暴走特急佐藤真
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世奈に絶縁を告げた日の帰り道、僕は再びバスに揺られていた。
一番後ろの席に座り、昨日起こったあの忌まわしい事件を思い返しながら。
うーん、何度思い出しても腹が立つ。全く持って許せない。
そもそも、僕はずっとあの女が嫌いだった。
小さい頃から僕は世奈の下僕扱いだったし、何かと人の顔を伺うような性格になってしまったのも世奈のせいだ。
世奈は中学まで空手をやっていて、やたらケンカも強かった。僕みたいに貧弱な男が口答えをしようものなら完膚なきまでに叩きのめされてしまう。
だから――逆らえなかった。
柊世奈の圧政に屈し続けてきた。
そんな風だから、僕はずっと『自主性のない根暗人間』というレッテルを貼られ続けてきた。
世奈さえいなければ、僕はもっと社交的で明るい、爽やかな好青年になっていたに違いない……いや、それはさすがに言い過ぎか。
とにかく僕は世奈が嫌いだったんだ。
中身は最悪なくせに、妙に男受けするあの顔とか、そこそこ優秀な成績とか、小さい頃から抜群だった運動神経とか、やけに頭に響く甲高い声とか――。
「高校における女子の制服は男子の劣情を煽ります! 性の商品化です! 女性蔑視です! 即刻廃止すべきです!」
バスの車内に金切り声が響き渡った。
気になって見てみると、中高年くらいの女の人が目の前の席に座る女子生徒に向かって何かを叫んでいるところだった。
女の人からネチネチと文句を言われている、その黒髪ロングヘアの女子生徒には見覚えがあった。
同じクラスの、東桂木一葉さんだ。
容姿端麗、眉目秀麗、成績優秀と三拍子そろった隙の無い美人で(もちろんスタイルもいい)、一説によると校内には複数の東桂木ファンクラブが存在し日々派閥争いを繰り広げている……らしい。
そんな東桂木さんは目の前で叫び散らす女の人を前に、黒目の大きな瞳を伏せ、困ったような顔で俯いていた。
ど、どうしよう。
周りの乗客も見て見ぬフリをしている。
東桂木さんは俯いたまま動かない。
その様子を見て女の人はますますヒートアップする。
「そもそも、瞳の大きな女性や胸の大きな女性を好む昨今の男性の性的嗜好は奇形フェチとも呼べるもので、これも女性の性的搾取に繋がるものなのです! 生理や出産の痛みを知らない愚かで下劣な、女性を性的な目でしか見ることのできない男性に好まれる女性というのもまた、男性を助長させるという点で憎むべき存在なのです! ですから、あなたのような人が持ち上げられる社会は間違っているのです! 私の話を聞いているんですか? 反論できないなら私の勝ちですが?」
少しだけ顔を上げた東桂木さんと目が合ってしまったのは、その時だった。
「……や、やめろよ!」
気が付けば僕は立ち上がり、そう言っていた。
乗客の視線が僕に集まる。
―――うわ、僕、また何かやっちゃいましたか?
いや、事実、やっちゃっているのだが。