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ミカ・トドルは知りたいだけである   作者: れん月さくら
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 何故なら、そういう性なのだとしか説明ができない。


 なぜ? どうして?

 様々な質問をして、『なぜって……、そういうものだからだよ。理由なんて、たぶんないんじゃないか? そうと決まってるだけだろう』なんて、曖昧な返事をされてもされてもされても私は、疑問を抱き続け口にしてきた。

 周りからの目が面倒くさい子供だと露骨に疎んじるものに変わっても、私の口はぽろりと、息をするように問いかけてしまう。

 ねぇ、どうして?

 問いかけた相手の眉間の皺を何度見ても未だに口から出てきてしまうのだから、もう諦めるしかないだろう。

 疑問はきっと、私、ミカ・トドルの性質そのものなのだと。


 しかし、その質のせいで、まさか魔王側近の嫁になるとは、夢にも思わなかったのだが。






 朝日が昇り始め、塔の最上階にある部屋に光が注ぎ込み始める。

 円形の部屋中央に置かれたベッドの膨らみがもぞもぞと動き始め、そしてやがて、シーツを捲り少し赤みがかった黒髪の女の子がもそりと起き上がってきた。

 痩せぎすの薄っぺらい女の子は眠気を飛ばすように、うんと背伸びをする。

「……いい天気だなぁ」

 欠伸混じりにそう呟いて、女の子はベッドから降り窓辺へと近づく。

 魔王城の周囲は常にどんよりと暗雲がたちこめ濃い霧に満ちている、という話が人々には伝わっており、少女も今までその話を信じて生きてきた。だがそれは実際は人間が来た時の魔法による演出であり、晴れの日も雨の日も曇りのち晴れの日も普通にあるのだ。

 特に今日は雲一つなく空は青く澄み渡り、遠くのグリフォンの群れもよく見える晴天であった。

「お早うございます、トドル殿!」

 窓を開け朝日を浴びていたミカ・トドルは窓の外で小型のドラゴンに乗った骸骨兵に声を掛けられ、ぺこりと頭を下げる。

「おはようございます、見張り勤務ご苦労さまです」

「いえいえ、これが私の務めですからな。それにもう交代の時間で、トドル殿を見かけたので挨拶をしに来ただけですよ」

「そうだったんですね、ゆっくり休んでください、隊長殿」

「まぁ、休む必要もなく、永眠はまだまだできないのですがな、アッハッハ!」

 何と返すべきか未だよく分からないアンデッドジョークに、ミカは曖昧に笑い返し誤魔化した。

 そうしてドラゴンに乗った隊長が去って行くのを見送り振り返ったミカは、すっかり慣れてしまったあらゆる光景を何となく改めて見詰め返してみた。

 窓の外に広がる魔王城と、見張り番の隊長とドラゴンを始めとした様々な魔獣やモンスター。広い部屋も、与えられた家具の立派さも、大きなベッドも含め、全て最初は目玉が飛び出る程に驚いたものだ。

 なにせミカは、平和ボケしたど田舎の村娘だったのだ。ひもじい思いをする程にまで貧しくはなかったが、魔王城にある物全てがミカにとっては本の中でしか見たことのない物であった。

「……さてと、顔を洗って支度して、ルエン様に会いに行かないと」


 独り言を零して気持ちを切り替え、ミカはさっそく身支度を始めた。




 身支度を終えたミカは、これまたすっかり見慣れてしまった豪奢な魔王城内の長い廊下を、とてとてと左右の三つ編みを揺らして小走りで進んでいた。


 薄紫の照明によって鈍く光るタイル張りの床と、黒く重厚な円柱の柱。左右の壁は深い赤で、巨大な額縁だったり銅像だったりと、統一感のない奇妙なオブジェがあったりなかったりして続いている。

 不気味な雰囲気だが、慣れれば気になることも特にない。そんなことよりもミカは、荷物を床にばら撒かないように注意を払っていた。両手に抱えるのは大きく分厚い本二冊に羊皮紙、その上に羽ペンやインク瓶を乗せている。その荷物もあって小柄のミカにとっては、なかなかの運動になる小走りだ。

 しかし、のんびりも歩いてもいられない理由があった。

 なにせ魔王城が、とんでもなく広大なのだ。

 縦にも横にも大きく、天井も高く、装飾品も大きくて、歩いているモンスター達に巨体も珍しくない。そのせいでミカは魔王城に来たばかりの時は遠近感が狂ってしまい、距離感がなかなか掴めなかった程だ。そして今でも、遠近感覚にはあまり自信はないような状態である。

 そんな中、大柄な魔物は当然たったの一歩、二歩でミカを追い抜いて行く。それ以外の人間のような見目の者達も、滑るようにあっという間に廊下の向こう側へと消え去って行ってしまう。文字通り縦横無尽に飛んで行ってしまう者達だって沢山いた。

 そんな中ちんたら歩くのは迷惑な気もして、ミカは必死の小走りなのだ。

「ミカ、ミカ、ご覧なさい。新作よ、どうかしら?」

 名を呼ばれた方に顔を向けると、空中に浮かぶ見知った少女がいたためミカはスピードを緩めて、にこやかに挨拶をする。

「アーニヤ、おはよう。えっと、素敵だと思うけど、ドレスは私には似合わないと思うよ。この服みたいに動きやすい服を作ってくれると嬉しいなぁ」

 天地を逆さまにして空中にいる少女は、その長い銀の睫毛を伏せ、不服そうにして唇を尖らせる。

 ミカはそんなアーニャを、相変わらず美しいなぁと思いながら見ていた。

 上下が逆なのに一切乱れず落ちもしない刃のような銀の細い長髪、透ける白い肌。夜空のグラデーション色したフリルたっぷりのタイトなドレスを纏ったその姿は、美しい夜空を人の形に落とし込んだかのようだ。

 そんな彼女が持つのは、大きなリボンが一つ付いた深緑で光沢のあるドレスだ。シンプルながら、なかなか派手な一品である。

「貴方が飛行魔法をさっさと習得すればいいのよ。それならドレスでも問題ないわ」

「あはは……、頑張ります……」

「だいたい、これは日常生活用じゃないって見て分からないの? 貴方がアーガシャ様の妻として振る舞う時用の衣装よ。夜にのんびりする時には、そのポケットだらけのズボンじゃなくてもいいでしょう」

「あっ、えっと、あー……、うん、ソウダネー……」

 曖昧に返事して目を逸らすミカに、アーニャはさして興味を抱かずに床へとひらりと着地した。進行方向に立ち塞がれ、強制的にミカは足を止められる。

「まぁ、いいわ。とにかくこの衣装を貴方に合わせて細かい所を決めていきたいのよ。当然、付き合うわよね? 私の作品完成に、当然ッ、協力するわよね?」

「も、勿論するよ、喜んで!」

 ドレスをモデルに当てて吟味しながらまくし立てた彼女に、ミカは慌てて何度も顔を縦に振る。

 衣装という作品を仕上げる行為は、アーニャの趣味である。そして今現在、アーニャの情熱は燃えに燃え、滾りまくっている状態なのだ。そしてその原因は、ミカであった。

 アーニャは吸血鬼である。しかし別に、吸血鬼だから衣装制作に燃えている訳ではない。

 むしろ吸血鬼の殆どは、衣服そのものに興味がない。なにせ不死と人外の美貌を持つ彼らにとって衣服など、わざわざ意識するような物ではないからだ。汗もかかず着替える必要もない彼らにとって、服とは自身が操る黒い影をそれらしく身に纏うだけのもの。興味関心など、抱く訳もないのだ。

 そんな中、自身で衣装制作までするアーニャは例外中の例外で、当然彼女はそのパッションをぶつける相手になど今まで全く会えなかったのだ。

 着替えが必要な、少なくとも他の吸血鬼より話を聞いてくれる、趣味に付き合ってくれるミカに出会うまでは。

「アーニャの衣装は凄く素敵だもん、楽しみだよ!」

 本心だが、アーニャの機嫌が悪くならないように配慮した想いもあって力強くミカは肯定する。狙い通り機嫌は良くなったらしく、吸血鬼の口角は綺麗に吊り上がった。

「ふふん、それなら良いわ。ところで貴方、今から旦那様の所に行くのでしょう、連れて行ってあげるわ」

「ありがとう、アーニャ」

「その代わり、」

「夕方に予定を空けておくよ。図書室に行かないで、部屋で待ってる」

「あら、分かってるじゃない」

 ニコニコとますます機嫌を良くしたアーニャに、ミカはこっそり微笑ましく思う。最初は恐怖と驚愕しか抱けなかった魔物達も、今ではすっかり、村で時折面倒を見ていた子供達のように思うようになっている。

 黒い影が、ミカの足元からブワッと吹き上がる。唐突に持ち上げられバランスを崩したミカは慌てて本と羽根ペンとインク瓶を腕の中に閉じ込め腹で受け止め、尻餅をついた。そうして、まさに荷物のように影という真っ黒な布に包まれながらミカは自身が高速で移動していることを感じとる。

「ア、アーニャ、こういうことをする時は事前に言ってほしい……」

「あら、本当に人間って繊細ねぇ」

 不思議そうに小首を傾げるアーニャの妖しい紅の瞳と目が合ってしまい、すぐに視線は逸らされたが、それでもミカは冷や汗をかいた。

 吸血鬼のアーニャがその気になれば、人間のミカのことなど瞬時に殺せる。意のままに操ることだって、容易い。

 そもそも、ミカは与えられた首輪と、左腕のブレスレットがなければ魔王城の中で生きてゆくことさえできない儚い存在だ。

 時折その事実を思い出すと、ミカは自身の小さな心臓が怯えたようにバクバクと激しく動き出してしまう。


 不安を胸に、黒い影に包まれながらミカは魔王側近のルエン・ルナ・アーガシャの部屋に着くまでの暫しの間、目を閉じていた。




 魔王城を正面から見て右奥にある高くどっしりした構えの塔は、それぞれの部屋の高さがとても高い五階建てである。


 最上階を除いて各階が魔王城と細い廊下で繫がっているそこは、魔王側近のルエン・ルナ・アーガシャという者の私室も兼ねた仕事部屋の塔だ。

 三階に繋がる廊下前でアーニャと別れ、ミカは厳しい顔をした石像兵の間を通り抜け塔へと向かう。

 そうして両開きの厚い扉にミカが近付くと、扉の隙間からぬるりと黒い影が滑り出て来た。

 これまた見慣れたそれは、あっと言う間に輝くように真っ白な執事服を着た真っ黒な人型の薄っぺらい何かに変わった。

 綺麗に一礼したそれは曰く扉の開け閉めと警備だけを任された操り人形であり自我はないのだと、ミカは部屋の主から教えられている。しかし何となく無視することもできず、ミカはいつものように軽く会釈してその横を通り抜けた。

「おはようございます!」

 入ってすぐの部屋には居なかったので、上か下のどちらかにいる部屋の主に来訪が伝わるようにミカは声を張り上げる。

「ミカか! 今そちらに行くから、少し待っててくれ!」

 どうやら下にいたらしい彼の低い声を聞き、ミカは分かりましたと返す。

 手荷物は部屋中央の巨大な地図が拡げられた机の上に置き、ミカは近くのソファにちょこんと腰掛けた。部屋の主に合わせられた家具は大きく、腰掛けたミカの脚は浮いている。

 暫くして、ギシギシという音が部屋の両端にある階段の片方から聞こえ始めた。そちらにミカが目を遣ると、ちょうど黒髪の頭部が見え始める頃だった。

 うねりながら一つに緩く束ねられた漆黒の髪に続き、肌は真逆に真っ白の男が階下から現れる。本来白いところが真っ黒で縦の金の瞳孔と真紅の瞳を持つ端正な顔立ちの彼は、長身さもあって迫力のある存在だ。

 魔王側近の迫力ある彼が現れ、ミカは立ち上がる。ミカはまたいつものように、顔を真上に向けてその彫刻のような顔を見上げていた。

「やぁ、おはよう、ミカ」

「おはようございます、ルエン様」

 室内では軽装をして武装解除している彼は真っ黒な服だけを着ており、すらりと長い手足の魅力がそのシンプルさによって引き立てている。 

 その長い腕の先、細くて白いがゴツゴツと節くれだった男の手が湯気の上がるマグカップを持っていた。

「良ければこれを飲んでみてくれ、薬草茶だ」

「えっと、薬草茶、ですか? ……良い香り。いただきます」

 差し出されたマグカップをミカは素直に受け取り、口を付けた。

 そんなミカのことを魔王側近は、その立場に見あわぬ優しい眼差しで見詰めていた。

「ミカ、生活には不便は生じてないか? 食事も滞りなく運ばれているか?」

「はい、大丈夫です。御心配してくれて、ありがとうございます」

「何を言うか! 何度でも言うが、私には君を攫った責任がある! 君を血色を良くして今より太らせてから親御さんのところに帰す腹積もりだからな!」

 相も変わらずな彼の様子にミカは思わず笑ってしまい、そしてふと思い出したあることを指摘する。

「あ、そういえば、よくよく考えたらそれって設定が破綻するから駄目ですよ」

「えっ」

「ここは恐ろしい魔王城で、私は攫われた哀れな人間ですからね。気紛れで生かされたって設定でもギリギリなのに、血色よくなってたらもう説明できないですよ」

「………………それは、そうだな。し、しかし君を栄養失調で倒れさせるのは心苦しいし、君の親御さんに申し訳ない」

 その端正な顔を台無しにして眉を八の字にする彼を、ミカはまあまあと宥める。

「そこは後で考えましょう、ルエン様。私が戻るのはきっと、ずっと先の話になるから」

「……うむ、それもそうか」

「ルエン様ー、資料、持って来たッスよ〜」

「あぁ、ありがとう」

「ここに置いておきますねぇ」

「……えっと、そちらの方は?」

 にこりと人懐っこく笑うオレンジの短髪の男の子が階下から現れ、ミカは緊張しつつ尋ねた。

「こいつは薬草採取から昨晩帰って来た私の助手、ディックだ」

「はじめましてー、ディックです!」

 元気と笑顔を満点にした様子で茶色の分厚い革手袋をした手を差し出して来た男の子につられ、ミカは素直に片手を差し出しそうとした。しかし、その間に太い木の枝がにゅっと横から現れ握手は阻害される。

「ディック、これを握ってみろ」

 ルエンが差し出した太い木の枝をディックはニコニコと笑ったまま快活な返事をして握り返し、そして、粉砕した。

 彼がギュッと握り締めた箇所はボロボロと崩れ落ち、その先の枝が床に落下しガランッと大きな音をたてる。

「その調子で握ったらミカの手は粉々だからな、気を付けろ。すまないな、ミカ。ディックは狼男なんだ。ディック、人化を解き忘れているぞ」

 指摘された瞬間、あ〜と間抜けな声を漏らした少年の頭部から獣耳が生え腰からは尻尾が生える。そして彼は納得したと、ニッカリ笑った。

「そっか、ミカさんは人間でしたね! すみません、ルエン様、気を付けまっす! ミカさん、気を付けるので、これからよろしくお願いします!」

 そう言って愛くるしい笑顔で手を再度差し出してきたディックを見て、その手を見て、また相手の笑顔と八重歯を見て、ミカは、震えながら片手を差し出した。

「よ……、よ、よろしく、お願いします……」

 しかしビビっていたのはミカだけではなかったらしく、ディックは一切ミカの手を握り返してはこなかった。ミカだけが、相手の手をぎゅっと握り返していた。

 そして、握られた彼は驚愕の顔をして、独り言をこぼす。

「ひッ、非力……!!」

 ミカは、今まで普通に働いてきた村娘だ。だから、流石に人間の中でもそこまで脆弱ではないはずだが、先程彼がした行為を思えばもしかしたら狼人間の赤子以下の可能性があるため結局何も言えなかった。

「それから、私達のことも教えてある。彼は信頼できるからな」

「そうッス、全っ部、知ってるんスよ! それじゃあ早速、例の件を確認させて頂きますね!」

 言うやいなや、ぐいっとミカに顔を近付けたディックは鼻をひくひくと動かしスンスンと鼻から空気を取り込み始めた。

 それはどう見ても、ミカのことを嗅いでいる行為だった。

 ミカの臭いを、ディックが嗅いでいたのだ。

「っ!? わ、わ、わ、私、くさっ、臭いですか!?」

 ここまで露骨に他人から匂いを上から下まで嗅がれたことのないミカは、顔を真っ赤にしてパニックになる。

「……うーん、やっぱり臭いですね」

「ヒィッ、ご、ごめんなさい! 桶を借りて沐浴はしてたんですけど足りなかったですか!? 水が冷たくてしんどいから、つい早く済ませちゃって……!」

「ミカ、ミカ、落ち着いてくれ。色々聞き逃せないところもあったが、君が“人間臭い”という話だから」

「……へ?」

 人間だから人間の臭いがして当たり前であり、それの問題点が理解できないミカだけがきょとんと首を傾げる。

「ルエン様の匂いが薄すぎるッスよ〜。これだと頭の悪い奴とか突発的にしか考えない奴とかと会った時、ふつーに危険です。もっとアーガシャ様の匂いを付けて、マーキングしないと」

「そうか……。この城の勤務者はある一定の知能レベルの規程を設けているが、しかし万が一も有り得るからな……」

 椅子に腰掛けて仕方あるまいと深くため息を吐き出したルエンは、その両手を広げてがら空きの懐をミカへと向ける。

「ではミカ、不本意かもしれないが、こちらへ」

「………………………えっ」

 その手に持つマグカップをかろうじて握り締め続け、ミカは瞬きを繰り返す。

「私の匂いを君につける。君が私の妻であり私のモノであると知能が低い者達や喧嘩っ早い者達もすぐ解るようにするため、君を守るためだ。許してくれ」

「いっ、いえ、許すなんて、その、ルエン様は何も悪くないし、その、解って、解ってますから……! ちゃんと!」

 魔族にある法律は唯一つ、一文のみ。

 “他人のモノを奪ってはならない”

 魔族から見て脆弱な人間であり玩具でしかないミカは、このルールによって、ルエン・ルナ・アーガシャのモノ、妻であるという事実によって、守られているのだ。

「……お、お邪魔、いたします」

 ガチガチに緊張し真っ赤になりながらミカは訳の分からぬことを口走りながらルエンに近づいた。

 頭の中では、ミカが嘗て読んだ本のとある一ページが渦巻いていた。それは、互いに愛し合う男女が同じ馬に乗っているシーンだ。

 男の膝の上で女性は頬を染めて長い睫毛を伏せ、男はそんな彼女に愛しさを抱く描写。その繊細な描写と綺麗な挿絵がぐるぐるとミカの脳内で渦巻く。

「それじゃあ、ミカ、失礼するぞ」

「ひゃ、ひゃい!」

 抱き上げられルエンの膝に乗ったミカは真っ赤な顔を上げ、そして、すぅっと一気に感情を冷めさせた。

 そこには、無慈悲な現実が待っていた。

 遠かったのだ、ルエンの顔が。

 挿絵では、男女の顔は近く唇が触れ合いそうな程だった。しかし、ミカとルエンとの顔の距離は遠い。少なくともルエンがミカの睫毛の長さや恥じらう頬の近さに気付けるような距離ではない。

 更にいうなら、気付いてしまったのだが、ミカはあの挿絵の女性には成り得ないのだ。

 挿絵の彼女のように睫毛は別にそこまで長くないし緩くウェーブして風に柔く揺蕩う亜麻色の髪はないし、そして、豊かな胸もない。

 最も近い絵面は、親子だ。子供を膝に乗せてやる父親の絵面に今のミカとルエンの絵面は近かった。

「……くっ!」

「どうした、ミカ? そ、その、やはり膝上が恥ずかしいというのなら、」

「いえ! ちっとも恥ずかしくありません!」

「そ、そうか……。ちっともか……」

 男女のそれではなく近所の親子が幼子を膝に置いていた光景に近いのだと分かれば、ミカは実際に最早欠片の羞恥も抱いていなかった。綺麗サッパリ、何も気にしていなかった。

「それでは、作戦会議を始めましょう」

「お手伝いするっす、ミカ様!」

「様はいいですよ、ディックさん」

「それなら俺も、ディックで!」

 ニコニコ笑う狼男に村に居たとある男の子を思い出し懐かしさを感じながら、ミカも笑って頷く。

「そ、それでは、この世を平和にするために、尤もらしいエピソードを」

「えぇ、頑張って、作り上げましょう」

「応援するっすよ!」

 地図を拡げ、各国の情勢と、某所に集まった魔族殲滅軍の現状報告書を並べて、世界平和のための話し合いが開催される。

 魔族殲滅軍の拠点に向かうため二週間前に旅の支度をしていた彼女自身、ミカ・トドルがこの光景を見たらきっと「なんで?!」と、口にするだろう。しかし同時に、喜びを抱くのも事実だろう。

 なぜなら、ミカ・トドルの質問に、魔王側近たるルエン・ルナ・アーガシャは答えてくれたのだから。


 世界の真実を。



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