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誰が悪役令嬢ですって!?〈長尺版〉  作者: 無虚無虚
悪役令嬢がやってきた
6/13

最初の晩餐

「聞いてないわよぉ!」

 後宮に戻ったマリアーナは悲鳴を上げた。皇族との顔合わせがあるのは当然だが、それが今夜だと知らされたのは謁見の間だったのだ。

 身内の祝宴ということは皇族だけの集まりなのだろう。謁見のときと同じドレスというわけにはいかない。それに皇族のうち誰が出席するのかもわからない。どう考えてもあの一言だけでまともな準備などできない。

 頭を抱えてうなるマリアーナに侍女のケーラが来客を告げた。

「お嬢様、皇后様の使いの方がみえています」

 溺れる者は藁をも掴む、マリアーナは即答した。

「お通しして」

 来客は年配の女性だった。後宮の文官の制服を着ている。右手を胸に当てて略式の礼をした。

「公女殿下、お初にお目にかかります。カーヤ・ポルダと申します」

「こちらこそよろしく」

 先ほどまで頭を抱えてうなっていたとは想像もできない落ち着いた佇まいでマリアーナは答える。体裁をつくろうための変わり身の速さは、さすがは公女である。

「皇后様の側仕えをさせていただいたのですが、これからは殿下の側仕えをするよういいつかりました」

 いきなりの新参者の登場に二人の侍女は警戒したが、マリアーナは即答した。

「今すぐ仕事してちょうだい」

 溺れる者は藁をも掴むのだ。


 皇帝は『身内でのささやかな祝宴』と言ったが、そこには1ミリも謙遜が混じっていなかった。会場は朝食のときと同じ食堂。使うのは朝食のときと同じ長テーブル。そこに新たにマリアーナの席が追加された。

 皇宮に住んでいる皇族たちにマリアーナが加わったことと、メニューが夕食に相応しいものになった他は、いつもの朝食と変わらない風景だった。

(帝国の宴ってこんな感じなの?)

 大公国だと普通の食事としか思えない風景の中で、マリアーナはせっせとジャガイモ料理を口に運んでいた。食事の前に紹介と挨拶があったが、食事が始まるとみんな無言で食べるだけだ。おしゃべりもせずに、たいして美味しくもない料理をひたすら食べる。これのどこが楽しいのか。マリアーナはとんでもない国に嫁いでしまったらしいと感じ始めた。

 食事が終わったところで、マリアーナにレオノーラ皇后が声をかけた。

「食事はどうだったかしら」

「たいへん美味しかったです」

「そう? 食べているとき、死んだような表情をしていたわよ」

 マリアーナの背筋に冷や汗が流れる。ここはもっともらしい言い訳をしよう。

「実は、故郷の料理が少し恋しくなりまして」

 皇后からどんな返事が来るのか、マリアーナは脳内で何パターンか想定してその後の会話を考えたが、予想外の人物の乱入によってそのシミュレーションは無駄にされた。

「マリアのおうちのりょうりってどんなの?」

 乱入者は婚約者のフィリウスだった。この乱入をマリアーナは幸運と思った。どう考えても三歳児の方が楽な相手だ。

「小麦を使った料理が多いですよ」

「パンとか?」

「パンも食べますし、パスタも食べますね」

 フィリウスはパスタを知らないかもしれないが、それならそれでパスタの説明で時間が潰せる。だがフィリウスの反応は予想外のものだった。

「パスタ! パスタたべたい! ねえ、パスタつくってよ!」

 目をキラキラさせているフィリウスに、マリアーナは引きそうになった。

「でもご飯を食べたばかりで、お腹が空いていないでしょう」

「きょうでなくてもいいから、パスタたべたい!」

 マリアーナは素早く周囲の様子をうかがう。全員が驚いていた。

「これ、わがままを言ってはいけません」

 母親がたしなめる。

「フィルがわがままを言うのは珍しいな。だがフィルはパスタを食べたことがあったか?」

 父親が息子の異変に疑問を抱く。それを聞いて息子は焦った。

(しまった! 前世の食の好みでつい言っちまった。現世(こっち)に来てから芋料理ばかりだったからなあ)

「ごめんなさい。私はパスタは作れないの」

 マリアーナはそう答えた。周囲はこれでフィリウスが大人しくなることを期待したが、そうはならなかった。

(なんだよ……でも現世(こっち)にもパスタはあるんだよな)

「おとうさま、マリアのおとうさまにたのんでりょうりにんをかりてください」

 マリアーナはびっくりした。パスタが欲しいと駄々をこね続けるのではなく、大公から宮廷料理人を借りる。これが三歳児にできる発想だろうか? だが周囲の皇族たちはパスタに執着していることの方にびっくりしていた。フィリウスが三歳児とは思えない言動をするのは今日に始まったことではなかったのだ。

「そうだな。考えておこう」

 あいまいな返事をした父親を、母親はジト目で見た。

「相変わらずフィルには甘いですね」

 もし他の子供がこんなわがままを言ったら、皇帝は即座に叱り飛ばしていただろう。

「マリアーナのことも考えてだ」

「お心遣い、痛み入ります」

 マリアーナはそう言ったが、本心は別だった。

(お父様だけじゃなくて、私も夫婦喧嘩の盾にするつもり?)

 皇后と衝突するなんてまっぴらだと思ったが、料理人の招聘が実現してほしいとも思うマリアーナであった。

「マリア、ゆうしゃのことをおしえて」

 フィリウスが急に話題を変えた。これくらいの年頃の子供にはよくあることなので、マリアーナはおかしいとは思わなかった。

「それは(わし)も聞きたいな」

 ベルノルトにもそう言われて、マリアーナはあのパーティーの顛末を話すことになった。


「それは実話なのか?」

 マリアーナの話が終わったあとの第一声はコンラートのものだった。

「容易には信じられないと思いますが、事実です」

「荒唐無稽に聞こえるが、それだけにマリアーナ嬢が嘘をついてるとは思えないな。嘘ならもっとうまくつくだろう」

 ランドルフはそう言ったが、表情を見ると半信半疑のようである。

「勇者は本当に人間なの?」

 アードリヒも信じられないらしい。

「人間です。しかしこの世界の人間とは物の見方、考え方が根本的に違っているのです。彼らの行動を予測することは困難ですし、制御することもできません」

「それじゃあ兵器にならないだろう。そんなのに加護(チート)を与えて暴走されたら、そりゃ国が滅ぶ惨事にもなるわな」

 コンラートは少し納得したようだった。

(召喚勇者は名前からすると日本人みたいだけど、異世界(こっち)じゃまるでエ◯ァンゲリオンみたいな扱いだな)

 周囲の会話を聞いてそう思ったフィリウスは、更に情報を集めてみることにした。

「ゆうしゃってさんにんともおなじだったの?」

「いいえ、人間ですから個性がありました。ミズキは三人の中では最も粗暴で、一番頭が悪そうでした」

(ミズキ? ああ、逆に論破されたひ◯ゆきかぶれか)

「騒乱になったとき、二人は最初の加護(チート)を使ったあとは慎重になったのですが、ミズキだけはわけのわからないことを言いながら加護(チート)を使い続けていました。最後は二人に取り押さえられていました」

(ただのヤベーやつじゃん。そんなのを召喚したのかよ。どんな基準で召喚したんだ?)

「なんていってたの?」

「確か……『オレツエー』とか『人間がまるでゴミのようだ』とか言ってました」

(厨二病かDQNじゃん!)

「ほかのゆうしゃは?」

「アオイは唯一の女性で、自分のことを『ジョシコーセー』と言っていました」

(JKかよ。マジで召喚の基準がわからないな)

「ミズキよりは頭が良かったようですが、理解や同意を得るのは三人の中では一番難しかったようです」

「さいごのひとりは?」

「ミチアキは三人の中では最も理性的で、唯一の話が通じる相手でした。元の世界に戻ることが目標だと明言していたので、交渉がしやすかったようです」

(ミチアキか、三人の中では一番まともな人物だったみたいだな。三人とも日本人で間違いなさそうだな)

 フィリウスがそう考えていると、ベルノルトが質問した。

「オリスティはどういう基準で召喚対象を選んだのだ?」

(おっ、父上も俺と同じ疑問を持ったか)

「私も詳しくは存じませんが、授かる加護(チート)の強さだったようです」

「うむ、確かにそれは重要だろうが、それだけでは駄目ということか。話を聞く限り、勇者召喚は悪手でしかないようだな」

 ベルノルトの出した結論に一同が納得していたとき、フィリウスだけは別のことを考えていた。

(勇者召喚はガチャかよ。まんまなろう系だな。いくらリターンが大きくてもリスクが許容できないんだから父上の言うとおりだな……待てよ、日本人の勇者がオリスティに滞在してたってことは、オリスティ(あっち)の飯を食ってたってことだよな)

「ねえ、ゆうしゃにはすきなたべものはあったの?」

「好きな食べ物ですか? パスタやピザをよく食べていたようです」

(ピザあるのかよ!)

「ピザたべたい!」

 転生してからの三年間で鬱憤が溜まっていたのか、食に関してはフィリウスは年相応の忍耐力しかなかった。

「はいはい。機会があったら食べさせてあげますよ」

 そう言ってフィリウスをあやすレオノーラは、皇后ではなく普通の母親に見えた。

「いつの間にかずいぶん遅い時刻になったな。未成年はもう休みなさい」

 ベルノルトの一声で未成年の皇子・皇女は席を立った。帝国での成人年齢は十八歳、まだ十六歳のマリアーナもこれでお役御免かと思ったが、そうはいかなかった。

「マリアーナは残ってくれ。もう少し話が聞きたい」

 テーブルに残ったのは、皇帝夫妻と皇太子夫妻とコンラート、そしてマリアーナだけになった。

 何の話をするのかと緊張しているマリアーナに皇后が声をかけた。

「ポルダは役に立っているかしら」

「はい。この服を見立ててもらいました。優秀な側仕えをありがとうございます」

 マリアーナは皇后に頭を下げる。

「今の大公国は帝国の一員です。貴族の中にはわだかまりを捨てられない者もいますが、皇室は貴女の味方です。困ったときはポルダに相談しなさい」

 他に後宮に人脈(コネ)がないマリアーナにとって、皇后の言葉はありがたかった。だがそれをどこまで信じていいか迷っている部分もあった。

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