フラペチーノ
白い頬にひたっと落ちる、ひとすじの髪の毛先を、人さし指でくるくるしたり、親指と一緒にもてあそぶさまを眺めるうち、そのかたわらで口の端がふいと上がって、視線を解くと、彼女がこちらを見つめている。
瞳が合うと、彼女はすぐにそのくりくりした目を逸らしながら、唇で緑の大きいストローをくわえる先には、たっぷりのクリームにキャラメルシロップのかかったフラペチーノがあって、それを啜る彼女を見ながら彼の想いはかえって、彼女を離れて、別の女のもとへ飛んで行く。
自分が今年二十五になり、彼女が二十三になる歳を思えば、現代の事情から推し量ると、すこし気が早いにしても、当然、結婚という二文字が頭をよぎるのがしょっちゅうではないにしろ、ときおりあって、しかしその度に彼は、他の女たちを思い出すのであるが、もし彼女が初めて本気で好きになった女だとか、あるいはそれに近い心情のなかで恋に落ちたのであったなら、このまま何を疑うことなく結婚という道を進むことが、幸せと感じられるのみならず、それを当然と受け止めることもひょっとしてあったにしても、そうでない以上、今の彼にとっては到底それが幸せとは信じられない。
具体的な形をとりながら、彼女以外の女と彼女を引き比べてみると、今まで付き合ってきた女を抜きにしても、たとえば、関係の発展性はおそらくないにしろ、そしてだからこそ一緒にいて落ち着きもする、学生時代アルバイト先でともに働いて、今でもときどき食事をする同い年の女だとか、自分を弟のように可愛がってくれたサークルの二つ先輩の女だとか、出会いは合コンだったにもかかわらず、恋愛あるいはその場限りの関係には進まずに、気の合うままにただただ仲良くなってしまった年下の女だとか、他にもいくらか思いつきもするそれらの女ではなくて、なぜ目の前の女とこのさきずっと一緒にいなくてはならないのだろう、などという、意地の悪い思いが浮かぶわけではない。ただ、こんなにも他の女のことばかり始終考えてしまうのに、それを彼女が知らぬまま一緒になるというのはどうだろう、と思うだけである。
何も現に親しくなった女ばかりではない、街を歩いているとふと目に入る女、会社で話す女、いろいろと店を訪れるなかで接客してくれる女、メディアを通じて見たり、知ったりする女、そのすべての女たちが彼にとってはいかにも親しく、身近に感じるのみならず、女たちがもし皆一挙に彼のまえからふっと掻き消えて、彼女一人だけが彼のもとに残ると告げられたなら、彼はおのれがにわかに発狂するだろうことを少しも疑わないし、それを想像してひとり陰険に微笑んでしまう。
つまり、目の前の女ばかりが唯一の女ではないという、単純でありながら残酷な事実をもはや疑えず確信する年に彼は達したわけで、おそらくこれからさき後戻りは出来ないだろうことを知ってもいれば、むろんその気もさらさらないのであるから、彼女ともし結婚したとしても、自分が他の女に惹かれるのは妨げられず、というよりむしろ、他の女をつねに想いつつ結婚するのであるから、一生ひとりの女を愛すると誓って婚姻届を提出し、結婚式の場で厳粛な牧師のもと誓いの言葉とキスを交わすにしても、それは端からわかりきった嘘であり、もし婚外交渉は行わない、あるいは付き合いでどうしても仕方ないときは、玄人の女だけを相手にすると決めたところで、話はそう変わらない。
男はひとりの女だけを想って過ごすことなど出来ないのだから、彼女も自分以外の男のことを考えてくれたっていい、などと、都合よく思うそばから気づくことは、情けないような嫉妬の情ではなくて、そもそも女は男のことなど始終考えてはいないだろう、ということで、女は自分のことや自分のまわりのこと、だからほとんど女のことばかり考えて過ごしているのだろうし、男が女に興味があるほどには、女は男に興味はないだろうし、女にとっても美しいのは女だろうし、じゃあ男は女にとってなんなのか?
急に胸糞悪いものに襲われながら、コーヒーカップに口をつけるままそっと彼女を窺うと、相変わらずストローをくわえて、人さし指に顔まわりの毛先をくるくるして引っ張り、緩めるうち、こちらを盗み見た。
瞳が合うと、彼がすでに自分を見つめていたために、失敗した盗み見をごまかすためか、単に恥ずかしがってか、にわかに頬を赤らめ目を泳がせながらなおもくるくる引っ張り、しかしまもなく離して、彼を見つめ、
「なに考えてるの?」
「君がなに考えてるのかなって」
「そう」
「そう。そっちこそ」
「わたしはべつに」
「そっか」
「そうなんです」
言いながらストローを口に持ってゆき、唇がそっとひらいて緑が白へあたるのを見届けたところで彼はふいに横を向くと、女ではあることは確かながらも、彼自身、目で触れるのさえ憤るほどの女二人が隣の席で向かい合い、仲良くキャラメルフラペチーノに刺さったストローを吸っていた。
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