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終わりと始まり  作者:
1/8

プロローグ

いつものノリじゃないですよ!

 六月だというのに足が凍える。

 日中も薄手のコートが必要なくらい寒いが、夜になると一層冷える。

 北海道という土地では当たり前のことなのか、それとも今年は特別冷えるのか……。


 俺が関東からこの町に引っ越してきたのは去年の秋だ。まだ一年経っていないので、去年と比べてどうなのかさっぱりわからない。

 いつも俺の疑問に率先して答えてくれる人物がいるのだが、今その人物──刈谷麻衣はいない。今だけじゃない、この先もずっとだ。


 都会に比べると店が閉まる時間が早いので、この辺りで明かりが灯っているのは俺の背後にある建物だけだ。

 俺の祖父母は父方も母方も健在なので、葬儀に出るのは今日が初めてだ。

 見様見真似で焼香を済ませた。

 あのやり方で合っているのかどうか不安だけど、車を出してくれた先生が何も言わなかったので大きなマナー違反は犯してないと思う。


 白々しいほど明るい斎場の入り口で、同じくらいの年齢の少女達とすれ違った。

 一瞬、刈谷の親戚──従姉妹かと思ったが、コートの下に同じ学校の制服を着ていた。多分彼女の友人だ。

 クラスメイトが亡くなったからと、クラス一同で葬儀に出席するものではないらしい。

 この場で同じ中学校の制服を纏うのは、俺と部長。そして彼女達だけだった。


 五人組の少女達は俺の存在を認めると、軽く会釈だけして離れた。俺も倣う。


 この辺りは転居者が少なく、今通っている中学は殆どの生徒が、小学校どころかその前の保育園、幼稚園から付き合いのある連中だ。──この情報も全部、刈谷から聞いた話だ。

 余所者である俺のことを彼女達は知っているだろうが、俺は彼女達を知らない。

 俺たちの共通の知り合いである刈谷はこの場に存在するが、物言わぬ状態で眠りについている。

 個人を偲ぶにしても人生経験の浅い俺には、初対面の女子集団にどう話しかければ良いのかわからない。

 まあ相手も話しかけてくることがなかったので、同じように考えているんだろう。


「お待たせー。ごめんね、トイレ思った以上に混んでてさぁ」

「速水君はトイレ行っとかなくて大丈夫? 家が近い伊藤さんを先に送り届けるから、家に着くのに二十分くらいかかるよ」

「大丈夫です」


 部長と一緒にトイレから戻った顧問の先生に、念押しされたが断った。

 俺と部長、そして刈谷は文芸部だ。

 このまま新しい部員が入らなければ、間も無く廃部になるたった三人の部活仲間。


「……ねえ、速水君。マインちゃんの小説読んだ?」

「えっと……はい」


 嘘だ。アプリのトークにURLが転送されていたが、元々乗り気でなかったのでチラ見すらしていない。

 直接文句を言われたら読もうくらいに思っていたら、それよりも先に顧問経由で刈谷の訃報が届いた。


 死因は交通事故だった。

 自転車で塾から帰る途中、車とバイクの事故に巻き添えを食らった。当たりどころが悪くて即死だったらしい。


「私もユーザー登録してるんだけどさ。長編投稿する方法が分かりにくいから、マインちゃんに色々教えたんだよね」


 部長は刈谷のことをマインちゃんと呼ぶ。

 本名よりも長いあだ名に意味があるのか、と聞いたら「三文字の方が可愛いじゃん」という謎の主張をされた。

 そう言えば部長の下の名前も二文字なので、よくわからない憧れがあるのかもしれない。


「速水君の誕生日に完結するように書いてたから、そう長いものじゃないよ。ファンタジー苦手なのは知ってるけど、最後まで読んでほしいな」

「はい……」


 俺が読んでないことは、部長にお見通しだったようだ。

 部長の話では一日一話、俺の誕生日に完結するように予約投稿が設定されているらしい。


 正直言って気が乗らない。だって故人の遺作だ。

 これが人生最後の作品だと自覚の上で綴ったものではなく、変わらぬ日常が続く前提で書いているのが辛い。

 刈谷は俺のリアクションを求めて投稿したのに、彼女は既にこの世にいなくて、感想を伝えることができないんだ。


 書き手の目的から外れた、その一方的な行為の果てにあるのは遺された者の虚しさだ。

 わざわざ刈谷が居なくなったことを痛感したくない。

 それでも真剣な顔をする部長に「嫌だ」とは言えずに、俺は文芸部のグループトークを開くと小説投稿サイトのリンクをタップした。

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