一星
完全オリジナルを書くのはほぼなく慣れないもので勝手が分からず四苦八苦してます。読みづらい部分も多々あると思いますが、少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。
誤字脱字等、ご意見ご感想ありましたらコメント頂けると嬉しいです。
_____赤。
白い世界に、赤が舞う。
視界を掠めるそれに、そっと手を伸ばす。
壊さないように、破かないように、潰さないように、忘れないように
__ぐらり、と
逆さまに、落ちた
俺から零れ落ちた光を手に、あなたは また 笑っていた。
______ああ、そうか。そうだったね。
これは俺らのはじまりの続きだ。白い世界と赤で彩られた、終わらない物語。
さようなら、ぼくの一等星
またね、俺のイサナ
世界は今も、暗いままだ。
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『ご覧ください、本日も満天の星が美しく輝いています!正午からまた一段と気温が下がるので、防寒をしっかり、暖かい服装でお過ごしください。それでは今日もいってらっしゃい〜!』
プツンッ、と軽い音を立てて笑顔のアナウンサーをかき消すと突然訪れた静寂が耳を刺す。毎朝の習慣として特に意味もなくつけられるテレビの中のアナウンサー達は、楽しい事ばかりじゃないだろうにどうしてそう、変わらず毎日笑い続ける事ができるんだろうかと考えてしまう。そこに至るまでの努力は凄まじいものだろうし胆力は素直に尊敬するし、少し羨ましい。まあ、だからといって煩わしくないと思わないのかと聞かれると、嘘になるけれど。
そんな事を考えながら部屋をただ反射するだけの板になったテレビをぼおっと眺めていると、無音の部屋にトントンと足音が響く。反射的にガチャリと開けられた扉に視線を移すと、足音の正体はライトグレーのスーツをきっかりと着こなした父さんだった。
「智八、お弁当」
「ん、ありがとう父さん」
淡い黄色の風呂敷に包まれた弁当箱を受け取って鞄に入れ、背負う。うちの家事は殆ど父さんがやっていて、俺の毎日の弁当作りもそう。母さんは家事ができない。一回洗濯を頼んだ時に起きた悲劇を生涯忘れる事はないだろうと俺に語る父さんの顔はそれはもう見事な虚無だった。俺も今まで人生で一度だけ母さんの手料理を食べた事があるけど、あれはもう人の食べ物じゃ無かったと思う。それ以来父さんが風邪を引いたりだとか、出張だとかの時は必ず出前を取ることになっている。もう俺は地獄を見たくはない。
古い記憶に想いを馳せていると、何を思ったのかソワソワと落ち着かない様子で父さんが口を開くのが見えた。
「今日のおむすびは梅とおかかで、おかずは智八が食べたいって言ってた生姜タレに漬けた唐揚げと」
「ちょっと高志さん?私お昼まで楽しみにしてるんだから言わないで、智八も聞き流さないで止めてっていってるでしょ?」
いつも通り。父さんが今日のお弁当のネタバラシをしようとして、いつのまにかリビングに入ってきてる母さん_余談だが、父さんは母さんが社長を勤める会社で秘書をやっている_が拗ねて注意する。これが我が家のお約束ってやつ。俺はネタバラシをされても気にならないからつい聞き流してしまうけど、母さんは毎日父さんが作るお弁当を楽しみに仕事してるっていってたから、いつも注意されてしまう。俺がマフラーを首に巻きながら母さんに謝ると、父さんも毎朝の事なのにいつも落ち込んだ顔をして謝罪する。
「ごめん母さん」
「ごめん巳華さん」
「もう、本当に気をつけてよね!ところで智八、時間いいの?」
あ、と声を漏らすのと同時にズボンのポケットに入れていたスマートフォンが振動する。内容なんて見なくてもわかる、いつものことだ。壁にかけられた時計を見て、まあ走れば間に合う事を確認して玄関まで向かい手早く靴紐を結ぶ。いつもは姿見で容姿を整えてから家を出るけどこれから走るし、省略。
いってきます、と二人に聞こえるように告げて家を出た。今日も果ての見えない闇が広がっている空を見て、冷えた空気に身震いを一つしてから持ち運び用のライトをつける。小さく息を吸ってから、闇の中に走り出した。
“太陽”__世界を照らすモノ。邪気を祓うモノ。聖なるモノ。光をもたらすモノ。それは太古の世界に潰えたモノ。言葉だけが継がれていき、その存在を知るモノはこの世にはいない。伝承曰く、遥か遠い過去の世界では一日が“太陽の出ている”朝と、“月が出ている”夜とで分けられていたらしい。日の出と共に起き、日が沈むと眠りにつく、そんな世界だったらしい。今ではそれは御伽噺でしかなく、それを信じている人間なんていない、何故か。この世界には、夜しか存在しないからだ。
闇空には無数の星が煌めき、四季でその姿を変える。毎日欠ける月が佇み、世界に優しく白いヴェールを被せる。それが俺、水神智八の生きる世界の常識。見上げた星が今にも降ってきそうな、そんな錯覚を抱く。視界の端に、流れ星が見えた。…………空から降ってくるお星様は、長い長い寿命を終えて、その最後を看取って貰うために輝くんだよ、と。そう祖母が言っていた事を思い出した。あれ、その後も、何か言っていた気がしたんだけどな。思い出せない。暫く記憶の海に沈んでいたところで、ピロンと間抜けに響いた音が鼓膜を揺らした、祖母との会話を思い出すために止まっていた足を動かす。いけない、このままだと遅刻だ。
走って五分弱、歩けば十五分位。そこに俺の通う高校がある。歴史は古くて何百年も続いているとか、昔神様のお社があって、その跡地に建てたとか、昔の合戦場で人骨が埋まってるとか、まあそういう話も多い不思議な場所だ。確かに旧校舎は今は珍しい木造で劣化から家鳴りは凄いし、広い敷地の端には小さい鳥居が建つ林がある。いかにも“ぽい”場所ではあるから仕方ないのかもしれない。
校舎に近付くと電灯も明るい物になっているので、ライトを消して鞄にチェーンで吊るす。速度を緩めず校門を通り過ぎ、生徒玄関で上履きに履き替えて階段を一つ飛ばしに駆け上がる。一階なら楽なのに、残念ながら二年生の教室は二階なのだ。廊下は走らないように、と書かれたポスターを見なかった事にしながら駆け足で教室に滑り込み窓際の自分の席についたのと、ホームルーム開始のチャイムが鳴ってクラス担任が教室に入ってきたのは同時だった。よし、今日も間に合った。時間との勝負、勝利の余韻に浸りながら静かに乱れた息を整えていると、隣の席から小声で気の抜ける声がかけられた。
「チャイムっていうのは、『この時間までに席にいればいいよ』じゃ無くて、『この時間に始めるからそれまでに準備をしといてくれ』の合図だっていつも言ってるでしょ〜?滑り込んできて何の準備も出来てないのは遅刻だよ。あと内容の予測がつくからって未読スルーヤメテ、せめて既読くらいつけて」
ジト、という効果音が聞こえてきそうな目でこっちを見るのは小学校の頃からの幼馴染で親友の須賀日速。柔らかい金のふわふわした髪に、色素の薄い瞳。柔らかい顔付きなのに纏う雰囲気が鋭くて声がかけづらい、でもそんな所も魅力的なのだと女子から熱く語られる男。そんな友人から投げかけられる目線は呆れ半分諦め半分、といった所。
「ごめん」
「ともやんいつも素直に謝るけど直そうとはしないよね。今日はセンセー来る前に席につけたけど自分の勝率五割だってわかってる?三日前と五日前は間に合わなかったよね?センセー達の顔みた?”お前またかいい加減にしろ“って顔してたよ」
「いやあれは“もう何言っても無駄なのか勘弁してくれ頼むから”の顔だった」
「似たようなものじゃん、わかってるなら少しは改善しなよ〜」
「そうだな、考えとく」
「ぼく知ってるよ、それ何にも考えてない時の返事だって」
センセーかわいそぉ、と思ってもない事を呟きながら机に突っ伏して寝る体制に入る日速を横目で見ながら、お前も似たようなものだろと思う。大抵人の話は聞かないし興味の無い授業は寝て過ごしているのにテストはいつも満点近い点数を取って教科担任から信じられないようなものを見る目で見られている奴。家でも特に勉強しているわけでも無いらしいので教師からはどう扱っていいかわからない生徒リストにでも入れられていると思う。多分そのリストには俺も入っているけど。
メッセージアプリを開いて日速からのメッセージに既読をつけておく。こうしておかないとまた何か小言を貰うハメになるので(もう一人の幼馴染からは「面倒臭い彼女みたいだ」と言われていた。俺もそう思う)既読はこまめにつける。
ホームルームをぼんやりと聞き流しながら、窓の外を眺める。暗い闇を照らす街灯と、教室からは良く見えない星と、明るい校庭。毎日見ているのに、毎日何かしらの違和感があって、それが何かわからない。言葉にするのは難しい、言った事はないけれど。
そうやっていると、いつのまにかホームルームは終わっていて教室は音で賑やかになる。友人と談笑する声、次の教科の準備のために教科書を引き出しから出す音、忘れた教科書を借りにいくのかトイレに行くのか少し慌てたような足音、手持ち無沙汰に教科書を捲る音、音楽プレイヤーから微かに漏れるメロディ。
外はあんなに音が無いのに、教室に入るだけで別の世界に来たみたいに感じる。そんな音に耳を傾けながらまた外に視線を送って、なんだか心がざわついたので教科書の準備をする事にして、一限の数学の教科書を忘れた事に気がついた。隣のクラスの幼馴染に借りに行こうと立ち上がる前に、隣から数学の教科書が差し出される。
「一限終わったら起こして〜おやすみ」
「わかった、ありがとう」
いや注意しなよ、という幼馴染からのお言葉が聞こえた気がしたが、まあ、よくある事なのだ。
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やっと授業を終えて放課後、部活動はしてないので帰宅、できたらよかったのだが俺は図書委員、今週は俺のクラスが当番なので帰るわけにはいかないのだ。まあこの学校の生徒は読書に打ち込むタイプでは無いので図書室の来訪者は多くない、一時間本を読んでれば良いだけのことであるので楽な仕事である。同じ図書委員の女子がカウンターの処理を担当するというので、俺は多くない返却物をのんびり所定の位置に戻していく。時々その返却物の中に面白そうなものがあれば流し読みしながらの作業なので進みは遅いが、人もいないので注意された事はない。
興味を惹かれた何冊目かの書籍を棚に返しているとき、不意に背中を軽く叩かれた。振り向いた視界の下に日速と同じ色をした髪が見えたので、視線を下げる。そこには柔らかい金髪に色素の薄い灰色の目、十人中九人が美少女だと答えるであろう整った容姿をもち、日速は結構わかりやすく表情を変えるのに対し、こちらは表情筋が仕事放棄していると言われる程何を考えているのかわからない真顔の人。須賀日速の姉、日向が立っていた。
「こんにちは、日向姉さん。何かお探しですか?」
幼馴染の姉で、小学生の時から付き合いがあるので俺は彼女の事を“日向姉さん”と呼んでいる。何を考えているのか表情から読み取れないし、口数も多くないから勘違いされやすいけど、俺達を大事に思ってくれて、優しく接してくれる頼れるお姉さんだ。この人と話す時は自然と敬語になってしまうのは、纏う雰囲気が独特だからだろうか。日速とはまた違った近寄り難さがあるんだよなあ。
「こんにちは智くん。天野先生からお使いを頼まれたの。棚に見当たらなかったからカウンターで聞いたら返却物の方にあるって言われて、星声伝説、って本なんだけど」
「ああ、ありますよ」
尋ねられた題名にピンと来て、返却物の台車から目当ての物を引っ張り出す。絵本位の厚さしかない、下手したら部活動冊子だと勘違いされそうな見た目をしたそれをもう一度見て、こんなの借りるなんてよっぽど物好きなんだと若干失礼な事を思いながら手渡す。
「ありがとう、こんなに薄かったのね……背表紙に題名もないから棚にあっても気付かなかったかも」
「俺も知りませんでした。物好きですねあの先生も、近寄り難い雰囲気出してますし」
「親しみやすい人だと思うけど…相変わらず嫌いなのね天野先生のこと」
「嫌いというか……なんというか」
天野一、この学校の美術教師でいつもニコニコしてる、一言で言うと胡散臭い人。授業くらいでしか顔を合わせないけど、あの人を見てると心臓が冷えていく気がする。ざわざわと落ち着かなくなる。嫌い、では無いと思う。苦手、ではある。周りはそうは思ってなさそうで良く生徒に囲まれている姿を見かけるけど。
「まあ、人によって感性は違うものね、無理に仲良くしろとは言わないわ。いつか気軽に話せる日が来れば良いとは思うけど」
「そう、ですね」
ここで無理に和解しろ、と言わないあたり本当に甘やかされてると思う。まあ喧嘩をしてるわけでもないし、そもそもそんなに親しく無い。向こうは俺の事も名前くらいしか知らないだろうし、こっちが一方的に苦手に感じてるだけだし、和解も何も無いとは思う。
「そうだわ、スミから伝言を預かっているの。『待ってるから一緒に帰ろう』って、斎ちゃんも一緒」
「あ、はい、ありがとうございます」
思考を飛ばしていたせいで反応が少し遅れてしまったけど、しっかり伝言は受け取れた。そういえば今日は吹奏楽部は休みだったか、だから斎もいるのか。斎、というのは俺と日速の幼馴染である稲田斎の事で、まあ、言ってしまえば“女子にモテる女子”。
「じゃあ、伝言は伝えたし本を届けないと、描きかけの絵もあるからもう行くね」
「あ、賞の締め切りもうすぐなんですよね、二人と一緒に応援してます」
「ありがとう、じゃあ気を付けて帰ってね」
「はい、日向姉さんも」
歩くたびに揺れる綺麗な髪を見送って、また本を棚に返す作業に戻る。残りは両手で数える程度、さっさと終わらせてしまおう。幼馴染二人を待たせるわけにもいかないのでさっさと仕事を終わらせると、司書の先生から生徒も少ないしもう帰っても良いと言われたのでカウンター下に置いていた鞄を持って廊下に出る。
早く合流できる旨の連絡を入れておこうとメッセージアプリを開いて打ち込みながら階段を降りて、渡り廊下に差し掛かった時、ふと視線を感じて目線をスマホから上げると自分と目が合った。驚いて一歩後ろに下がると、目の前の自分も一歩退く。そこで初めてそれは大きな鏡に写っている自分であることに気づいて、思わず周りに人がいないか確認の為に見回してしまった。よかった、誰にも見られてない。この歳で鏡に写った自分に驚く姿を誰かに見られるなんて恥ずかしいだろう。
暫くそうやって鏡の前で百面相していると落ち着いてきて、いつまでも油売ってないで早く日速と斎に合流しようと足を進めた所で気付く。
こんな所に鏡なんて、あっただろうか?
いや、そもそもこの学校にこんなに大きな鏡は一つだけだった筈だ。それがあるのは生徒玄関で、この場所にある筈も無くて。じゃあこれは、これはなんだ?この鏡はなんだ?
言い表せない恐怖がじわじわと足先から広がっていく。金縛りなのか体が動かない。助けを求めたいのに声が出ない。閉じれない瞼に逸らせない目の先、鏡に写った自分の首から赤が舞った。
声は出なかった。出せなかった、が正しい。唖然とする俺に構いもせず、鏡の中の俺はクルクルと姿を変えていく。
苦痛に歪んだ顔で一文字に裂かれた首から鮮血を噴き出させる自分、目をこれでもかと見開き叫んでいるのか口の端が切れそうなほど大きく開けた自分は次の瞬間手足がちぎれ、その断面はぐちゃぐちゃに歪んで筋肉が痙攣していた。内臓は飛び散り、腸が、皮膚が、千切れた血管が、地面に広がる、ティーカップを傾け美味しそうに何かを飲み下したと思ったら一瞬体を痙攣させ地面に倒れ伏した自分。口から真っ赤な血と泡を吹いてのたうち回る。何処かの屋上から落下してく自分、誰かの手で首を絞められながらうっすらと笑っている自分、ナイフのようなもので心臓を一突きにされた自分。苦痛に歪む顔をした自分、眠るように死んでいく自分、泣きながら何かを叫んで死んでいく自分、自分、死んでいく自分、何回も何回も、何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回もおれが“俺”が死んでいく。もう何も写さない、やめろ、濁った目と、やめてくれ、俺の目が、やめて
お願いだからやめて
逃げ出したいのに動かない体、叫びたいのに出ない声、逸らしたいのに逸らせない瞳、足先から冷えていく、指の先はもう感覚がない。みっともなくガタガタと震える体に乱れる息、脳に酸素が足りずに霞がかかったように薄くなる思考。そう感じている間にも鏡の中の自分はどんどん姿を変えていく。
もう見たく無い、もうやめてほしい。もう、終わらせて欲しい
歪む視界に鏡の自分が見える。酷く疲れたような、泣きそうな顔をした自分。その手には輪にされたロープが握られていて、それを、俺の、首に
「ッやめろ!!!!!!!!!」
さようなら、ぼくの一等星
ようやく絞り出した叫びを吐き出した時、視界が黒く染まった。
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頬に感じた痛みで目を覚ました
開けた視界に、何処か焦ったような表情を浮かべた日速と斎が写る。回らない頭と背中に感じる冷たさに、ようやく自分が廊下に仰向けに倒れている事に気付いた。体が酷く怠い、俺はさっきまで何をしていたんだっけ。確か鏡があって、それで
「あれ、鏡がない」
さっきまでそこにあったはずのそれは跡形もなく消えていた。まるで最初から存在していなかったかのように、何もなかった。
「寝ぼけてる?大丈夫かい?これが何本かわかる?」
目の前で指を三本立ててこちらを覗き込む斎の顔と、その隣で眉を顰める日速。なんでここに、と問いかけようとして、一緒に帰ろうと言っていたんだったと思い出す。
「ともやんなんでこんなとこで倒れてんの〜?まじでビックリしたんだけど」
「体調でも悪かったのか?立てるかい?」
「あーごめん、大丈夫、ちょっと体痛いだけだよ」
「硬い床に転がってたんだ、そりゃ痛いだろう。本当になんでこんな所で倒れてたの」
「えっと、なんでだろう?あんまり思い出せなくて」
何故だろう、そこだけモヤがかかったように、思い出そうとするとスルスルと抜けていく感じがする。思い出すなと警告されているような、やめてと叫んでいるような。
床に寝てたせいで少し痛む体を解しながら記憶を遡っていると、座った時に乱れたスカートの裾を整えながら斎が口を開いた。
「まあ、何もないならよかった。智八が大丈夫ならそろそろ帰ろう、あれから一時間たってるんだ」
「え、そんなに?」
「そうだよ、ともやんが中々来ないから斎が心配して二人で探しに来たんだよ〜」
「ごめん、ありがとう二人とも」
時計を確認すると確かに最後に見た時から一時間は経っていた。二人には心配をかけてしまったな、と反省する。日速は知らないが斎は心配性だからいらない心労をかけてしまっただろう。もう一度二人に謝罪すると、無事ならそれでいい、と笑ってくれた。こういうサッパリしてる所も二人が好かれる理由だろうか。
「実はこれから喫茶店にでも行こうかと話してたんだが、予定が変わった。まっすぐ家に帰ろう。いいね?」
近くに転がっていた鞄を背負い直していると、斎からそう声がかけられた。理由を問うまでもなく、こくんと一つ頷いて返す。この世界、帰路を急ぐ大きな理由は一つだ
「ヒツゲサマ?」
「そ。ともやんが寝こけてる時にね、聞こえたよ」
「二人とも、今日は用心してね。明日になったら友人が消えてましたなんて現実にはしないでくれよ」
「いーちゃんもね」
「わかってる」
やや駆け足になりながら帰路を急ぐ。各々な家の前で別れを告げて、一日の終わりは万が一に備えてから眠りにつく。ああ、今日は何処が燃えるのだろう。少しの不安と息苦しさの中、明日は寝不足だろうとぼんやり考えながら夜の空を眺めていたら、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。
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私のイサナ
僕のイサナ
アタシのイサナ
俺の
俺のイサナ