支援職なのにダンジョンに独り取り残されまして
直接戦ってるシーンとかは書いてなかった
家督争いを恐れて冒険者になった。
子供の頃から魔法が得意だったが、戦うのは怖かったので支援職を目指した。
誰も知らない遠くのギルドで野良のパーティに入れてもらいダンジョン探索に挑んだのも束の間、置き去りにされてしまった。
おそらくは…
街からさほど遠くない山の中腹にダンジョンがあった。
正確には、ダンジョンに潜る冒険者や、それを相手に商売をする商人たちが街を作ったのかもしれない。
ダンジョンの中は人口の建造物のような作りになっているが、基本的には人が作ったものではないらしい。
基本的には、と言うのも、既存のダンジョンを改造して宝物を隠したり、ダンジョンに住みつく者も少なからず居たからだ。
少女は年の頃は15〜16、白基調のワンピースにブーツ、フード付きのマントを着ていた。
常にフードで目立たないようにしていたが、銀色の髪にライトグレーの瞳は明らかに地元の人間ではなかった。
とは言え、ダンジョンを目指してこの地を訪れる者も少なくはないが。
職業は支援職。回復系魔法をメインに使う魔法使いだ。
回復魔法は確かに強力だが、使える回数も多くはないし、何より自分を癒すにはあまり向いていなかった。
ダンジョンに潜って小一時間ほどのところにT字路と思われる突き当たりが見える。
その壁に何かが叩きつけられたような大きな凹みが出来ていた。
ダンジョンでの支援職の立ち位置は一番後ろ、敵の攻撃圏外だ。
定石通りスタンバっていると、前衛が突如奥に向かって逃走してしまった。
残された少女はなすすべもなく吹き飛ばされ壁に激突。
落下して石畳の地面に横たわった。
もはやどこを負傷したのかも分からない、呼吸すらままならず、遠くなる意識の中で人の気配を感じていた。
「冒険を続けますか?」
声を出せないので目配せをする。
気がついてくれたようだ。
ダンジョンには似つかわしくない軽装な少年だった。
「もし君が冒険者として一緒に行動したいと言うのなら、パーティ定員に空きがある」
それで良い、なんとか反応を見ながら目で返事をする。
少年が小瓶を割ると、ふっと身体が楽になった。
回復ポーションだ。しかも、かなり上級の。
「あの、そんな高価な物を…」
「これはダンジョンで拾った物だから、只だよ」
「え、でも」
「次見つけた時に拾えるように少し開けておく主義だから返ってちょうど良かったし。持ち歩ける量に限度があるからね。せっかく見つけても拾えないのはなんか気持ち悪いから」
少年は全く気に留めていないようだ。
「はあ」
「あの、どこかに杖が落ちてなかったでしょうか」
「あー、この先に折れた杖が落ちていた気がする、かも」
「…ごめんなさい、せっかくパーティに入れてもらったのに、何も出来そうに無いです。申し訳ないです」
「いや、別に何が出来るかとか、はじめから気にしてないし」
「え、でも…」
「冒険がしたいかどうかしか、聞いてないでしょ?」
特に嫌味を言っているようには見えない。
「でもそうか、魔法使いが魔法を使えないじゃ、冒険っぽくないか」
「え、あ、はい。とりあえずそう言うことで良いです」
なんだか、自分とは感覚が違いすぎて、いろいろ諦めた。
「何か拾った道具があったかなぁ」
少年の前に魔法の窓のような物が現れる。
そこには道具の姿とか名前、ちょっとした説明みたいな物が表示されている。
こんな魔法は見たことがない。
「これ、杖の代わりになるかな?」
少年の手元に、革の装丁に金属の装飾、ベルトが付いた分厚い本が現れた。
「これ、魔導書…」
手に取ると片手でも持てそうだがずっしりと重い。
「初めて見ました」
「使えそう?」
「ええ、たぶん、使い方自体は知ってます」
ベルトを解いてパラパラと捲ってみる。
「じゃあ、あげるからそれ使って」
「えええ、こんな、高価な物を、良いんですか?」
「いや、アイテムとか売ってもそんな額にはならないから」
「はあ」
どれだけお金持ちなんだろうか。
普通に道具屋に売っただけで、遊んで暮らせるような額になりそうな品である。
「私も結構お嬢様育ちなんだけどなぁ…」
「何が?」
「いえ、なんでもないです」
冒険がしたいなら連れて行ってあげる、そんな風に言われて拾われたが、あまり冒険感はなかった。
少年がなかなかに強い。怪我とかしない。
と言うか、怪我をしても超回復するポーションを持ってるくらいだから、あまり出番は無いかもしれない。
手ぶらに見えるが、5〜6個は武器を持っているようだ。
どこからか取り出して攻撃しては、またどこかにしまってしまう。
「あ、ごめん、これじゃ退屈だよね」
「いえ、もともと回復支援なので、普段からだいたいこんな感じですし」
「気にしないで魔法使ったりして良いからね」
「あ、はい」
必要ないからと言って何もしないのは消極的すぎた。
とりあえず、魔導書が使えるか確認がてら魔法を使ってみる事にする。
この世界の魔法使いは何日もかかる呪文を唱えてようやく弱い魔法が使える。
それでは困るので作り出されたのが魔法の杖。自分が習得している魔法を5〜9つ組み込む事で、詠唱時間を数秒に短縮、威力も桁違いに大きくして使うことが出来る。
組み込むと言っても実際には術者側に何かなるようで、本人以外には使えない。
では、魔導書はと言うと、術者が持つ魔法がそのまま無制限に記録され、他の人間でも使用可能になってしまうと言う物、らしい。
本の形をしているとは言え、魔法の道具なので手でめくることもできるが意識を集中することで内容を確認できる。
百、いや、もっとか。膨大な数、さまざまなジャンルの魔法が収録されている。
自分が普段使っている魔法もあるが、ありふれた魔法なので自分から収集されたと言うよりはもともとあったのだろう。
自分はまだ習得できていない魔法もたくさん載っている。
残念ながらレベル的に習得できていない魔法の多くは要求される魔力も大きく使うことは出来そうも無い。
「攻撃魔法もあるのかぁ」
取得していないだけで、かなり色々な魔法が使えそうではある。
しばらく行くとモンスターと言うか巨大な虫が大量に現れたので、魔導書に意識を向ける。
ふと、見たことのない項目に気づく。
マクロ
なんだろうと思ったが、その中に「支援基本」と言う項目を見つけ発動してしまう。
防御フィールド展開
魔力回復強化フィールド展開
攻撃力アップ
防御力アップ
スタミナ回復強化フィールド展開
etc
物凄い勢いでページがバラバラとめくられ、次々に魔法が発動する。
その全てがジャストアタック判定になりボーナスやらなんやらで効果も高くなるし、なにより魔力が回収されるから、魔法を使ったにもかかわらず魔力がなかなか減っていかない。
いままで回復魔法ひとつで疲れてしまっていたのが嘘みたいだ。
「これが、ほんとうの魔法…」
「すごいね。なかなかやるじゃん」
「あ、いえ、これは、マクロとか言う魔法のおかげで」
「あー、マクロかぁ。それ、あまり対人戦では使わないようにした方が良いよ」
「あ、はい。でも、味方に使うのは良いんですよね?」
たぶん、意味通じてないなぁ。
いままでたどり着いたことがないくらいの深部まで来た。
さすがにお腹が空いたが、もう食料は残っていなかった。
そもそも、途中からは少年に分けてもらっていたから、少年ももうほとんど持っていないだろう。
「あった」
「え? 何がですか」
見ると道の脇に箱が置かれていた。
「魔法の支援物資箱だよ。各自で拾えるようになっているから、気にせずに拾うと良いよ」
少年は何もないところからアイテムをとりだした。
自分に見えているのは、彼には見えていないらしい。
「良かった。水と食料だわ」
「この辺から先は割とちょこちょこ支援箱があって、あのポーションとかもこう言う箱から手に入れることが出来るんだ」
「そうなんですか、初めて見ました」
探索を続けると確かに頻繁に箱を見つけた。
食料、ポーション類、武器、防具、様々な物が出てくる。
正直持ちきれない。
最初に少年が言っていたのはこの事か。
食糧やポーションは手持ちがあるうちに見つけると、ちょっと損した気分になる。
「あのー、今回はどの辺まで、行く予定ですか?」
「え? ああそうか、みんなは割と入り口の辺りをうろうろするだけなんだっけ。最深部まで行くよ」
「さ、最深部…」
「最深部には外に繋がるゲートがあるから、最深部まで行った方が出るのも簡単なんだ」
「と言うか、もうこの先がボスのいる部屋だし」
「えーっ」
「良かったらさっきの支援魔法セットと、そうだな、君も攻撃してくれるかな? 相手はヒドラだから遠慮は要らない」
「あ、はい」
部屋に入ると何もいない。
一応、マクロを使う。
支援魔法だが自分の攻撃力も確実に上昇している。
それまで使えなかった魔法も使えるようになっているようだ。
間髪入れずに攻撃魔法を使った方が威力は高かったかもしれない、などと思っていたら、奥の壁がぶっ壊れて奥から巨大なヒドラが本当に飛び出してきた。
なんで、知ってたのかな。
攻撃を促された。
攻撃魔法は習得していないが魔導書にあるので、多分使える。どうせ彼がやっつけてくれるだろうと言う事で、初級魔法でちょっと攻撃してみました、みたいな感じで、炎を放つ。
大炎上
「えーっ」
怒り狂って暴れるヒドラを少年が何回か攻撃して倒した。
足元から光が出たと思ったが、一瞬自分が光っていたらしい。
レベルが一気に上がって、色々感覚が変わったのが分かる。
それもそのはず、これまで巨大なボスモンスターなど倒したことはなかったのだから。
「そうか、今回はモンスターにダメージを与えたから、その分の経験値も入ったのね…」
「なんかうれしくなさそうだね」
「いえ、ちょっと。うん、大丈夫です」
部屋の真ん中に魔法のゲートが開く。
「じゃあ、ダンジョンから出ようか」
「はい」
促されて少女が先にゲートを潜る。
出口は入り口よりももっと山の上、ほぼ頂上付近にあった。
ゲートから出ると、見覚えのある軍隊が待ち構えていた。
「魔法で予測していたとは言え、本当にダンジョンを攻略して出てくるとはなぁ」
甲冑の騎士の後ろから、少女と瓜二つのドレス姿の女が現れた。
「姉さん…」
ゲートから出てきた少年にもなにやら面倒な事になっている事だけは分かった。
「必要な時は言ってくれ」
一言だけ言って、一歩下がった。
「もうやめませんか。私には家督をつぐつもりも、あなたをどうにかするつもりもありません」
「いくらお前がそんな事を言っても聞かない人間も多くてな。生かしておいても面倒なだけだ」
「私はあなたを殺したくないのです」
「はっ、随分な自信だなぁ」
そう言って自分は騎士たちの背後に下がっていき命令を出した。
「殺せ」
「はっ」
それで全てが終わった。
騎士たちが膝をつく。
女はそのまま地面に倒れ込む。
「な、なんだ」
「私のユニークスキルです。私に敵対した人間に状態異常とデバフが掛かります。回復魔法やポーションも効かなくなるので、たぶん、助かることはありません」
「なっ」
「魔導師(魔法使いの上級職)のパッシブスキル、おそらく、止められる者は居ません…」
「なんか、変な事に巻き込んですみません」
「いや、何も巻き込まれてないし」
「そうですね、何も、なかったんですよ」
全て放置してそのまま山から降りてきてしまった。
おそらくあそこで何が起こったのか、誰も予想すら出来ないだろう。
「とりあえず、君を攻撃するのは止めた方が良い事だけは分かった」
「あなたなら、大丈夫な気がしますけども…」
「とりあえず、この先はどうする?」
「冒険者を続けますよ、じゃなくて、このままパーティに置いてもらって良いですか?かな」
「まあ、なるべく人間のいないダンジョンとか目指そうか」
「はい」
終わり
オチが特にないですね