愛、おぼえていますか
※※※
「あ、真くん!」
靴箱ではもう一葉さんが僕を待っていた。
「ごめん、待たせちゃったかな」
「いいえ、私も今来たところなんです」
「そう、それなら良かったんだけど」
こういう時の『今来たところ』って台詞は実に信用ならない。
対応次第では墓穴を掘ることになる――というのを、僕は世奈と付き合う中で知った。
いや、もちろんここでいう付き合うってのは恋愛関係とかそういうのじゃなく、言葉通りの意味だ。
「さあ、帰りましょう真くん」
「うん」
僕らは並んで靴箱を出ようとした。
その時ちょうど――――最悪のタイミングで、運動場の方からこちらへやって来た人影があった。
「あれ、シン。こんな時間まで何やってるの?」
世奈だ。
部活中だったのか、部指定のジャージを着ていた。
「え、えーと、僕は」
口の中が乾いて仕方がない。
声を出せないほど喉が緊張している。
「よく見たら東桂木さんも一緒じゃない。珍しい組み合わせね。何があったの? ……あ、そうだ。シン、ちょっと待っていなさいよ。もうすぐ部活も終わるから一緒に帰ろ」
「い、いや、違うんだよ世奈」
「何が違うの?」
疑うことを知らない澄んだ瞳で世奈は僕を見つめた。
僕は眩暈がした。
「実は、言ってなかったんだけど、僕と一葉さんは」
「……『一葉さん』?」
世奈の顔色が変わる。
それを見て、一瞬僕は言葉に詰まった。
一葉さんが口を開いたのは、そのすぐ後だった。
「私と真くんはお付き合いしてるんです。先週から」
「え」
世奈は口を開けたまま固まった。
心臓が押しつぶされてしまうような重たい沈黙が続いた。
僕は死にそうだった。
事実、今この瞬間なら世奈に殺されてもいいと思った。
すぐに世奈が暴れだすと思った。
―――だけど、そうはならなかった。
世奈はただ、強張った笑顔を浮かべて一言、
「ああ、そうだったの」
と呟いた。
「せ、世奈……?」
「なんかあんた最近変わったなって思ったもん。そういうことだったのね。じゃあ、一昨日のアレも東桂木さんのための予行演習ってわけだったんだ。そうね、あんたそういうこと相談できる女友達なんていないものね。ずっと不思議だったんだけど、やっと謎が解けたって感じだわ」
世奈はそのまま僕らの横を通り過ぎていく。
「柊さん……」
「こいつね、気が利かなくてダメで愚図でノロマだけど、優しくて思いやりがあって本当はすごくいい奴だから、何があっても見捨てないであげてね」
すれ違いざま、世奈は一度立ち止まって僕らの方を振り返り、言った。
「世奈」
「なーんだ、あんたもやることやってんじゃない。せっかくあたしが付き合ってあげようと思ってたのに、残念だわ」
世奈の声は明るかった。
まるで、この状況そのものが冗談だと言って欲しいみたいに。
「……世奈」
「男ならちゃんと女の子を守ってあげなきゃダメなんだからね。そういうとこちゃんと分かってるの、シン」
「世奈、お前……」
「何? あ、女心についてアドバイスが欲しいの? 仕方ないわね、やっぱりシンは私が居なきゃ何もできない――」
「世奈、お前、何で泣いてるんだよ……」
「え?」
口元に笑顔を作ったまま、世奈は泣いていた。
涙を零して、大きな瞳を真っ赤にして。
「なんでなんだよ、世奈……」
「……っ!」
僕の言葉をきっかけにしたように、世奈は僕らに背を向け教室の方へ走っていった。
後には、世奈が脱いでいった運動靴と―――何も言えなくなった僕と一葉さんが取り残された。
※※※




