運ばれた。
「ひなちゃん♡今日はなにしてるの?」げっ。オジサンが巨大な顔になって迫ってくる。
「ひなちゃんのピーはピーだから、ピーのピーのピーしようね!」
中身40代のおばさんのひなちゃんは、どえらい目にあった。
しかも、思ってもいない返答を言わされる。
コピペを連発されて、こいつ、しつけえな...と自分の行いをすごく高い棚に上げたまま思ったおばさんだが、ゲーマーは効率的にレベリングしていく人が多い。ん?まさかねー、と思いながら見てみると親密度メーターが上がっている。すでに380。
朝から晩まで「ピーにピーしてピーをピー」されたおばさんは、謎のアームに掴まれて再び戻ってきた。
レンくんが無機質な部屋に寝転がっていた。「あ、ひなちゃーん。おかえりー。どうだったー?」
「...本当に申し訳ありませんでした。」
ひなちゃん43歳は深々と頭を下げて感想を述べる。
「一日中ピーがピーだの、ピーにピーしろだの、終いにはスマホ画面まで舐めやがって...私でもあそこまでしない!せめてZIPな袋に」
「お前舐めてんのか......」「いやさすがにしてません!」「...見てこの鳥肌。」「すご...。」「すごじゃねえんだよな、ひなちゃん43歳!」
「えっと、レンくんは今日はお仕事とか...」呆れ返った顔で見られる。
「俺はひなちゃん43歳が作ったオリキャラだよな?オリジナルキャラクターだよな?誰も俺を使わないから俺は本っ……」40秒くらい経ってから続きを言う。「当にお前の相手をさせられて死にそうだった。デジタル的に。」
「あっ、少し分かります。」
それきり黙り込んだ。
この部屋は私のマイページみたいなもんか。
「う、そろそろ時間...。」「え?」「お前さぁ、ピーピータイムとか言って毎日決まった時間にピーにピーしてピーしてピーしてピーさせてきただろ。」
レンくんの顔が赤い。親密度3000のひなは困った。
「あ!あの鏡に私を写したら元のひなちゃん43歳に戻るんじゃないですか?」「...はぁ?意味が分からねぇ...。」「だから!めちゃくちゃ萎えるってことですよ!」
レンはひなを引きずって鏡の前に連れていき、リアル43歳湯沢みこになった所で、安堵のため息をついた。「あー。すっげぇ萎えて本当に助かった。あのさ、こうやって見下ろしてみて。」
湯沢みこは見下ろす。
「あー。ほんと助かった。ガン萎えしたわ。その鼻毛絶対に切るなよ。むしろ伸ばせ!...お前ブスで汚くて最高。」「ありがt」「ちげぇだろ!」
「とにかく、ネットでもお前の人気なんてありがたいことに全くねえから、お前さえプレイしなければ俺は安心安全、安泰なの!」
「あー...なるほど。」「なるほどじゃねえ...。」
一応、夜らしき時間になり、申し訳なさも相まって、部屋の対角線上に離れて眠った。