僕と獣人少女の生きる道。
最初に言っておく。
本作はイチャイチャシーンがかーなーり少ない!!(ぇ
「歩汰君、それから愛理君。スマンがもう君達を雇う事はできない」
ある日の公演終了後の事だった。
僕は相棒の愛理共々座長に呼ばれて、座長の執務室にこっそりと行ってすぐ……座長にいきなり溜め息まじりでそう言われた。
「ッ!? ま、まさかこれが俗に言う追放系!? 小生達追放後に今以上に幸せになって座長達にざまぁしちゃう!?」
「今は黙っててくれないかなぁ愛理!?」
座長からのまさかの言葉に仰天したけれど。
それは愛理のアホ発言によってすぐに吹っ飛んだ。
いや確かにそういう話がWEB小説業界じゃ流行ってるけどね!?
でもって愛理はそういうヲタ系のヤツ好きだけど現実と虚構をごっちゃにしないでくれ!?
「座長、なぜですか!? なぜ僕達は辞めさせられるんですか!?」
それはともかく。
辞めさせられる云々の部分は気になるので、一応訊いておく。
親に捨てられ、入れられた施設を逃げ出して……愛理と出会って、そして奇跡的に座長のような優しい人に拾われてから早十数年。
座長が主宰するこのサーカスにおいて、僕と愛理のコンビのこなす芸は今や、他の同僚の芸人のこなす芸と、同じくらい人気のハズだ。なのになぜ座長は、そんな僕達を辞めさせようとするんだろうか?
「世間がそういう空気じゃないんだよぉ」
座長は頭を抱えた。
どうやら彼にとっても断腸の思いらしいけど……?
「もうね……動物を使った芸はできない時代なんだよ動物虐待がどうとかで!! たとえ愛理君のような……歩汰君が偶然出会った、完全獣化や、耳と尻尾以外ヒトに化けるのが可能な獣人とのコンビであってもだよ!!」
※
施設を逃げ出して、そして空腹をどうにかしようとゴミを漁っていた五歳の時。
僕は、僕以上にボロい服装で、そして僕以上に飢えていて……空腹のイライラのあまり攻撃的になっていた、同い歳の愛理と出会った。
さすがに、その場で食いモンを巡っての喧嘩にはならなかった。
確かに、その時の愛理は僕を殺してでも食べ物を得ようとしてたけれど……空腹であった事で、僕に飛び掛かったところで力尽き、そして力尽きたせいで……愛理がその場で本来の姿に戻ったからだ。
愛理の正体は、メスのホワイトライオンだった。
しかもどういうワケだか……耳と尻尾以外の部分であるが、とにかく人間に化けられる上に……これについては後で分かったけど、人間と同じだけの寿命があるという獣人だったのだ。
仰天するほどの衝撃的な事実だ。
途端に、未知なるモノへの恐怖が僕の中で湧き上がったけれど……でも出会った愛理も僕と同じだったワケで。
それで、ちょっと同情して。
どっちにしろ子供の動物……それも、空腹で倒れてしまった女の子を放っておく事はできなくて。
だから僕は、できる限り彼女に対して注意を払いつつ行動し……二人分の食事を確保した。さすがにポリバケツの中のだけじゃ足りなかったので、ちょっと人から恵んでもらったりしたけど。
食べ物を差し出すと、愛理は僕の手ごと噛んだ。
獣形態だった事もあり僕は痛い痛いと言ったけど……愛理が手を放してくれたのは僕の手の中にあった食べ物を食べた後だったため、僕の手はそりゃもう汚れたし傷付いた。
その後、腹が少しは満たされ愛理は元気になり。
そこで彼女は再び人間形態になり……お互いに身の上話をしたりして……ついでに言えば手に噛み付いたりしたお詫びにと、彼女は僕と一緒に行動する事になり。
二人していろいろとやらかしたりした末に……座長と出会った。
※
「あの時はまさか、伝説や伝承の中の存在だと言われていた……狼男を始めとする獣人の一種と、それと一緒に行動する人間の盗人に出会うとは思わなかったよ」
あの時の事を思い出しているのか、座長はしみじみと語る。
あの時は食べ物と自分達の新しい服を求め、そしてあわよくば風呂場を使えないかなぁと、僕と愛理はサーカスの公演中……その芸人さんの仮住居に忍び込んだんだったか。
「でもって当時は、猛獣使いポジの芸人がいなかったからね。君達と出会った時は運命だと思ったよ。完全獣化ができる獣人と、その獣人と今までコンビを……泥棒のコンビではあるが、とにかくそのコンビを組んでた人間なんて最高の組み合わせじゃんかよ。今まで存在した猛獣使い以上のパフォーマンスなんて夢じゃないよ」
そういえば座長は、使えるモノは何だろうと使う人だったっけ。
それも相手が獣人だろうと何だろうと関係なく。ついでに言えば獣人という存在に対する偏見とか一切抜きという……獣人からしたらありがたい性格の人だ。
そしてそんな人と出会えて以降。
僕は猛獣使い、そして愛理は、獣人という正体を、客や他の芸人に隠すため、僕が従える猛獣と身分を偽り、座長が主宰するサーカスにいる事になり……座長以外の芸人に愛理の正体が知られないように、慎重に生活しながら共に世界を回り……そして今がある。
「だけどね、時代は変わったんだよ。さっきも言ったけど動物愛護だかの波がウチまで来てんの。もう猛獣使いの芸はウチではやれないの。裏方に君達を回すって案もあったけど、ウチの裏方は人手が足りてんの。ならば私の養子にでもしようか、なんて考えたりもしたけど……芸人達への給料や小道具とかの維持費で、金銭的にギリギリ。君達を養う事は現時点では不可能なんだよ」
そう言いながら座長は、僕達にちょっと厚めの封筒を差し出した。
こ、これはいつもの給料袋……しかも今まで月末に、僕と愛理が貰っていた分を合わせたヤツよりも厚めだ????
「そんな中で、なんとか集めた君達への最後の給料やら退職金やらを含めた金だ。とりあえず、これをなんとか活用して、次の仕事を見つけるなり何なりしてくれ。でもってこれ、とりあえずサインして」
続いて座長から、なんと契約書を渡された…………って、これ!?
「ざ、座長……僕達の事を……ここまで考えてッ!?」
なんとその契約書の内容は、要約すると……再び動物を使った芸ができるようになった場合、再び僕達を雇う事を約束する、というモノだった。
「あくまでも、そういう時代の流れになったら、だよ」
僕達のこれからを考えてくれていた座長は……そこで、溜め息を一つ吐いた。
「今の世の中では、当分は難しいかもしれないけど……たとえ離れていたとしても君達は私のサーカスの一員だからね。少なくともその事だけは自覚していてほしいからこその契約だよ」
無論、また雇えるようになるまでに、犯罪とかやらかさなければの話だけど……と最後に座長は付け加えた。
「ざ、座ちょぉッッッッ!!!!」
僕は座長の気遣いに、感動を覚えた……けれど、そんな僕以上に愛理は感動し、尻尾をピンと立て、涙と鼻水を出しながら座長に抱きついた!?
おかげで僕の中の感動が吹っ飛んだよ!?
「ちょ、愛理君!! 鼻水とか付けないでくれ洗濯する時に大変なんだから!!」
座長は……さっきまで僕達に悲しそうな顔を向けていた座長は、おかげで苦笑いする事になった。
※
「これからどうしよっか、歩汰ぁ」
そんなこんなで、僕達はサーカスを離れる事になり。
でもって愛理と一緒に現在……サーカスが公演されている場所から、少し離れた所にある公園の、低い雑草が生えた野原で、とりあえず一緒に寝転んでいた。
ここはこの町に来て以来の、僕と愛理のお気に入りの場所だ。
サーカスでの仕事の自由時間は、よくここで一緒に昼寝をしたものだ。
それだけここは、時間を忘れてのんびりできる場所なのだ。
それこそ、忘れ過ぎて寝過ごして……サーカスの同僚に捜索されるほどには。
だけどもう、捜される事はない。
今の僕と愛理は……こう言っちゃ悪いけどニートだ。早めに次の仕事を探して、金を得る事ができなければ……いつかは無一文になる。
他の職場に就職できればいいけれど。
でも僕と愛理は学校に通った事がない。
その分、社会的に不利だ。
就ける仕事は限られてくる。
だがその就ける仕事に……僕達は適応できるのか。
いや、それだけじゃない。
僕にはまだ、解決できていない問題が……。
「また昔みたいに、小生といろいろ一緒にやっちゃう?」
「ダメに決まってるだろ」
ケモミミを隠すために、ケモミミニット帽を被っている愛理が、ニコニコ笑顔でそう言うので、ツッコミを入れた。
「もししたら絶対、座長は雇ってくれなくなるぞ。というか、そういう契約をした直後にそんなこと言うなよな」
「冗談だよアハハッ」
屈託なく愛理は笑う。
「でも、どっちにしろまた……昔みたいに歩汰と二人きりだね」
ゴロゴロと転がり、愛理は僕の隣に来ると……僕の手に、自分の尻尾を巻き付けてきた。
「リストラされたのは確かに悲しいけど、また歩汰と一緒に何かできるってのは、小生はちょっと嬉しいな」
そう言われた途端、僕の心臓は跳ね。
少しずつ……その鼓動が早くなってきた。
まるで兄妹のように、一緒に助け合って育った、僕達だけど。
ついでに言えば、種族の差はあるけど……僕の中にある、彼女へ抱く感情が……友愛から恋愛へと変わったのは、自然な事だったかもしれない。
それだけ彼女には、何度も助けられて、逆に助けたりして。
そしてそんなやり取りの中で、自然と絆が深まったりして。
そしてその末に、彼女を自然と意識しちゃって……。
けど愛理自身は、僕の事をどう思っているか分からない。
愛理は時々冗談を言ったりするから、どれが冗談なのか時々分からなくなる……とか、そんな問題じゃない。
今の嬉しいって言葉は事実……かもしれない。
だけど、僕は――。
「…………とりあえずこの後は、就活雑誌とか履歴書とか手に入れよう。それから今夜泊まれる所を探して……あとご飯も手に入れなくちゃ」
「泊まれる所!? ま、まさか……ついに小生達大人の階段をッッッッ!?!?」
「いやそういう所に泊まる予定はないからね!?」
あれ? おかしいな。
どっちかと言うと愛理って人間寄りの性質だったハズ。
サーカスにいた頃……人間形態の時に、小道具さんであると偽っていた頃にそういう、自分からモーションなどをかけてくるような事とかなかったと思うけど……成長したせいで変わったりしたのかな?
だとすると、余計に……僕は罪悪感に襲われた。
※
「ぅはぁ~~♪ サーカスの自室にあったヤツ以上にふかふかなベッドぉ~~…………zzZ」
寝るべきところではすぐ眠れる愛理を横目に、僕は愛理が寝るベッドのすぐ隣にある、別のベッドの上で横になる。
ちなみに、男女別室にする事ももちろん考えた。だけど当分、就職できない――収入を得られない可能性もあるかもしれない。そして、男女別室にするとその分、料金が高くなるために……仕方なく、節約のために、同室の別々のベッドで寝る事になったのだ。
しかし、節約のためだと自分に言い訳しても……必要以上に意識してしまう。
さすがに、手は出さない。
いや、別に愛理に魅力がないワケじゃない。
というか寧ろ愛理は……僕と同じくらいの身長で。
すらっとしたモデル体型で、透明感のある白い肌に同じく白いセミショート……そして金目銀目で。
ハタから見ると、高貴な印象を受ける。
だけど僕と一緒にサーカスで働き始めた頃からヲタ文化に触れて、すっかりヲタになって近寄りがたい感じが消えて、親しみやすくなって……それでもって、いつも基本的に笑顔で、僕の前ではいつも尻尾を立てちゃったりして。
そんな彼女と、ずっと一緒にいて意識しないワケがない。
だけど彼女とは、ずっと一緒にいられるワケじゃない。
そんな彼女を想ったところで、別れが来た時にお互い辛いだけだ。
だから僕は……これから先も、この想いは彼女に打ち明けない。
※
愛理がかつて語ってくれた過去によれば、彼女は、親戚に預けられていたそうだけど……それは彼女の実の両親が、何らかの理由で彼女と一緒にいられなくなったからで。
そして両親は、別れ際、いつか絶対迎えに来ると言っていたけど……その預けた親戚が、借金をして愛理を置いて夜逃げしちゃって。
そして親戚の夜逃げに、夜逃げした直後に気付いて。
一部の家具が無くなっている事に、遅れて気付いて……そしてその日の朝。親戚の家の周りに、怪しい人達が集まっているのを目撃して、彼女の中の野生の直感が警報を鳴らして。それで家から、怪しい人達に気付かれないよう、必要最低限の物だけ持って逃げて…………そして僕と出会ったらしい。
※
少なくとも彼女には、僕と違って親がいる。
迎えに来てくれる気はあるかもしれない親が。
そして親が獣人である、という事は。
親と再会できた場合、自然と愛理は獣人のコミュニティに帰属する事になる。
そしてそんな中に、人間の僕は入っちゃ……いけないだろう。
だから、さっきも言ったけど。
この想いは、絶対に愛理に打ち明けちゃいけない。
打ち明けたところで、そして万が一にも両想いになったとしても。
獣人が、世間に実在する事が今まで知られていなかった事から考えて、獣人にはその正体を隠すためのルールやら何やらがあるだろう。そしてそのようなルールのコミュニティに僕という異物が入るのは、獣人側からすれば面白くない事だろう。そして、獣人が実在する事を知った僕は、果たして――。
そう思うと、少し怖い。
そしてだからこそ、改めて……この想いを絶対に打ち明けないと誓って。
僕はすぐさま、寝る事にした。
※
「そろそろ起きないか。検体1649号」
だけど、その眠りは。
聞き覚えのある声によって途中で妨げられ。
そして、聞き覚えのある声を認識し、慌てて目を開けた時……僕は、かつていた地獄に似た場所に自分がいる事を認識した。
そこは、見た事のない機械がいくつか並んでいる部屋で。
明かりは、僕の……拘束具で椅子に拘束されて、頭に変な形の、多くのコードが繋げられているヘルメットを被せられている僕の、真正面にある、適度に明るい隣の部屋が見えるようつけられた、強化ガラス製の窓から漏れ出る明かりだけで。
その隣室には、僕の……最低最悪の育ての親達であり。
今もアラスカに存在しているであろう秘密の……僕が脱走後に知った、その施設の情報によれば、ギリシャ神話の某英雄の名前から取られた名称の、アメリカ政府直属組織とかつて繋がりがあったものの、いつの間にやら、その組織の手を離れて暴走し、政府からの資金援助やら何やらが打ち切られたらしい、超能力開発施設の研究者でもある人達がいた。
「まったく。何年ぶりでしょうねぇこうして再会するのは」
さっきも僕に話しかけたその研究者は、相変わらず僕を見下しながら言う。
「お前の能力を把握できなかった、こちらの力不足もあったせいで……お前がその能力――あらゆる生物に安らぎを与えて無力化する『オーラパワー』を使って脱走し、そしてその影響で他の検体まで逃げ出して……全員を再び確保……は、さすがに、検体の内の何人かが外の世界を知らなかったせいで、不慮の事故で死んでいたり、変態趣味を持つ支配者層に騙され捕まったりしていて無理ではありましたが、それでも可能な限り確保して……もう十年くらいは経ちましたか」
※
僕は産まれた時から超能力者だ。
そしてそうであったため……僕は、僕が能力を使うところを見た親に怖がられ、虐待も同然の事をされて……僕のような存在を必要としていたこの施設……のアラスカ支部に売られた。
ちなみに、僕が使える能力『オーラパワー』とは。
数十年前にTVで紹介された、気功を以てして動物を眠らせる男……まさにあの彼と似た能力だ。
そして僕はその能力を、施設から脱出するために、売られた数日後に発動した。
売られないように、最初の時点で発動すればいいじゃないか、と愛理にこの話をした後に言われたけど。両親にこの能力は、なぜかほとんど効かなかった。そして施設に売られた後は何不自由なく暮らせていたから、最初は油断して……ある日、外に出たくてそのお願いを研究者にしたけれど、その許可が出なかった事から、僕は幼いながらに施設の異常性と危険性を察知し……そして能力を発動し、脱出したのだ。
その際、僕はついでとばかりに、僕以外に捕らえられてた超能力者を開放し。
どの方向に人がいる場所があるか分からないため、研究施設がある、寒い森の中を、僕と、僕の同類は全方向に散り散りになり……そして僕はいくつか山を越え、奇跡的に都会へと辿り着き。
そこで……同じく逃げていた愛理と出会ったんだ。
※
「お前を最後に確保したのは、お前の能力が……相手の精神を操るも同然のお前の能力が、我が組織にとって一番厄介だからだ」
強化ガラス越しに、まるで言い訳をするように研究者は言う。
本当に賢いヤツは、失敗した時に言い訳なんかしない。言い訳するくらいなら、反省し、どうして失敗したのかを考える。言い訳するようなヤツは、小賢しいヤツなんだと、座長がかつて、僕と愛理に言った事を思い出す……けどそれどころじゃないので、すぐに目の前の事に集中した。
「最初にお前の能力を検証した時から……どうしたらお前の能力の影響を受けずに済むかをずっと考えていた。だが、いくら研究してもその方法は分からなかった。おかげであの日、お前に他の超能力者共々脱走されたりしたのだが……お前の連れの、あの正体不明の獣人のおかげで……なぜお前の連れと、お前の両親に、お前の能力がほとんど効かなかったのか、その謎がようやく解明できたぞ」
研究者……隣の部屋に複数いる研究者の一人は、口角を不気味に上げながら、僕が拘束されている部屋へと入ってきた。
いったい何を考えているのか……まるで分からない。
僕の能力の射程範囲内――同じ部屋の中に自ら、入ってくるなんて。
いやそれ以前に……愛理に能力が効かなかった?
僕の両親と同じように? それこそワケが分からない。
愛理と初めて会った時……僕は、彼女が最初に見せた凶暴さが怖くて……思わず能力を使ってしまっていた。
そしてそれ以降、彼女はすっかり僕に好意を。
僕の能力由来の……癒やしを与える存在のすぐそばにいる事で、幸せな気持ちになって、それが異性に対する好意であると、勘違いした事による好意を抱いているとしか……サーカス時代、常に僕の近くにいようとしていたその言動からして思えないというのに。だから僕は今まで、彼女の好意に応える事を……本当の意味での好意ではないからという理由もあって躊躇っていたのに?
いつか……万が一、両親と奇跡的に再会できて。
そして同族のコミュニティに戻れたならば……そうなれば自然と、本当の意味で好きな同族――番を見つけると思うから、躊躇っていたのに?
本当の意味での好意ではないとしても、それでもまた、一人になるのが……僕と同じような境遇にあった愛理と、出会ってしまったあの時から、怖くなったから。少なくとも、愛理とはずっと一緒にいたくて。僕の能力を愛理に使った事を正直に言えず……その偽りの想いに応えないだけに留めておいたのに?
ちなみに、サーカス時代……お客さんにこの能力を使っていない。
施設に閉じ込められていた時、研究者達に、僕の能力がどれだけ危険なモノなのかを、そして自分の身に危険が迫った時だけ使うよう、まるで洗脳するかのように何度も何度も教え込まれたからだ。
……いや、今はそんな事を考えている暇はない。
少なくとも、愛理が捕まっている事は事実だろう。
さっきまで僕は、愛理と一緒にいて……こうして拉致されているんだ。ついでとばかりに彼女も連れ去られた可能性は高い。
「こっちに来ていいのか? また無力化してやってもいいんだぞ」
僕は、愛理を巻き込んだ事に対する罪悪感を覚えながらも。
それでも、愛理が大切だからこそ、彼女を助けるため能力を開放し――。
「……もうその能力は効きませんよ?」
けれど、僕の能力が……研究者に効いている様子はなかった。
衝撃のあまり、僕の思考が……一瞬停止してしまう。けれどそんな僕の様子など関係なく、研究者は話を続ける。
「いやはや、まさかお前自身の血が能力無効化の鍵だったとは」
口角をさらに上げながら、研究者は言う。
「最初からおかしいとは思っていたんです。なぜ我々にお前の能力は効いて、お前の両親やあの獣人にはほとんど効いている様子がないのかと。
一応、お前の両親からも血液などのサンプルを採らせていただいたが、なかなかその謎を解く鍵が見つからず……そんな時にお前が他の検体とまさかの脱走」
研究者は、そこで深い溜め息を吐き……話を続けた。
「そしてタイミングが悪い事に……その後に、謎の答えと思われるモノ――我々も知らない謎の血液細胞をお前と、お前の両親の血中から発見しました。
だが本当にそれが、お前の能力の無効化の鍵なのかどうかは、お前が脱走したがために確認できず……しかしお前の連れの正体不明の獣人――お前と物理的に距離を離してもなお、お前への印象などを変えなかった……あの獣人の血中からも同じ血液細胞が発見され……確信が持てましたよ」
ッッッッ!?!?
い、いったいどういう事だ!?
なんで愛理の血から、僕や、僕を売った両親の血から発見されたモノと同じモノが??
いや、それだけじゃない。
愛理が……僕への印象を変えなかった????
一体全体、どうなっているんだ????
「お前とあの獣人は、種族からして血がまったく繋がっていないだろうに……なぜこんな事になったのか。
私の同僚である病理学者によれば、お前やお前の両親の血中にあった謎の血液細胞は、一種の抗体であり、そしてお前やお前の両親の中にそれがあったのは、お前の先祖が元々……おそらく我々も知らないような、隔離されたコミュニティの出身者で、そのコミュニティの中で、ほぼ全てが完結していたがために……そのコミュニティの住民にのみ継承された、特殊な抗体ではないか……という話だ。
黒死病に襲われた時、徹底した隔離を行った事で有名なイングランドのイーム村のデルタ32の事例があるからな、あり得ない事ではない。
そしてなぜあの獣人にも同じ血液細胞が存在するのか……これも同僚の病理学者によれば、食人文化で有名なある部族の一部が、その食べた対象が罹っていた病気への耐性を持つ体質に変異していたという事例と、同じではないかとの事だ。
すなわち、あの獣人が肉食であるがために……お前を噛んだ事とかあったのならば。その時に流した血を吸っていたならば。同じ血液細胞が発生するような奇跡が起きても不思議ではない……という、ブッチャケ荒唐無稽な話だ。
まぁ個人的にも医師の一人として、臓器移植を受けた患者の性質が、臓器の持ち主のそれに似たという事例を知っているし……古代においては血と胸腺がワクチン代わりであった、という事実もあるのだし、あり得なくはないかもしれん……とは思うが――」
ッッッッ!?!?
ま、まさか……最初に愛理に出会った時、彼女に噛まれてケガをして……その時に僕から流れた血を愛理が飲んだから、それで愛理の体内に……僕の能力の抗体のようなモノが生まれたとでもいうのか!?
「――とにかく状況から考え、お前に近しい家族、もしくは同質の血を体内に持つ者であれば、お前の能力が通用しない事が判明し……あの獣人の血液から採取したその血液細胞を私は摂取し……こうしてお前の能力が効かなくなったという事だ」
長い長い、説明を……研究者は終えて。
そして、唯一の切り札だったオーラパワーが無効化されて、絶望を覚えて……心臓が飛び上がったかのような息苦しさを覚える僕へと……研究者はさらに告げる。
「さて、ようやく捕まえたお前は、我々の研究のためにこれから使い倒す事は決定していますが……お前のせいで多くの検体がいなくなりましたからね。
今後、能力を使う以外の方法で脱走されないためにも……罰を与えなければね」
研究者が、指パッチンをした。
すると、天井から大型のモニターが下りてきて……そこに――。
――殺風景な小部屋の中で立たされた上で、天井から伸びた手枷と壁から伸びた足枷で、動きを限定される中で……僕の名前を連呼する愛理の姿が映った。
『おい!! 誰か近くにいるんだろ!!? 小生達をここから出せ!! というか歩汰はどこだ!? もしも歩汰に、少しでも何かをしてみろ!! 絶対に許さないぞ!! 歩汰!! 小生が絶対助けるから待ってて!! くそ!! 外れろ!! 外れろ!! 外れろ外れろ外れろッ!!!!』
「…………」
愛理のその、僕を想うからこその言葉に……僕は胸が熱くなった。
彼女は……本当に、研究者の言う通り……僕の能力の影響を受けない上で、僕に好意的に接してくれていたんだ。
嬉しくなった。
そして同時に、今までその想いに、ちゃんと応えてやれなくて……彼女を操ってしまったんじゃないか、という……最初に抱いていたのとは、違う罪悪感を覚えてしまって。
今すぐ、彼女に。
僕の事情に巻き込んでしまった事に対する謝罪と、こんな僕を想い続けてくれた事への感謝と、僕の彼女への想いを告げたい気持ちになって――。
「お前が二度と脱走したくないと思うほど、お前の心をへし折るため。
お前が脱走をしようとした瞬間、彼女がどれだけ痛い思いをするのかを、目の前で実践してあげましょう!!」
だけど、僕の愛理への想いは。
研究者が手に持っていたスイッチを押した瞬間……再び絶望に変わった。
『あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァァァァ――――――ッッッッ!?!?!?』
愛理の手枷と足枷から、電流が流れ。
彼女は、喉が潰れんばかりの大絶叫を上げた。
「や、やめろ……やめろ!! 愛理は……愛理は関係ないだろう!!? 僕だけを狙えばいいだろ!!? 彼女には何もするな!!」
苦しむ愛理を見ていて、僕はもう見ていられなかった。
能力が効かないとかそんなのはもう関係ない。それでも僕は、彼女を助けたくて暴れた。だけど、僕の方の拘束具はビクともしなかった。
「やめませんよぉ~~? お前が脱走したせいで、我が研究施設がどれほどの損失を被ったと思っているんですかぁ? 少なくとも、お前の大切な連れを瀕死の状態にまで追い込まなければ気が晴れないんですよぉ~~????」
「クソッ!! クソクソクソクソッ!! 外れろ外れろ外れろ!!!!」
さらに顔を歪ませ嗤う研究者に、さらなる怒りを覚え。
そして今なお電流を浴び続けている愛理の事を思い、さらなる後悔の念と絶望感を覚え…………次の瞬間だった。
パンッと、破裂音が聞こえ。
隣室が見える強化ガラスに血が飛び散ったのが見え。
「…………へ?」
異常事態が起きた事を察し、後ろを振り向いた研究者が、振り向いた直後に脳天を撃たれ。同時に、愛理がいる小部屋を映すモニターの中に、数人の……耳が人間のそれとはどうも違う人達が映るのが見え。
そして、ほぼ同時に……僕が拘束されている部屋へと、数人の……同じく、耳が人間のそれとはどうも違う人達が入ってきて……。
※
殺風景な小部屋で、拘束された状態で目を覚ますと……小生は数秒で現状を理解した。少なくとも、小生……というか小生のオジを追っていると思われる借金取りが、こんな真似をするとは思えない。
いや、小生という存在を裏社会において見世物にして、オジの借金による損失を補填しようとか考えていればこんな状況になるかもしれないけど……ほんの少し、消毒液のニオイがした事で、どちらかと言うと歩汰を追っていると思われる組織が小生を拘束・監禁している可能性が高いと考え直した。
だけど、なぜ今になって?
一応サーカス時代は、小生は基本的に獣形態だったし、歩汰は仮面を着けていたから……バレにくいとは思うけど、それでも正体がバレない可能性はゼロじゃないし、それに小生達はいつも素顔で野原で昼寝したりしてた。
早い段階で見つかっても不思議じゃなかった。
まさか最近になって、サーカスに隠れているんじゃないかと当たりを付けて……サーカス周辺に工作員を常に配置していたのか?
そして小生達がサーカスを離れて、油断したところを狙って……。
これならば、辻褄は合う。
っていやいや、今はそんな推理をしている場合じゃない。
早く歩汰と一緒に……小生の最愛の相棒と一緒に、ここから脱出しなければ……そう思い、思いっきり暴れて……拘束具を獣人特有の怪力で以て破壊しようとしたけれど……ビクともしない!?!?
ま、まさか、この拘束具……普通の拘束具じゃない!?!?
だけど、この程度で諦めるワケにはいかない。
もしかすると、小生が捕らわれているからこそ歩汰は能力を使えない……そんな状況かもしれないんだから!!
だけど、次の瞬間。
小生の体に衝撃が走り――。
――しかしそれは、たった十秒程度で終わった。
「ごめんなさい、愛理」
そして小生は……聞き覚えがある声を聞いたかと思うと……次の瞬間、嗅ぎ覚えのあるニオイに包まれて――。
「あなた達を捜すのに、こんなに時間が掛かってしまったわ。だけどもう大丈夫。愛理もあなたの大切な人も無事よ」
「…………マーマ……?」
※
「大丈夫かね、少年!?」
僕の知る研究者が射殺され。
僕が監禁されている部屋に……人間の耳とは違う耳を生やす、迷彩服や防弾チョッキを着た謎の集団が入ってきて……その中の一人――どう見ても僕と同じ人間である、短い髪を生やす謎の筋肉質な男性が、その人間の耳ではない耳を生やした人達をかき分け、僕に声をかけた。
「ああもう、可哀想に! 君を人間として扱ってないでしょここの人!」
そしてそう言いながら…………なんと彼は笑顔を浮かべながら僕の拘束具を……しかも素手で破壊した!?!?!?
「もう大丈夫だ、少年! あと、遅ればせながら自己紹介をしよう!」
笑顔のままで、僕の驚いた顔などお構いなしで男性は告げた。
「俺の名前は橘健! 君の相棒である愛理の父だ!」
僕にとっては、そりゃあもう……衝撃的な事実を。
※
その後、僕と愛理は……愛理のお父さんである、なんと人間である健さんと、耳と尻尾からして、愛理と同じ種類の獣人であるお母さんこと夢莉さんと、その仲間である、人間と獣人の混成部隊によって……現在サーカスが公演されているドイツの、僻地に存在する、僕を追っていた施設の関連施設の中から救出された。
もう、なんというか……情報量が多過ぎて頭がパンクしそうだ。
そしてその事を察してくれたのか、愛理の両親はとりあえず……僕専用の部屋を用意してくれて。そして詳しい事情は明日、話してくれる事になった。
※
「まず愛理、今まで迎えに行けなくてスマン!」
翌日。
僕と愛理と、部隊のみなさんが貸し切っている、とあるホテルのロビーにて……橘夫妻が、同時に愛理に頭を下げた。
いきなりの事に……愛理はオロオロし始めた。
無理もない。今まで会えなかった両親が、いきなり目の前に現れたんだ。
気持ちの整理のために、愛理にも個室を与えられて。
そこでグッスリ眠ったらしいけれど……会えなかった期間があまりにも長過ぎたせいで、どう反応すればいいのか困るのだろう。
というか僕もまだ、一晩かけても頭の整理が追い付かない。
でもって……愛理は人間と獣人のハーフだったのか。
なるほど。サーカス時代、僕にすり寄るなどのスキンシップこそあれど、獣人が登場する物語の中とかで書かれたりしている発情期とかがなかったのは……父親が人間で、その性質が受け継がれているからか?
「すぐに用事を済ませて、あなたをすぐ迎えに行きたかったけど……私の一族――ホラアナライオンの一族の悲願である、獣人の人権取得とかが実現するまでに……思ったより時間が掛かっちゃってね。それが一段落して、ようやくあなたを迎えに行こうとしたら、あのヤロウ……愛理を置いて逃げやがって!!」
夢莉さんは牙を剥き出しにして激高した。
そりゃあ、借金を理由に自分の娘を置き去りにされたら……ぇ? ちょい待ち?
「ホラアナ、ライオン……? え? 愛理はホワイトライオンの獣人じゃ……?」
「ああ、言ってなかったね歩汰少年!」
僕の疑問に、健さんが答えてくれた。
「確かに体毛からしてホワイトライオンっぽいけど、実は夢莉と愛理は、約一万年前に絶滅したとされているホラアナライオンの獣人……というか、実を言うと……ホラアナライオンは絶滅したんじゃなく、人間と似た姿に……今の時代で言う獣人としての姿に変化できるようになったから、獣としての姿の彼らがいなくなったんだよ!」
「「…………え、ええええええええ!?!?!?!?」」
まさかの答えを聞き、僕は……いや僕だけじゃなく、小さい頃に両親と離れ離れになったがために自分の一族の事を知らなかった愛理も、思わずその場で目を丸くしながら絶叫した。
「ちなみにそんな私と愛理の、獣人になったばかりの先祖は彫像にもなってるわ」
「ついでに言えば、ホラアナライオンは古代人によって壁画として描かれているが……まぁその名前を知っている人は少ないかもしれないな!」
そして、一応橘夫妻は補足してくれたけど……学校に行った事ないから二人の話が事実かどうかまったく分からない。
「とにかく悲願成就に一段落ついて……愛理を迎えに行こうとして、いなくなっている事に気付いて……私達は必死に捜したわ」
「そして俺達の調査の末に……愛理が歩汰少年と行動を共にしている事、そして、歩汰少年を狙っていた組織が動き始めた事を知って!」
「それで、凄く遅れてしまったけど……私達が所属している組織内で編成した特殊部隊と施設に潜入して、なんとか二人を助け出したのよ」
…………もう、なんというか。
驚きの事実が連続して……理解し切るための時間がもうちょっと欲しいかな?
「あ、そうそう!」
そんな中で、健さんが声を上げた。
「歩汰少年に、一応言わなきゃいけない事があったんだ! ちょっとこっちに来てくれ!」
「?? ぁ、はい」
※
「これから獣人の事を、世界中の人が認知する時代がやってくる!」
別室に僕を呼ぶなり、健さんは宣言した。
「そして俺としちゃ君には……父親としては複雑な気分だが、あの施設内での君の絶叫を……君には悪いが、潜入時に施設内で聞いちゃって、それで充分、君に愛理を任せられると判断したから言うんだが!」
ッッッッ!?!?!?
ま、まさか……あの時点から聞かれていたのか!?!?!?
「君には……愛理に番として認定された君には、俺に次ぐ……人間と獣人との懸け橋となりうる存在となってほしい!」
「…………ぇ????」
次の台詞を聞いた瞬間……頭上に疑問符がたくさん出た。
あ、愛理が……僕を番として認定した? いや……確かに好意は向けられたけどそれは相棒としての好意じゃ……?
「???? 気付いていなかったのかい!? あの施設で聞いた愛理の君を想うが故の絶叫や、無意識の目配せとかの行動からしててっきり気付いているかと思ったが……まぁ愛理の方も、夢莉から番や発情云々の事を教えられず育ったからな! 友愛と恋愛の区別もつかずにいたかもしれん! まぁとにかく……君には期待しているぞ!?」
「………………ぇ、ええええええええッッッッ!?!?!?!?!?!?」
あ、愛理が……本気で僕の事が好きだって!?!?!?
し、信じられない。ま、まさか僕達……両想いだったなんて!?!?!?
「ああ、ちなみに言っておくが、君の能力にアテられたりしてこんな事は言っちゃいないぜ!? 潜入前、君の事もちゃんと……愛理の番として相応しいか調べて、そしてその中で……あの組織よりも先に、君の一族の血中から見つかったという謎の血液細胞を見つけ出し、摂取しているからな!」
!?!?!?!?!?!?
あ、あの組織よりも、先に……!?!?!?!?!?
た、健さん達が所属している組織って……どれだけの力が…………??????
「あとついでに言っておくが」
驚愕する僕などお構いなしに、健さんはなぜか小声で……僕に告げた。
「ライオンは絶倫なんだ。これから先、愛理と恋人として、後々夫婦として一緒に生きる気があるならば……少なくとも俺くらい筋肉をつけなさい。じゃないと……営む時に辛いぞぉ~~?」
~~~~~~~~ッッッッ!?!?!?!?!?////////////////////
直後。なぜ小声なのか理解できた。
確かにこういう話は、隣室にいる、僕とは違ってまだ友愛と恋愛の区別がついていない愛理にはまだ聞かせらんない!!!!
というか、健さんがマッチョなのはそういう理由だったのか!?!?!?
※
そして僕は、橘夫妻の下で様々な教育を受け。
最終的に……世界初の、獣人のための国家の副大統領に就任し。
昼夜問わず、そりゃあもういろんな意味で忙しくなっちゃったりして(意味深
でもってその後、人間や獣人を生み出したとされる〝超越存在〟由来の、聖遺物絡みの国家的陰謀に巻き込まれたりするけど……それはまた別の話である。
あとがきは次回に続く(ぇ