病室とプラネタリウム
――――あの子は、夏が好きだった。星が好きだった。それは、最期の時まで変わることはなかった。
俺には、幼なじみがいる。二個下のそいつは、かなりアウトドアな性格で、とにかく明るくて……太陽みたいなやつだ。
「洸太!あのね!星!星を見に行きたいの!明日山登ろ!」
「星奈……」
3年の教室は別の校舎だというのに何故か教室まで走ってくる。そんなやつだとは分かってはいた。昼休みということもあり教室には、あまり人がいなかった。
「おっ?洸太ぁ彼女か?彼女なのか?」
「あれ?きみ1年だよね?ここ3年の教室だよ?」
興味本位でそう聞いてくる。男子生徒と、それを見て「え?」って顔をした女子生徒。
「ちげーよ。昌樹。星奈は俺の幼なじみだよ」
「はい!1年です!洸太に会いに来ました!」
それぞれ回答はしていくが、正直こんな感じでしかない
···············ホント。つまらない
今は夏だ。星奈は、夏の夜空が好きで、星を見るのが好きで、よく山に誘う。そもそも、星奈の家は山奥にコテージを持ってるじゃないか。何故休みの日じゃなくて平日に誘うのか。俺には理解が出来なかった。
「星奈。なんでいつも俺を誘うんだ?別にお前、友達とかいるだろ」
3年前。星奈が中学に入学した年にそう聞いた。
「あのね。あたし友達はいるけど、星見に行くのにスマホとかの明かりを持ってくから、眩しくて集中できないんだ。洸太と行くのが、1番いい。それに、洸太なら、あたしの話飽きてても聞いてくれるからね」
そう答えられたのを覚えている。
星奈は、少しだけ···ほんの少しだけ、人と離れた所がある。
例えば、髪色。星奈の髪は、生まれつき白かった。目の色は、少しだけ赤みがかった茶色だったが、生まれつき白くて、保育園の頃から、いじめられたりしていた……星奈は、アルビノだ。
星を見るために山を登る。星奈の兄、月夜さんも一緒に来ることが多いが、彼は大体車の中で寝ている。まぁ、夜遅くまで星の観察をすることになるから、帰りに寝ないための策なのかもしれない。
「洸太。いつもすまないな……お前も大学受験とかがあるだろうに」
「ううん。大丈夫。俺一応学年上位保ってるから」
「洸太、あんた結構モテるんじゃないの?この前教室行った時のあの女の子とか!あたしのことすっごい目で睨みつけてきたよ!」
そう言うと星奈は目をかっぴらいてみせて笑った。
「ほら、2人とも。そろそろ着くぞ。」
「わぁ!やっぱり山っていいね!星が綺麗に見える!それに、鬱陶しいはずの街の光も、みんな星みたいに見える」
「お前。いつもそう言うよな」
星奈は、あまり強い光が好きではない。いつからだったかは忘れたが、晴れた日に外を歩く時、いつも日傘をさすようになった。
「……あともう少しで、夏終わっちゃうんだね」
まだ7月の後半じゃないか。そんな言葉は出てこなかった。
「花火大会は、みんなで来ようね!洸太のお父さんたちも一緒に!」
……ごめんね。星奈。それは無理だよ……だって、父さんと母さん、俺の事なんてどうでもいいんだから。ピアスをあけた日も、その件で学校に呼び出された時も。何も言わなかったし、来なかったんだから。
「あっ!流れ星!今日って、流星群の日だっけ…?」
「違うと思うよ。」
嗚呼。流れ星が本当に願いを叶えてくれるのだとしたら、どうか。両親が俺の事を見てくれるわつになりますように。
そんな願いは、届くはずが無かった。それでも、隣で無邪気に笑う星奈が、夜中ではあるが太陽みたく眩しく思えた。
冬。もうすぐで卒業になる。俺は既に大学の内定を貰っていた。
「洸太。もうすぐで卒業なの?」
「ああ。残念ながら留年していないからな」
「えー。ケチ。また1年しか一緒の学校じゃなかったじゃん」
星奈はかなり不貞腐れているようだった。もちろん、大学に行くけれど、そこまで離れた距離にはないから会いには来れるのに。そういうと星奈はそういうことじゃないのと言い、頬をふくらませた。
「洸太…また来年も、再来年もも、一緒に星見れるかな」
「…見れるんじゃねぇの?俺は大学卒業するまで家出るつもりないし」
「そっか!」
……この時の俺は、ずっと星奈は生きていて、当たり前のように一緒にいるんだって信じて疑わなかった。
「星奈が倒れて、救急搬送された」
その知らせが来たのは、大学に入ってすぐ。4月の事だった。
星奈の病室に着いた時、星奈と月夜さんが二人でいた。暗い顔をしていたが、俺を見つけるなり明るい顔をして
「あっ!洸太!来てくれたんだ!」
そう言った。
「…おう。大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫!ただの貧血だってさ」
…多分だが嘘だ。星奈は貧血検査に引っかかったことが無い。とはいえ、詳しく聞くのは、嫌がるだろうと思い、詳しく聞くことは出来なかった。
「そうかよ。無理すんな」
「洸太は相変わらずのツンデレだね」
「なっ!月夜さん!?」
「結構心配してたんじゃないの?いつもなら既読スルーしないで返信するのに、今日はそれが無かっただろ?」
図星だった。俺は割と星奈に対して甘かったのかもしれない。
―――――星奈は、その日を境に、入院生活を送ることになった
夏。見舞いに行くと、やはりパァァって効果音が付きそうなほど笑顔になって
「洸太!」
そう名前を呼んだ。
「よぉ。また来たぞ」
手土産に、星奈がずっと食べたいって騒いでいたプリンを持って来た。とまでは言わないが。
「あのね!洸太、あたしね院内学級で勉強頑張ってるんだ!」
そんな他愛のない会話を数分して
「……ねぇ、今年は、星見に行けないのかな」
そんな事をぽつりと呟いた。
「多分、医師に言ってみたらどうだ?」
「うん、そうする!」
次に見舞いに行った時。心做しかしゅんとした様子だった。
「洸太……あのね、星見に行くのダメだって言われた」
なるほど。行けないと言われたのか。それは落ち込むよな。いつもこの時期には行っていたから。
「……じゃあ、プラネタリウムでも行くか」
「!」
「プラネタリウムなら、ある程度の気温は保たれているからな」
プラネタリウムなら、とは言ったが、承認されるかは分からなかった。
「後でお医者さんに相談してみる!」
けれど、星奈の顔に笑顔が戻ったからそれでいい。本気でそう思ったんだ。
プラネタリウムには行けることになった。だから、この際と思い宇宙科学館に行くことにした。
「あたし、プラネタリウムって初めてかも!星の解説とかも出るんだよね!楽しみ!」
そう言って笑う星奈の顔は、いつもより顔色が良さそうだった。
「星の本とかもあるみたいだなぁ…買ってくか?星奈」
「うん!あっ!図鑑とかあるのかな」
俺と星奈の二人で行くわけが無い。行く時は必ず月夜さんも一緒だ。
「…星奈、月夜さん、入場時間そろそろ」
「おっありがとうね洸太」
「ううん。」
プラネタリウムの中には、結構な人数がいた。
「わぁっ意外と暗いんだね」
「そうだな。静かに見ような。星奈」
「はーい」
星が投影される。無数の星がスクリーンに映る。隣でわぁって感動している星奈は、いつもなら本を読みながらでしか得られないような解説に心躍らせているのだろうか。それとも、四季折々の星空を見れるということに感動しているのだろうか。俺は、まだ星の魅力が分からない。ただ、技術ってすごいな。そう思うだけだった。……って月夜さん寝てるし。まぁ、暗いからな。仕方ないか。
「あー楽しかった!凄いね!あんなに詳しい解説を見ながら聞けるなんて!あーあ。もっと早くから知っとけばよかった」
星奈は、見学エリアに来て最初にそう言った。
「あっ見て!ロボット!」
「ほんとだな」
「こっちには人口でオーロラ作るとかあるぞ」
そんな他愛のない会話をしながら、色んなところを見ていた。それから、星の図鑑と宇宙の本とかを買って、星型の蓄光シールを買った。
帰る前に少しだけということで、寄ったのは、星奈がとても好きなカフェだった。
「えっへへー!せっかく病室から出れたんだからここ来たかったんだ」
そう言って笑うと、メニュー表を見始めた。
「あれ?星奈じゃん」
「ほんとだ笑学校来てないくせにここにきてんの?」
「……ななせちゃん……あいちゃん……」
どうやら、声をかけてきたのは、学校での知り合いのようだ。
「しかも男の人と?ヤバ笑あんたパパ活でもしてんの?」
「ちがっ……」
「んー?君ら誰。妹の事いじめないでくれないかな……って君…えーっと、金髪ちゃん…?この前うちのクラブのやつがお持ち帰りした笑って言ってた?」
助け舟を出した月夜さんは、とんでもない爆弾を投下した
「えっ…」
「いやぁ……まさか未成年を持ち帰るとは思わなかったけどね。マ。イイヤ。とりあえず学校側に報告しとこ」
「ちょっ!何すんのよ!うちらが退学になるじゃん!!」
「え?そもそも法律違反なんだけど」
「じゃあ!星奈だって男ふたり連れてんじゃん!」
まさかの飛び火した。
「俺と洸太は、そもそも星奈の身内だけど?」
「おっっ覚えてなさいよ!」
そういうと、派手女子二人はどこかに行った。
星奈の顔は、また暗くなった。
「星奈、そろそろ戻らないと怒られる時間になるよ」
「はーい…仕方ないよね。」
やはり顔が暗い。何かあったのだろうか。
星奈の体調は一向に良くならず、どんどん悪くなって行った。行くたびに星がみたい。また、プラネタリウムに行きたい。そういうようになっていた。
「こーた…あたし、また星がみたいよ……」
涙ぐみながらそう言い、眠った星奈をみて、病院に許可を貰い、動き始めた。
その日の帰り、上を見上げると、光で少し見えずらい星々があった。そのうちふと流れ星が見えた。どうか…どうかまた星奈が星を見れますように…あの山の展望台で、一緒に……そんな願いは口から出ることがなかった。
一向に体調が良くなることは無く、下り坂な星奈を元気づけたい。その一心で、院内の一室をプラネタリウムを映せるようにしてもらった。
「こうた、今日はね、お部屋にいる別の子達いなかったの…なんでかな」
「さぁ…?」
そんなことを言いながら、車椅子を押した。
「星奈。目つぶってて」
「うん」
部屋が近づいたので、目を瞑らせた。この方が驚くだろう。そう思ったから。
「目、開けていいよ」
目を開けた星奈は、驚きながら
「うわぁ!」
と感嘆の声を上げた。それもそうだ。あの時の星空の写真と部屋中に星が沢山映っているからだ。
「ありがとう!こうた!」
「どういたしまして」
その日以降。安定したので、手術を受けるってとこを聞いた。成功率はとても低いらしく、不安なはずなのに、手術の日まで、いつも笑っていた。
「あたしは大丈夫だよ!」
それが、手術前の口癖だった。
手術が失敗した。そう医師に告げられた。殴りかかりそうになった俺を月夜さんが抑えて、
「星奈は無事なんでしょうか」
と聞いた。
「……失敗は体質のせいですよ。」
そう言うと、その場を去ってしまった。
信じられなかった。体質だからって失敗の理由になるわけが無い。なるのだろうけど、それでもやるせなくて壁を殴った。
その後、星奈は亡くなった。本当に、悔しかった。来年も、再来年も一緒に星見れるかなって言われた時、何も考えずに、見れるって言ってしまった。その事についての後悔で押し潰されそうだった。
星奈の葬儀の日。俺は、泣けなかった。周囲の人は「幼なじみなのに酷いわね」とか言っていたが泣けなくなっていた。月夜さんは、ボロ泣きしていた。そりゃ。たった1人の妹を失ったんだから。俺は、ただ一緒にいた期間が長かったってだけの幼なじみだから。でも、それでも、大切だったんだよ。大好きだったんだよ。そんな気持ちも伝えられないままだった。
そこから1年経った。俺は、大学には通ってるけれど、ほとんど廃人のように過ごしていた。月夜さんから、「星奈からのメッセージが見つかった」という連絡が来ても、行けなかった。そしたら、月夜さんの方が来てくれた。
「…洸太。星奈からのメッセージ…見れるか?」
「……うん」
かさりと紙を開く。そこには、懐かしい星奈の字で
「洸太へ」と書いてあった。
読み終えると、今まで出ることのなかった涙がでて止まらなかった。
「月夜さん…これ…」
「ああ。それは洸太のだから。お前が持っとけよ」
「はい」
泣けなかった分を今泣いている。そんな感じがする。それでも、何故か心は軽くなっていた。
『洸太へ
まずは、なんの病気かとか、色々黙っててごめんなさい。あたしは、元々長く生きれなくて、延命のための手術受けたの。でもまぁ、これ読んでるってことは死んじゃったんだろうなぁ…笑
洸太、あたしのとんでもないわがままに付き合ってくれてありがとう。プラネタリウム、本当に楽しかった。あとね、外に出れなくなった時の、病院内に星見れる部屋作ってくれたのも、嬉しかったよ。本当、こんなあたしと仲良くしてくれてありがとう。大好きだよ。
星奈より』
はい。どうも。作者です。
今回は思いついただけの短編になります……
メリーバッドエンドにした理由は、最後に洸太が両思いだったということを知るからです。