さあ君にこの謎が解けるか
「マインちゃんの小説どう?」
「どうって訊かれても、どう答えたら良いものか……日常系異世界モノって感じです」
部員が減っても、文芸部の活動は変わらなかった。俺と部長は放課後の部室で、黙々と本を読んで過ごしていた。
小休憩なのか、水筒からお茶を注ぎながら部長が話しかけてきた。
「それ推理小説なんだって」
「は?」
「速水君への誕生日プレゼントっていうか、手紙? まあ、読み手の好みを考えて、自分の好きなファンタジーと、速水君の好きな推理ものをミックスしたって言ってたよ」
「それネタバレじゃないですか」
「ネタバレじゃないよ。児童書のミステリによくある『読者への挑戦状』的なものだもん。あんなことがなければ、本人が直接言ってきたはずだよ」
「……」
部長が「あんなこと」と言った瞬間、葬儀場で見た光景がフラッシュバックした。
グッと胸が苦しくなったけど、何もなかったように取り繕う。
俺の心は鈍化したわけじゃなく、理解しているふりをしているだけで、刈谷の死を本当の意味で受け入れていないだけだったみたいだ。
「俺の誕生日に完結するなら、あと1話ですよね。今のところ事件性皆無なんですけど、たった一話で事件が起きて解決するなら話の構成が無茶苦茶ですよ」
一話に比べると、二話の方が文字数が多かった。それでも配分がおかしい。
「その辺は私関わってないので何とも言えない。小説を書く時に私が協力したのは投稿の仕方だけだし、今伝えた内容もその時にマインちゃんが自分から言ってたことだし」
「起承転結のない淡々とした話だと思ってたのに、部長の言葉でよく分からなくなりました」
「そりゃ良かった。サラッと読んで終わりにされるよりも、さんざん悩んでくれた方が、マインちゃんも嬉しいでしょ」
最後の一言が本音で、その為に嘘で俺を混乱させて楽しんでるんじゃないだろうな。
俺の恨みがましい視線を、部長は笑顔でスルーした。
「答えがわかったら、私に言ってね」
「部長で答え合わせできる、ってことは真相は部長に託していて、小説自体は事件編で終わりなんですか? 関わってないんじゃなかったんですか?」
「嘘は言ってないよ。それに私は、この小説の目的というかコンセプトを聞いただけで、真相を知ってるわけじゃない。これ以上は楽しみが減っちゃうからダメ」
「それって部長の楽しみが減るってことですか?」
「もー、噛み付くなぁ。これはマインちゃんが、速水君に捧げた物語だからね。私は単なる見届け役」
あの小説には、刈谷から俺への挑戦だかメッセージだかが含まれてるらしい。
第一話は職場で作業している二人、第二話は主人公が振られて落ち込んでいる話。
情報が出揃っていないので何とも言えないけど、多分部長の発言はヒントだ。
今夜、日付が変わると同時に最終話が投稿される。
考え込む俺を前にして、部長の笑みが深くなった。にっこりから、ニマニマに。
駄作を酷評している時も思ったけど、日頃は猫をかぶっているだけで部長の本性はドSだ。
「普段ミステリを読まない子が書いたものだから、そんなに難しいものじゃないよ。頑張ってね」
*
明日も平日だから学校がある。仮眠するかと0時きっかりにアラームをセットしてベッドに横になったものの、眠気が訪れる気配はない。
眠れないので本でも読むかと身を起こしたけど、内容が全く頭に入ってこなかった。
小説だからダメなんじゃないか、と漫画に切り替えても同じだった。
仕方がないので公開済みの小説を読み返す。
まだピースが揃っていない状態であれこれ考えても、徒労に終わるのはわかってる。それでも、今の俺には他にできることがない。
部長が言っていた通り、刈谷はミステリ好きではない。
あまり知識はないし、そもそも彼女は中学生で小説を書くのに長けているわけでもない。去年彼女が文集に載せたのは、絵本のシナリオのような創作童話だった。
刈谷の小説は、当然ながら読者は少ないようだった。
小説情報のページで、ブックマーク数や評価ポイントを見ることができるのだが、ブックマークは1で評価は0。
このサイトでは読者がPV数を確認する術はない。
ブックマークの1は部長だろう。
ユーザー登録しなくても読むことはできるので、俺は登録していない。毎回送られたURLから飛んでいる。
俺は何の価値もない一般市民だけど、それでも個人情報を易々と提示することには抵抗がある。
自意識過剰だとは思うけど、取り返しのつかないことをしてしまうことに比べれば、いささか過剰であっても警戒心を持っておきたい。
まあこんなことを言っておきながらSNSのアプリで、ゲームの更新情報とかチェックしてるんだから、人間というものは、自分の目的の為には平気で矛盾した行動をとる生き物なのだ。