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誰が悪役令嬢ですって!?〈長尺版〉  作者: 無虚無虚
悪役令嬢がやってきた
9/13

スクールライフ

 学園に通うようになって、マリアーナは忙しくなった。

 学園で学ぶことはたくさんあった。帝国の歴史、地理、政治体制などは皇都に来るまでの旅でヒルダから多少は知ることができたが、学園に来て初めて本格的に学べるようになった。

 それ以外の科目でも学ぶことは多かった。例えば算術の授業でマリアーナは初めて統計というものを知った。アオイに言われた『平均』という言葉の意味をようやく知ることができた。異世界どころかイスブルクと比べてもオリスティは遅れていたのだ。

 勉学だけでなく人間観察も重要だった。国内の主だった貴族の子弟が一か所に集まっていると、貴族の人間関係が自ずと現れてくる。学園は貴族間の交流の場でもあった。オリスティ王国にはこのような場はなく、貴族間の交流は時間と手間がかかるものだった。学園というシステムにはこういうメリットもあるのかとマリアーナは感心した。

 そこで気づいたのは、帝国の貴族は大きな二つの派閥に分かれているということだった。中央集権体制になる以前から存在していた領主貴族と、中央集権体制になってから登場した官僚貴族である。領主でありながら中央政府でポストを得ている貴族もいるのでこの二つは反対語ではないが、そのような二刀流はかなり稀な存在だった。

 この二種類の貴族たちは仲が悪い。領主貴族に言わせれば、領地も持たず世襲もできないようでは本物の貴族とは呼べず、せいぜい騎士のような准貴族どまりなのだそうだ。彼らは官僚貴族を陰では(ぜに)貴族と呼んでいた。

 一方の官僚貴族に言わせれば、領主貴族が領地と爵位を持っているのは先祖のおかげで本人が偉いわけではないのだそうだ。彼らは自分たちのことを中央貴族、領主貴族のことを田舎貴族と呼んでいた。あの風紀委員の父親は官僚なので、彼女は官僚貴族の令嬢だ。それなら(それが賢明かどうかは別問題として)辺境から来た人間をバカにしたのもわからなくはない。

 大公国の公女であるマリアーナは領主貴族寄りかといえばそうではなく、どっちもどっちだと思っていた。彼女の父親はオリスティ王国時代は領主でありながら財務卿を努めた二刀流なのだ。中央集権体制にもデメリットはあるのだなとマリアーナは思った。

 当のマリアーナの交友関係はどうであったかといえば、いわゆるボッチ状態だった。だがマリアーナはむしろ都合がいいと前向きに捉えていた。いずれはマリアーナに接近する貴族も現れるだろうが、付き合う相手は慎重に選ばなければならない。事前に情報収集に専念できるというのはありがたかった。

 そんなマリアーナもささやかだが学園に影響を与えていた。マリアーナの真似をしてスカーフを着用する女生徒が現れたのだ。そういう女生徒の数はあっという間に増えた。校則を詳しく調べ、スカーフ以外のおしゃれをする女生徒も現れた。


 学園の授業は全員が履修しなければならない必修科目と、希望する生徒だけが履修する選択科目がある。マリアーナは法学の選択科目を取っていた。マリアーナが初めて法学の教室に入ってみると、あの風紀委員がいた。選択科目では異なる学年の生徒と一緒に授業を受けることもあるのだ。

 偶然、風紀委員がこちらを振り向いたとき、マリアーナと視線が合った。今度はマリアーナは声をかけることにした。

「ごきげんよう、シュタイン様」

 風紀委員は驚いたような表情を浮かべた。

「私の名前をご存知でしたの?」

 こっちが先に挨拶したのだから、質問する前にまず挨拶を返しなさいよ。マリアーナは顔に笑顔を張り付けたまま、心の中で毒づいた。

「ええ、アードリヒ殿下からうかがいました。ターリタ・シュタイン様ですね」

 マリアーナはそう言ったが、本当はイスブルクの貴族年鑑(カタログ)を読み込んで調べていたのだ。ターリタの父親のシュタイン伯は法務卿を務めている。中央政府の要人の娘なので声をかけたのだ。

 アードリヒの名前が出たせいか、ターリタの機嫌がよくなった。

「そうでしたの。アードリヒ様とは一時期、親しくさせていただきましたの」

 元婚約者候補だったんだから、そりゃそうだろう。そうやって周囲にマウントを取っているのだろうか。それだけで皇子の婚約者の准皇族で大公家の公女の自分にもマウントを取りに来るとは馬鹿としか思えない。これではアードリヒに袖にされても仕方ないな。マリアーナはそう思った。

「イスブルク帝国のことをもっと知りたいと思い、この授業を選びましたの。シュタイン様はお父様の影響かしら?」

「ええ、まあ」

「さぞかし法律にはお詳しいのでしょうね」

「それほどでもありませんわ」

 ターリタの目が泳いでるのをみて、これは謙遜ではないらしいとマリアーナは察した。父親はともかく、娘の方とは付き合ってもメリットはなさそうだ。

「今後も授業でご一緒させていただきます。よろしくお願いしますね」

 マリアーナは社交辞令を述べると、ターリタとは離れた空席に座った。席で授業の準備をしていると、今度は逆に声をかけられた。

「よろしいでしょうか」

 顔をあげると、見知らぬ女生徒が近くに立っていた。

「リザベル・ライプストと申します。マリアーナ・レネスティ公女殿下とお見受けしましたが」

 脳内の貴族年鑑のページをめくらなくてもライプストの名前は知っていた。

「はい、そうです。ライプスト辺境伯家の方ですか」

 ライプスト辺境伯家はオリスティ王国と国境を接していたイスブルクの領主の家だ。

「そうです。ご存知でしたか」

「ええ、ライプスト辺境伯は大公国でも有名ですから」

 ライプスト辺境伯はイスブルク軍で軍団司令を務める名将と評判の軍人だ。軍団は複数あったらしいから、ランドルフの上司だったかはわからない。

「ライプスト辺境伯が三女、リザベルでございます。お見知りおきを」

 リザベルはアードリヒの婚約者だ。相手は違っても皇子の婚約者という立場は同じ。見かけたら挨拶するのは当然だ。マリアーナの方は気づかなかったが、リザベルは気づいた。たぶんマリアーナのトレードマークになっているスカーフが目印になったのだろう。

 マリアーナはプレゼントされたのとよく似たスカーフを何枚も買い求め、学園にはそれを着けていった。プレゼントを毀損したり紛失したら大変なことになるからだ。全く同じものは用意できなかったので、模造品(イミテーション)だとバレないように毎日スカーフの結び方も変えた。そのためマリアーナのスカーフは周囲の注目を集めるようになり、結果としてマリアーナの制服姿を似合わないと思う者は一人も出なかった。この点はフィリウスの計算どおりだったが、そんな深謀遠慮があったとは知らないマリアーナは朝の身支度にひと手間が増えたことに不満を持っていた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 マリアーナは相手の制服の襟のラインの色を確認した。自分よりひとつ下の三年生らしい。たぶんこの授業以外では会うことはないだろう。そう考えてマリアーナはほっとした。

「では授業がありますので」

 リザベルはそう言うと自分の席に戻っていった。マリアーナが視線を机に戻そうとしたとき、ターリタの姿が視界に入った。ターリタはリザベルにガンを飛ばしていたが、リザベルはそれを無視していた。父親は違う派閥で皇子の婚約者の座を争った仲、水と油の関係だろう。あの二人が同じ学年にいたら本人たちも周囲もさぞかしやりにくいだろうと思ったが、マリアーナは誰にも同情する気にはなれなかった。

 授業の内容はマリアーナにはたいへん興味深いものだった。帝国には憲法がある。オリスティ王国にはなかったものだ。帝国では憲法と矛盾する法律は作れない。オリスティ王国では国王がそのときの都合や気分で法律を作ったので、過去の法律と矛盾するものが出来上がって混乱を招いたことが何度かあった。帝国ではそのようなことはなさそうだ。

 また帝国では誰もが法律を守らなければならない。それは皇族も例外ではない。オリスティ王国では王族が守らなければならない法律は王室典範だけだった。法律を作った張本人にそれを守る気がないのだから、オリスティ王国では貴族も平民も遵法精神が乏しかった。立法と司法が分離されていなかったので、王族や貴族がやりたい放題だったというのも大きそうだ。

 こうして見ると、中央集権か否かという以前の部分で、オリスティはイスブルクより遅れていたと言わざるを得ない。これは法律に限った話ではないのだろうとマリアーナは推測した。

 授業時間が終わりに近づいたところで、初老の男性の教師は生徒たちに質問をした。

「ここまでで、何か質問はあるかね?」

 ひとりの生徒が手を上げた。

「ライプストくん」

 リザベルは立ち上がって発言する。

「授業内容とは直接関係はないのですが、よろしいでしょうか」

「言ってみたまえ」

「帝国の国内法は新領土にも適用されるのでしょうか?」

 マリアーナは教師が一瞬だが自分の方を見たのに気づいた。

「いずれはそうなるが、今はまだそうではない。法律がいきなり全て変わると、社会が混乱して統治ができなくなる。猶予期間を置いて徐々に法律の切り替えを行うのだ」

「では今の大公国の法律とはどのようなものでしょうか?」

「そちらは専門外なので私もよくは知らない。軍の法務官ではないからね」

「それは失礼しました。ですがこの教室には詳しいと思われる人がいます」

「ほう、それは誰かね?」

「レネスティ大公国が公女、マリアーナ・レネスティ殿下です」

 やられた。この会話は茶番劇だ。教師は自分の方を見た。最初から自分の存在を知っていたのだ。二人は最初からグルで、自分に恥をかかせるつもりだったのだ。リザベルとはこの授業以外では一緒にならないと思ってほっとした自分は甘かった。マリアーナはそう思った。

 適当に嘘をついて誤魔かそうかとも思ったが、教師の自分もよく知らないという言葉は信用できなかった。教師に嘘を指摘されたら恥の上塗りをすることになる。本当に知らない可能性もなくはないが、根拠のない楽観にすがることの愚かさを、マリアーナは勇者召喚で学んでいた。

 マリアーナは正直にオリスティ王国の法律について語った。憲法がないこと、王族が法を守らなかったことを話したときの周囲の反応は予想どおりだった。マリアーナは表情を崩さない自信はあったが、恥ずかしさで顔が赤くなっていなかったか心配になった。

 しかもこれはちゃんとした授業の一部になっているので、マリアーナに対するイジメにはならない。実に巧妙というしかない。リザベルは父親譲りの策士のようだ。こんなのがいずれ皇室の一員になるのかと思うと今から憂鬱になる。いっそのことアードリヒがボンクラで、ターリタを婚約者に選んでいたらよかったのに。マリアーナはそんなことを考えてしまった。

次話は4/15 18:00に投稿予定です。

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