「君と出会った日も…」
明日は必ず来るなんて誰が証明してくれるだろう。残酷な事件に巻き込まれないとなにで証明してくれるだろう。
人は皆自分だけは大丈夫だと、自分には関係ないのだと信じている。
明日死んでもおかしくないのにやりたいことをやらずに日々を過ごしている。
そして人々は後悔を残して死んでいく。
これはそんな人類に残された最後の一晩、それぞれの思いを描いた物語である。
「君と出会った日もこんな夜空だったね」
そう言って微笑んできた彼女がまぶしくて誤魔化すように僕は「そうでしたっけ」と答え夜空を見上げた。
少し顔が熱いのはさっきまで走っていたからだろう。いやきっとそうだ。
「おいおい俺に惚れんなよ」
「惚れてません」
彼女のジョークは即答で切り捨てるにかぎる。
彼女は苦笑しながら「可愛げが無いな~」なんて呟いている。
男に可愛げがあってたまるか。
でも実際あまりあの日のことを覚えていない。
ましては空がどうだったかなんて。
僕は再び視線を夜空に戻した。
満天の星空だった。
「しかしこの状況でよくそんな事がいえますね」
空に浮かぶ星はいつも以上に大きく見えた。
いや錯覚ではない。
2112年、7月28日今日は文字通り星が降る夜、地球最後の日だった。
「ん~こんな時だからこそ人って冷静でいられるのかも」
さりげなくない僕の嫌味は軽く笑顔でかわされた。
嫌味だということすら気づいていないかもしれない。
いつも明るくて友だち思いで、でもちょっと寂しがり屋でどこか抜けてて…。
そんな彼女、小林春華をつくる要素ひとつひとつが今日は輝いて見えた。
「ねぇぼうや、私ともっと広い世界を見に行かない?」
誰に言っているのかわからないが、よくある冒険系アニメのセリフのようである。
アニメの声優なのか、はたまた本気でそれを口にしているのか…。
とにかくそんなセリフを言ってしまう陽キャとかいう人種とは関わりたくない。
声がした方向から遠ざかるように歩きだそうそうとして…。
「いや~君とここで出会ったのも運命ってやつだよ。まぁこれから先、末永くよろしくね」
まさかの当事者だった。
しかしよく喋る人だ。今も何かよく分からないことを言ってるし…。
偶然と運命の違いとか何とか…。哲学なら違うところにしてくれ。
「……ていう関係が………でアメリカの大学……
って言われてるけど私は………が……で………が……に…だと思うんだけど……」
止まらない彼女に停止ボタンって無いのかななんて考えて探してみたり、ここから抜け出すための言い訳を考えたりしている内に胸のモヤモヤもいつの間にかなくなつていた。
満天の星空の下、これが彼女と僕との出会いの瞬間だった。
「そうか。あのときはあんたに邪魔されて星空のことを忘れていたんだな。」
あのとき星が綺麗だったということを咄嗟に思い出せなかったのは紛れもななく隣の少女のせいだろう。
「まぁ少女なんてあなたには似合わないか。すみません」
「君は今誰にどんなことであやまったのかな?それとも今から本気で私に謝ってみる?」
となぜか笑顔で拳を振り上げてくる。
ホラー映画で殺される人はこんな感じなのだろうか。
怖いからやめてくれ。あんたならやりかねない。
「でもちょっと悲しいなぁ~私はちゃんと全部刻み込まれてるのに…」
「思い出を刻み込むって言います?ちなみにどこにですか」
「え、このノートだけど」
「こっわ!」
僕はそう言って少し離れる。
僕らは今日もこんな会話をして笑い合う。
たとえ明日がこないとしても…。微妙で曖昧なこの距離感が僕らにはちょうどいいんだと思った。
いつもと同じ距離、おなじ会話で星が降る夜に空を見上げていた。