シアーハートアタック
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いよいよ本番が始まろうとしている。
今までこういうことは経験したことがないから、かなり緊張する。
これでもし出演することになってたら、もっと緊張していただろう。
いやー、照明係で良かった。
「そろそろ時間ですよ、真くん」
舞台袖の照明室で、僕の隣に座った一葉さんが囁くように言う。
一応この照明室も防音はしてあるみたいだから大声を出さない限りは客席や舞台上に声が漏れることはないのだろうけど、ついこうして声を殺してしまうのはやっぱり一葉さんも緊張しているからだろう。
「……そうだね。大丈夫だよ、ミスなく終るよ。30分もない劇なんだから」
「それ、自分に言い聞かせてないですか、真くん?」
「あ、分かる?」
「分かりますよ。一か月ずっとあなたのことを見てきましたからね。いまや一心同体と言っても過言ではないでしょう」
僕、時々風呂入らなかったりするけど、そんな僕と同体で一葉さんは大丈夫なんだろうか……。
「幕が開くみたいだよ」
照明器具のスイッチに手をかけながら、僕は言った。
客入りは上々。いつか僕と死闘を繰り広げた東桂木親衛隊の面々もそろっていた。きっと鬼瓦が招集をかけたのだろう。
舞台中央に照明を炊く。
そのライトの真下には、堂々とした様子で立つ部長の姿があった。
高天原さんがBGMをフェードインさせる。
「私、緊張してきました……」
「一葉さんは僕がミスらないように見張っててくれればいいから。まあ、任せててよ」
「真くん、地明かり点けるの忘れてます」
「こいつはいけねえ」
僕は慌てて舞台全体の明かりをつけた。
照明に照らされて、一葉さんの作った舞台セットがその全貌を現す。
アパートの一室みたいなセットだ。
「わー、どうでしょうか? あのセットとか背景とか、おかしくないですか? 大丈夫ですか?」
「おかしいとしたら僕が手伝った部分だよ。色間違えちゃったし」
「そこは私がちゃんと修正しましたから大丈夫です!」
「ああ、そう……」
修正されてた。
あのセットと背景、実は僕や高天原さん裏方チームも多少手伝いはした。
まあ、役に立ったかと言われると答えに困るけど……。
ふいに、観客側から笑いが起きた。
「あ、ウケてますよ! 鬼瓦君の台詞がウケてます!」
「よ、良かった! 性癖全開のど下ネタだったから気持ち悪がられるかと思ってたけど! 高天原さんの直観は当たってたんだ!」
「殺陣もうまくいってますよ!」
「良かった! 僕はもう思い残すことはない!」
とまあ、劇は特に大きなハプニングもなく、終幕まで一気に駆け抜けた。
文化祭の乱痴気騒ぎ的な空気もあってバカ受けだ。
拍手喝さいの中、僕は最後の舞台照明をフェードアウトさせ、仕事を終えた。
……ふう。
完全にやりきった。
「終わったよ一葉さん、次は出店巡り―――」
充実感の中隣を見た僕は、次の言葉を出せなかった。
隣の照明席に座っていた一葉さんは僕に背を向け、照明台に突っ伏せるようにしていた。
心臓の辺りを、右手で押さえた状態で。
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