ある日の放課後
「速水君って、いつもミステリー読んでるよね。人死なないと楽しめないの?」
「マインちゃん、言い方!」
「いや、だって。もし速水君が犯罪者になったら『いつかやると思ってました』って言われそうなラインナップじゃないですか」
「そういう刈谷はファンタジーばっかだな。そんなに現実逃避したいの?」
「こらこら、売り言葉に買い言葉止めい! ステイ! 両者ステイ!」
部長が慌てて仲裁するが、いつものじゃれあいなので険悪にはならない。
「ドイルとかクイーンみたいな古典じゃなくて、速水君が読むのってこう……過激なやつじゃん。映画化した時に、残酷な表現で年齢制限されるやつ。嫌ミスとか血生臭いのばっかり読んでたら、段々感覚麻痺するんじゃない?」
「まあ、最近は『このパターンか』って途中でオチが読めちゃうのが増えたかな」
「ほらねー。それじゃ楽しくないでしょ。読書は楽しんでこそ。ここはいつも触れない作品にチャレンジするのはどうでしょうか?」
チラチラと手元の本をアピールしてくる。自分のお気に入りを勧めたいらしい。
「もしかして、それ読めって言いたいのか?」
「イエース! 今最終章でね、きっと今年中に完結すると思うよ。長編だけど、完結保証されてるなら安心でしょ?」
「無理」
「なんでぇ!?」
「それ一巻の途中で挫折した」
「嘘でしょ!」
「本当。前にも言ったけど、俺はファンタジーが嫌いなんだよ。地球と同じ単語出てきたら萎えるし、独自の用語連発されたら、それはそれでお腹いっぱいになる」
その世界の常識くらいならまだしも、架空の食べ物や道具の描写を延々されても「早く話を進めてくれ」としか思わない。世界観作り込まれてる作品ほど、街の構造説明するだけで何千文字も使ってるじゃないか。
俺は文字数で「ほほう、読み応えがあるな」とは思わない人種だ。短くまとまっている方が好きだ。
「これは読みやすいよ。滅茶苦茶世界観作り込まれてて、丁寧に説明されてる……」
「ファンタジーって作者のマイワールドだろ。妄想の塊を羅列されても目が滑る。それにその本、評価高いから気になって読んだけど、主人公が無理だった」
小説でもなんでも、メインの登場人物が合わなければその作品自体受け付けない。
ストレス抱えてクオリティの高い作品を読むくらいなら、世間の評価が低くても自分に合った作品を読む。時間は有限なんだ。
「ええ!? めっちゃ良い子じゃん! 明るくて、お人好しで、思慮深くて前向きで。今時こんな性格良い主人公いないよ!」
刈谷はこの物語の主人公が好きらしい。そういえば、コミカライズも持ってたな。
「その善性バリューセットが受け付けなかった。主人公が周りの人間を大切にしていて、周りも危なっかしい主人公を大事にしていて……児童書なのかってくらい、優しい世界に吐き気がする。ストーリーも捻りがなくて、異世界で暮らす一般人のドキュメンタリー見せられてるみたいで、面白いと思えなかった」
一般人のドキュメンタリーなんて誰得だ。それが異世界人であっても、俺は興味をひかれない。
文化祭で冊子出す以外は、読書しかしてない文学部だけど一応ルールがある。
ひとつ。人の感想を否定しない。
ふたつ。自分の感想を偽らない。
まあ、それにしても言い方ってものがあるだろうが、部長も刈谷もこの程度なら許容範囲だ。
部長は日頃はおおらかだけど、気に入らない作品は痛烈にこき下ろす。SNSに投稿したら炎上不可避レベルなので、俺の物言いくらいなら可愛いもんだ。
「異世界での生活を、シンプルながら美しい文章で丁寧に綴ってるのがウリなのに全否定! 私は、主人公がモノづくりを介して人との出会いを繰り返すの、ずっと読んでいられるんだけどなぁ」
「スローライフ描写を延々続けられるのってシンプルに拷問」
「そこまで!?」
「──人それぞれ好みがあるからね。速水君は急展開とか、どんでん返し好きだもんね」
「オチわかってる話読んでも、時間の無駄としか感じないんで。刈谷こそ異世界ファンタジーじゃなくて、たまには別のジャンルも読んでみろよ」
部室には歴代部員の本が残されてる。
古本屋で売るのも、俺たちの年齢じゃ親が同伴しないといけない上に一冊十円程度にしかならないし、家で捨てようと思ったら紐で縛らないといけないので面倒くさい。部室の本棚は寄贈という名の姥捨山だ。
「わー、知らない本だけど表紙の時点でわかるわ。これバチバチ人が死ぬやつでしょ」
「連続殺人だけど、残酷な描写はないぞ」
刈谷は俺の差し出した本を、スッと裏返しにした。お前も人のおすすめ蹴ってんじゃねーか。
「私、推理ものダメなんだよ。読者も推理できるように、情景とか時系列細かく描写してるじゃん。真相に必要なのはその中でも一部の情報だけで、大半は関係ないでしょ。流し読みするにしても量が多いっていうか、真面目に読む気になれないんだよね」
「ジャンルは違うけど、二人とも情報に対する拒絶感は似たもの同士だね」
部長にとっては、どんぐりの背比べらしい。
卒業が先か、廃部が先かという感じだけど。それでも最後までこんな日が続くと思ってた。