ゲームのカードを落としてしまったのですが!
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こんなことになったのにはもちろん理由がある。
というか、僕は理由もなくこんなことをするような人間じゃない。
それは昨日、学校からの帰り道でバスに乗っていた時のことだった。
周りには内緒にしている趣味だが、僕はカードゲームを嗜んでいた。
『マジカルトゥギャザー』と呼ばれるそのカードゲームには、超高価なレアカードが存在する。
その名は『真っ黒なスイレン』。時価にして数万円はくだらないその超レアカードが、高校の近くにあるカードショップに入荷した。
ショップに出回ることも珍しいそのカードが、僕の住む片田舎に流通するなんてことは万に一つもあり得ないようなことだった。
この千載一遇のチャンスをモノにするべく、僕は小学校の頃から貯め続けていた貯金箱の中身を全部出した。
それでもまだ足りなかったので、最近なぜか高く売れるマスクやトイレットペーパー、河原で拾っただけのただの石ころをフリマアプリで売りさばき、ようやく『真っ黒なスイレン』を買えるだけのお金を手にした。
そうした苦労を重ねようやく手にした『真っ黒なスイレン』。
神々しいそのカードをバスの車内で取り出し、隅々まで舐めるように眺めまわしていたとき、事件は起こった。
「シンじゃない、偶然ね!」
突然背後から声を掛けられ驚いた僕は、あろうことかカードから手を放してしまった。
そしてそれは運の悪いことに、バスが停留所へ到着しドアが開いた瞬間だった。
さらに不運なことに、その日は風が強かった。
僕の手から離れた『真っ黒なスイレン』は、風に乗ってどこかへ飛んでいき、薄暗くなり始めた町の中へと消えてしまった。
同時にドアが閉まり、バスは発車した。
時価数万円のレアカードを飲み込んだ風景がみるみる内に遠くへ過ぎ去っていく。
「お、落とした……」
「え、何? どうかしたの?」
背後から僕の顔を覗き込んできたのは、世奈だった。
「ゲームのカード落としちゃった……」
「え? ゲームのカード? あー、あれ? 小学生とかがやってるやつ? あんたまだあんなのやってたの? 恥ずかしー!」
世奈のその言葉を聞いた瞬間、僕は目の前が真っ暗になった。
何が起こったのか分からなかった。
次に意識を取り戻した時、僕は自分の家の、自分の部屋のベッドに倒れこんでいた。
自分の頬を伝う一筋の涙と共に―――。
「ウワァァァァァァッ!」
あの時世奈が僕に声をかけさえしなければ、僕がゲームのカードを落としてしまうこともなかったのに。
すべてはあの女のせいだ。
あの、自己中心的でわがままな、柊世奈のせいだ。
――――これが、僕が世奈と絶縁することを決意した事件の一部始終である。
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P.S.(プレステではない) マスクやそれに類する紙製品の転売、根拠のないデマを流すのは……やめようね!