出会い
刈谷が投稿した小説は、一話一話がとても短い。
俺はそんなに詳しいわけじゃないけど、Web小説は確か一話あたり二千文字以上が基本で、長いものだと五千くらいになると聞いている。
これだけ短いなら連載として投稿せずに、短編小説としてひとつにまとめた方が良いんじゃないか?
もしかしたら刈谷は記号を使って場面転換する技法を、知らずに書いたのかも知れない。
ファンタジー嫌いの俺に気を遣ったのか、異世界ものだけど世界観の説明はほぼ無し。
俺が「萎える」と言ったのを気にしたのか現代語を極力避けていて、カタカナやルビを必要とする造語も無い。
生前の刈谷が好んだ、異世界でコツコツ丁寧に暮らす日々を切り取ったような話だ。
彼女の葬儀から一週間も経っていないのに、ごく自然に生前という考えが浮かんでしまうのがショックだった。
こんなに早く刈谷の喪失を受け入れている自分は、とてつもなく薄情な人間なんじゃ無いかと思う。
人が死ぬ話ばかり読んでいたから、人として大事な部分が鈍くなってしまったのか。
「出会いか……」
俺は刈谷との出会いをハッキリ覚えている。
*
生まれて初めて、転校という経験をした俺は教室でどう振る舞えば良いのか全く分からなかった。
漫画だとクラスメイト達は転入生にそれなりに興味があり、初日の休み時間に何人かは話しかけてくれる。
その中で、気が合いそうなやつとお昼を一緒に食べるのが定石なようだが、生憎リアル現代っ子はドライだった。
休み時間は誰も話しかけてこないし、授業もグループを作ることなく先生の板書を写すだけ。
すでに出来上がっている人間関係に、自分から声をかけに行くのは想像以上にハードルが高くてUターンした。
ぼっちになってしまった場合に備えて、カバンに読みかけの小説を突っ込んできたんだがまさか初日からお世話になるとは思わなかった。
「読書がしたくて一人なんです」のポーズをしていたら、話しかけてきたのが刈谷だった。
「それネタバレ禁止で有名な本だよね? 面白い?」
「ネタバレ厳禁なのに、それ聞くのかよ」
「話の内容を聞いてるんじゃなくて、面白いかどうかを聞いてるだけだからセーフ! あ、私。刈谷麻衣ね」
「……速水裕一郎」
この学校で初めて個人的な話をするのが女子という点に俺は内心汗だくだった。
転校前は普通に女子とも話してたはずなのに、はるか昔のことのように思える。何を言ったらいいんだ。
「速水君は読書好きなの? 私、文芸部なんだよ」
質問に答える前に、次の質問をされて俺の脳はパニックだ。
え。女子との会話ってこんな感じだっけ。言葉のキャッチボールってこんなに難しかった?
「本はまあまあ好き。この本は……話はしっかりしていて、モヤモヤするようなことはない。出来が良いから売れるのは分かるけど、個人的には刺さらない」
折角話しかけてくれたのに、面白い言葉を返せない。
むしろ内容はネガティブだし、自分でも愛想がないなって自覚がある。
緊張してるは言い訳にならない、だってそんなこと相手には分からないんだから。
「そうなんだ。ほら、最近って悪くいうとすぐ炎上するから、感想マイルドにする人増えたじゃん。攻撃的な意見ばかりじゃ荒むけど、本音を言わないのも気持ち悪いんだよね。正直な意見ありがとう」
「昔に比べると批判は減った気がするけど、気に入らないものに噛み付く人は今もそれなりにいるだろ」
「うーん。その人たちの感想って、見当違いの指摘だったり、嫌いな部分にだけ反応していてちゃんと読んでなかったりするから全く参考にならないんだよね」
初対面の時から、刈谷はかなりオープンだった。
「気になるなら貸すよ。多分読み返したくなる事はないから、返さなくても良いよ」
文庫本だけど、小遣いが月三千円であることを考えるとそれなりの出費。
女子の前で見栄を張ったわけじゃなくて、俺の中でこの本は読み終えると同時に価値を無くすので処分先として彼女にあげてしまうのが適当に感じただけだ。
「え? それは悪いよ! そんなつもりで話しかけたんじゃないの」
まあ、当然の反応だ。ここで「ありがとー」と二つ返事で返されたら、いくら要らないと思っていても俺は後悔しただろう。
「そうだ。速水君、部活決めた?」
話題が飛んだ。何というか自由な子だ。
「いや」
「うちの学校、帰宅部は選べないからね。絶対にどこかに入らなきゃいけないんだよ」
「マジで? こんな半端な時期に入部って、一部の文化部しか選択肢ないじゃん」
「もし入りたい部がないなら、文芸部はどう? 部活仲間って事で本貸してくれたら嬉しい」
「俺読むのは好きだけど。書くのはあまり……」
あまりどころか苦手だ。
昔から作文が大嫌いで、小学校時代も夏休みの宿題は読書感想文だけボイコットしていた。
「部活動として堂々と読書するのが目的の部だから、その辺は気にしなくていいよ。年に一回文集出すくらいだから、書きたくなったら、書きたいものだけ書けば良いの」
「書きたいものって?」
「えーっと、小説とか、書評とか、詩とか……?」
「詩なんて生まれ変わっても書ける気がしないんだけど」
「あっ。もう卒業しちゃった先輩なんだけど、その人は話を作るのは得意だったけど、文章にするのが苦手だったから別の先輩とコンビ組んで小説書いてたよ」
「その文集って、文化祭で配るの? 知り合いに読まれるのはちょっと……」
創作物を知人に見られるのは、正直言って恥ずかしい。
ネットで見ず知らずの大衆に読まれるならギリギリ耐えられるけど、親とかクラスメイトとか想像するだけで羞恥心で死にそう。
美術で作った作品は授業の一環で、お互いに晒しあっているから抵抗が少ないけど、文芸部の活動となるとだいぶ違う。
だって自分から内面を曝け出すようなものじゃないか。
「匿名にしても良いけど、部員少ないから意味ないかも」
「……マジか」
部活選びに悩まなくて良いのは楽だけど、義務が重過ぎる。
「ええと。誘ってくれたのは純粋に嬉しい。ぶっちゃけて言うと、刈谷さんが話しかけてくれなかったら、同級生と会話する方法忘れそうだったし……」
「そうだったの? 転校初日から静かに本読んでるから、好きで一人でいるのかなって思った。金欠で買えなくて、図書館じゃ予約数エグくて数ヶ月待ちの本持ってたから、我慢できずに話しかけちゃったけど」
まさかの俺の擬態が上手すぎて、孤独を愛する人間に見えていた件。
この後も取りとめのない会話をして、俺の彼女の呼び名は「刈谷さん」から「刈谷」になり、放課後には入部届を提出するに至った。
ぼっちが心細かったのか、刈谷が凄腕の営業スキルをもっていたのかは神のみぞ知る。