あんなのが『ヒロイン』!【後編】
「とにかく、私のクロエ様攻略の邪魔だけはしないでよね!」
「いやいやなに言ってるの無理でしょ! 今の好感度見えてる!?」
「黙れライバル! アンタの言う事なんて信じるわけないから!」
「そういう問題じゃなくてぇ! 貴女、ゲームの記憶があるなら知ってるでしょ!? ラスボス戦には、攻略対象との愛の力で目覚める力が必要にな——……」
「だからそんな事知ってるっつーの! だから邪魔するなって言ってるのよ! クロエ様との愛の力で、私は必ず『星祝福』に目覚めるから!」
「っ!」
なんでクロエ様なの!
今の貴女の好感度じゃ無理だってば!
っていうか、もう無理だってば! 時期的に!
「あのね! 貴女の好感度じゃクロエ様は……!」
「あげないわよ!」
「!」
……あげ、ない?
なに、言ってるの……?
「アンタなんかにあげないわ。このゲームのヒロインは私なんだから! 誰一人だってアンタにあげない! 全員私のものよ!」
「も、もの……!?」
あれ、これ、なに?
私も、前にアンリに言った事がある。
——ワタシノモノ……。
そうだ、わたしがヒロインだから、攻略対象たちは、みんなわたしのもの……そう、あの時は思っていた。
でも、違う。
「クロエ様たちはものじゃない! ちゃんと心のある『人間』よ!」
「攻略対象なんだから私のものなの! 邪魔するなら、容赦しないから!」
「きゃ!」
腰に下げていたのは、訓練用の模造剣だろう。
一応場内で騎士見習いも模造剣ならば帯剣が許されている。
それを抜かれて、剣先を突きつけられた。
「っ……!」
「二度と偉そうにしないでよ、当て馬! 次は刺すからね」
本気だ。
剣を鞘に戻し、ふん、と鼻を鳴らして背を向けて去るローゼンリーゼ。
……怖い。……怖かった。
剣を向けられるって……かなり怖い。
「あんなのがヒロインなんて……」
クロエ様の魔剣を抱き締める。
……魔剣、そうだ、魔剣……浄化して調整しなければ……予備の眼鏡も。
「…………」
悔しい。
でも、わたしはわたしに出来る事をしないと。
魔剣はクロエ様が命を預ける武器だもの。
今度も、どうかクロエ様を守ってって、祈ろう。
それしか出来ない。
一緒に戦えないんだもん、わたしは。
翌日。
早朝にクロエ様が魔剣と予備の眼鏡を取りに来た。
今回も出来をとても褒めてくれたし、心強いと微笑みかけてくれたけど……。
「はぁぁぁ……」
「溜息大きいわねー」
「だって……」
仕事に身が入らなくて、今日はお庭でミールームさんとお茶会です。
リルちゃんも誘えば良かったかなーと思ったけど、わたしに関わったせいでライバル役として活躍させてしまうのは可哀想。
程良い距離感で、程々に関わらずいた方がいいよね……きっと。
今回の伐採はそれ程遠い場所じゃないから、順当に終わればそろそろ帰還してくるはず。
「ふえええぇ……」
「陛下なら大丈夫よ」
「う、うん、そうだよね」
心配なのはそれだけじゃないんですけどねー!
「ルナ! ルナはいるか!」
「!? クロエ様!」
玄関が乱暴に開く音。
そして、クロエ様の焦った声!
慌ててカボチャの中に戻ると——!
「今回も最高の出来だったぞ! いや、本当に!」
めっちゃ無傷で超元気笑顔ー!?
でも血塗れぇ!!
「ちょ、クロエ様! 大丈夫なんですか!?」
「ああ、今回もルナの浄化した魔剣で絶好調だったぞ! そして新しい魔石も手に入れた!」
じゃじゃーん、とばかりに見せられたそれは、かなり大物!
それを受け取ると、禍々しい気配……。
っていうか、重! でっか!?
あー、はいはい、これを浄化するんですね……こいつぁとんだ大物だ、時間がかかりそうだわ〜。
んじゃなくて!
「……あの、ローゼンリーゼさん、は……大丈夫だったんでしょうか?」
イベントは成功したの?
クロエ様は……ローゼンリーゼに攻略されちゃうのだろうか?
……嫌だな……。
いや、普通に考えて今更ローゼンリーゼが難易度最高レベルのクロエ様を攻略出来るとは思えないんだけど、それでも!
「は? 誰の事だ?」
「……え? ……えーと、あの、昨日、クロエ様に直談判してきた人間の少女で……」
「ああ、あいつの事か……名前は覚えるつもりがない」
「え、えぇ……」
覚えるつもりがないのお〜!?
お、覚えられないの!? ヒロインなのにぃ!?
「そんな事より」
そんな事扱い!?
いや、せめて無事かどうかだけ聞かせてくださいよ!?
「もうすぐ秋の後期。『豊穣感謝祭』がある。知っているか?」
「……『豊穣感謝祭』、ですか?」
えーと、確かアンリが「簡単に言うと収穫祭」って言ってたイベントか。
確か告白イベントがあるって言ってたわよね。
好感度の高い攻略対象に告白されて、ヒロインは『星祝福』に覚醒する。
その力により、ラスボス戦……『大災禍樹』と戦う。
「…………」
そんな大事なイベントの前だというのに、名前を覚えるつもりがないと言われるヒロイン……。
昨日の啖呵が、痛々しいなぁ。
「ルナ?」
「あ、す、すみません。一応話だけは聞いています。『風蒼国』でいうところの『収穫祭』のようなお祭りですよね」
「ああ、そうだ」
ふんわりと微笑まれる。
ぐっ、心臓にダイレクトアタック!
イケメンすぎてわたしが死にそう!
「その祭り、共に過ごさないか」
「え……」
「此度の褒美も兼ねてだが。……城のパーティーもあるので、またパートナーを頼みたい」
「え、えぇ……」
ドヤァ、と満面の笑み。
とはいえ、これは——普通に嬉しい。
クロエ様と一日一緒にいられるのだ……。
いつもお仕事で忙しいクロエ様と、ゆっくり出来る……?
「あ……あの……」
でも、いいのだろうか?
——『アンタなんかにあげないわ。このゲームのヒロインは私なんだから! 誰一人だってアンタにあげない! 全員私のものよ!』
あんなヒロインに、クロエ様を攻略させたくない。
いや、まあ、普通に……時期的に考えても無理だけど。
無理なら……しっかりと無理だと思い知らせるべきでは?
クロエ様は、わたし……わたしが……!
「………………」
でもヒロインが『星祝福』に目覚めなければ、『大災禍樹』はどうするの?
『前作ヒロイン』のわたしはもう『星祝福』には目覚めない。
つまりローゼンリーゼに『星祝福』に目覚めてもらうしかないのだ。
でも、『星祝福』は愛の力でしか目覚めない力。
ローゼンリーゼがあのままでは——。
——『邪魔だけはしないで!』
邪魔なんて、するつもりはない。
少なくともあの子にクロエ様は攻略出来ない。
それでももし、クロエ様を諦めないようなら……諦めさせるしかない?
けど、あの子……わたしがクロエ様にこれ以上近づいたらきっと、今度こそ剣を……。
「…………。不都合があったか?」
「! ……あ、いえ……そういうわけでは……。……でも、そうですね……頂いた魔石の大きさを考えると、もしかしたら『豊穣感謝祭』までかかるかもしれないので…………保留でお願いします」
「ふむ、そうか。確かにかなり大きいからな。通常ならば一月はかかりそうなものか。では、他に褒美を与える。希望があればなんでも言え」
「…………」
これには微笑み返すしかない。
欲しいものなんてないんだもの。
わたしは今なんでも与えられてる。
生きがいとなる仕事も、住む家も、食べるものも、なんでも。
他に欲しいものを求められても、なんにも浮かばない。







