始まりと終わり 第二話(20××/6/3 00:00)
相手はどう思っているか知らないけど、その為人を理解する程度には長い付き合いだと思う。
出会いはもう覚えていないけど、記憶にないということは特別な出来事ではなかったんだろう。
性別が違うからか価値観というか話が噛み合わないこともあるし、共通の趣味はあるけどその楽しみ方というか好みは微妙に重ならないけど、気が付いたら一緒に過ごすようになっていた──。
「ミリアが出ていった……」
「故郷から一緒に出てきた幼馴染か。お貴族様じゃあるまいし、平民の俺らにとっちゃ結婚したも同然だろ」
貴族は相続の問題があるから、聖教の教会で婚礼の儀式と国への届出を行うが平民はそんな大仰なことはしない。
年頃になって良い相手が見つかったら、一緒に暮らす。
子供ができたら教会に洗礼を受けに行く。
平民は特別な通過儀礼をして夫婦になるのではなく、周囲が夫婦だと認識していれば既婚者扱いだ。
「ギルドの職員じゃ物足りなかったみたいだ」
「あー……そりゃしょうがない。キッパリ諦めて新しい相手探せ」
職人とは違い、ギルド職員はツテのない人間にも就ける仕事だ。必然的に給料も低い。
慎ましく生活すればギリギリなんとかなる程度で、昇給はごく僅か。ベテランと新人の給料の差が中級魔石1個分程度。
子供を産んで育てるとなると、相当苦しくなる。
ミリアも俺同様なんのツテも特殊技能もない人間だから、二人で頑張って働いたところでたかが知れてる。
男の俺よりも、女のミリアの方がシビアに先を見据えていた。
俺と一緒に上京した彼女は家で刺繍の仕事をしていたが、座りっぱなしの生活が辛くなったと、半年前からは外に働きに出るようになった。
そして勤務先の定食屋で、その店の息子に見初められたらしい。
雇われの身で昇進の見込めない俺と、雇う側で店を継ぐ予定の男。
俺とミリアが一緒に暮らしていることは男も知っていたので、二人して頭を下げにきた。
二人揃ってというところがミソだ。もう完全に彼女の心は決まっていて、俺とは決別の道しかなかった。
「そう落ち込むなよ、って無理な話か」
「子供の頃からの付き合いだったんだ。愛とか恋とか通り越して、俺の人生の一部だったんだよ」
「そっか。ずっと独り身の俺には理解できない感覚だけど、喪失感が凄そうだな」
「お前の親は行商って言ってたよな。ずっと一緒とはいかなくても、子供の頃からの知り合いとか居ないのか?」
「多分想像してる以上に見窄らしい感じだぞ。馴染み客がいるような上等なモンじゃないし、その土地の子供に混ざって遊んだのなんて、仕事の手伝い始めるまでの僅かな期間だったな。基本見知らぬ大人相手に愛想振り撒いてた子供時代だよ」
当時を思い出しているのか、心ここに在らずといった表情をしている。
「村の人間としか接しなかった俺の子供時代とは対局だな」
「流れ者生活が長かったから、弟は一箇所に腰を据えて生きるのが耐えられない人種に育ったな。俺は逆だ。もう彼方此方に移動するのはゴメンだ」
「俺とミリアは村から出たくて仕方なかったけど、牧場のトニーは外に出るの考えられないって言ってたな。それと同じか」
「同じ環境で育っても、考え方はそれぞれってことだな」
「ミリアのことは残念だったけど、こうなると知ってても多分俺は転職したりはしなかっただろうな。薄給だし、やりがいとは無縁の作業ばかりだけど、この職場が気に入ってるんだ」
「勤め人なら一日の大半を職場で過ごすことになるから、相性って大事だよな」
相方が俺に同意したことで、落ち込んでいた気持ちが少し浮上した。
満点とは言えないけど、今の生活に満足している。
同じ気持ちでいてくれているなら嬉しい。
お互いこの先どんな人生を歩むかは分からないけど、今すぐに道が分たれたりはしないだろう。
少なくとも数年は一緒だと思う。それはきっと幸せなことだ。