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アシンデレラ

作者: 特撮仮面

 昔々あるところに、『灰被り(シンデレラ)』と呼ばれる少女が住んでいました。

 身長は百七十センチメートルほど、襤褸の服に包まれた細身の身体はたゆまぬ鍛練によって作り上げられた野獣を思わせるしなやかな肉体。

 灰被りの名の通り、手入れのされていないくすんだ金髪をうなじで乱雑にまとめた彼女は、継母とその連れ子たちに駒使いのように働かされています。

 毎朝家の掃除をし、継母たちの食事を作り、壁を拭き草むしりをする。端から見れば綺麗な服を着て悠々自適に生活をする継母たちがどれだけの悪人かと思われるかもしれませんが、実のところ灰被りはこの境遇を特別嫌がってはいませんでした。

 灰被りは磨けば光る自分の容姿には全くもって無頓着なのですが、綺麗好きなので掃除をするのが好きです。継母たちの食事も、自分なりに考えた身体に良い食事を提供し、美味しさと健康の両立を目指すという目標があり、なんだかんだ美味しいと言ってくれるので満足しています。それに、早朝の空いた時間などにはランニングなどが行えますし、過酷な掃除もある種の筋肉トレーニング。日々これ鍛練と考えれば苦しいときは――筋肉痛が来たときくらいです。


「ふっ……ふっ……」


 そんなある日のこと、いつものように隣町まで買い出しに行った灰被りは、頭から水を被り走っていました。と、そんな彼女は帰り道に道端に奇妙なものを見つけました。

 うーん、と唸っている黒いもの、それは外套を纏ったお婆さんでした。

 それを見た灰被りの動きは迅速でした。まずお婆さんに駆け寄り遠くから声をかけ、少しずつ声を大きく、そして身体を揺すらず肩を軽く叩いて耳元へ声をかけます。

 唸るお婆さんの口元に手を近づけ、呼吸を確認。身体に目立った傷は見られませんから、もしかしたら熱中症かもしれません。

 判断してからの灰被りの動きは迅速でした。彼女の手には藤細工の籠。先程行った給水で水筒の中身は空っぽ。最も近い身体を休めることができて水を補給できる場所は――彼女の家です。

 お婆さんを横抱きに抱えた灰被りは走り出しました。先程までの体力を考慮した走りではなく、誰かを助けるための全力の走り。両腕が塞がり乱れる筈のフォームは竹のようにしなやかな体幹により制御され、その両足は身体の上下運動を抑えつつ啄木鳥のように残像を残して地面を蹴っています。

 これこそ灰被りの編み出した究極走法、名を灰被り走り。極めれば馬車より速く、それでいて本を読み飯を食うことすら出来るこの走り方。後にこれを会得したある国の少年が後世にて黄金の脚を持つ次郎と呼ばれ勤勉の象徴とされることとなるのだが、それはまた別の話です。


母様(ははさま)、急ぎ水を――しまった、今日は舞踏会ではないか!」


 お婆さんを家に連れ帰った灰被りは、流れる汗もそのままに継母に水を要求するのだが、家には誰もいなかった。

 それも当然のこと。今日は城で舞踏会がある日だった。継母たちは灰被りに師事を請い、食事に筋トレと日々努力を行った結果はコミットされ美しい身体を取り戻し意気揚々と城に向かったのを思い出しました。

 灰被りは抜群の身体能力を活かしたブレイクダンスや創作ダンスは行いますがそれ以外には興味がなく、さらに継母たちから「お城の料理は脂っこいから訓練メニューを考えておいてッ」と言われていたので完全に舞踏会のことが頭からすっぽぬけていたのです。

 やっちまった、と後悔は一瞬。健脚と同じく彼女の脳も素早くしなやか。そんなことよりお婆さんの処置をしなくては。灰被りが地下倉庫から分厚い氷を持ち出し手刀で砕いていると背後から声が。


「お嬢さんや」

「お婆さん、まだ寝ていないと駄目です。安静にしていてください」


 岩塩に拳を降り下ろしながら灰被りがお婆さんに言います。水に塩を混ぜそこに少量の檸檬、てきぱきと作業をする灰被りが準備を終えて振り返った時、そこに居たのは――


「おばあ、さん?」


 灰被りは目を疑いました。先程までしわくちゃだったお婆さんが、今では三十代ほどの美しい女性となっているからです。

 外套越しにも分かるその豊満な肉体。ですが灰被りが注目したのは脚。黒の外套からスラリと伸びる純白の脚は、彼女の目から見ても天性の、鍛えられたものであるということが分かります。


「――貴女はまさか、美魔女!?」

「あら、よくご存じね」


 美魔女、それはたゆまぬ鍛練の果てに行き着くとされる生ける伝説。ただ筋肉質なのではない、ただ痩せているわけでも、ただ肉があるわけでもない。生存するに足る脂肪と筋肉の黄金比によってのみ成り立つ究極の肉体を持つ者。それが美魔女です。

 生ける伝説、同じ肉体を鍛える者の憧れでもある美魔女の登場にさしもの灰被りも焦ります。


――こんなみすぼらしい格好では――


 その時灰被りの脳裏に稲妻がはしります。それは己の肉体の限界を越える行為。ですが灰被りは迷うことなくそれを実行に移したのです。


「覇ッ!!」

「――むむっ、全裸っ!」


 服に手をかけた灰被りは一息で服を脱ぎ捨てました。まず上着を掴んだだけでスカートはおろか下着まで脱げるのはおかしいはずなのですが、筋肉式脱衣法ならそれくらい余裕です。

 灰被りの心を受け、美魔女もまた――


「応ッ!!」

「なんと!?」


 脱ぎました。なんという早業。というかこの人外套の下に何も纏っていなかったのでは?

 二人の間に暫しの沈黙。スッと右手を差し出し、握り合う。

 真っ昼間に森の中にある家で二人の美女が全裸で微笑みながら握手をしている。なんと頭の悪くなりそうな光景なのでしょうか。ですが二人とも満足そうなので良しとしましょう。

 さて、そんなこんなで美魔女との会合を終えた灰被り。服を着直し二人で鶏肉のササミと野菜のサラダを食べながら灰被りは尋ねました。


「美魔女様は何故あのようなところで倒れていたのですか?」

「お恥ずかしいことに手持ちを全部なくしてしまってね……」


 曰く彼女はこの先の国で開催される超人ポールダンス世界大会に出場するために故郷を発ったのですが、実は筋肉以外にずぼらな彼女はお金をどこかに落としてしまったと言います。

 困った顔をした美魔女を見て灰被りは一言断って席を立つと自分の部屋に戻り、帰ってくるとその手には麻袋が握られていました。


「わずかですがこれを。それと保存食も持っていってください」

「――こんなにいいの?」


 袋に入っていたのは、灰被りが継母たちから渡されていたお小遣いを貯めたもの。ずっしりとした重さは今後の旅を楽にしてくれること間違いなしです。

 流石にこんな大金を見ず知らずの者に渡すなんてと気持ちだけ受け取ろうとする美魔女の手を、灰被りが制します。


「構いません。この森ならトレーニング器具は十分。服だって食事だって出来るのです。ならばそのお金たちは使われるべき場所にあってこそ。どうかお受け取りください」

「だが……」


 それでも渋る美魔女に、灰被りはにこりと笑いました。


「では、世界大会で優勝し私たちに希望を与えてください。それで結構ですから」

「――約束しよう。今回の大会、何があっても優勝してみせると」


 固く、腹筋に力を込めて誓う美魔女。ですがこのまま貰いっぱなしというのは彼女のプライドが許しません。

 貴女は何かほしいものはないのか。灰被りは急に尋ねられて困ってしまいます。


「私には家族と健康な身体があるので……」

「ううむ、確かにそうだが……」


 なにか、なにか恩返しがしたい。部屋を見回した美魔女は偶然それを見つけました。

 机におかれた手紙――そう、舞踏会への招待状です。


「――ならば貴女を舞踏会へ参加できるようにしましょう」

「私には母様たちのような美しいドレスなどありません」


 灰被りも女の子。やはり舞踏会への憧れはあります。ですが彼女には舞踏会に向かえるようなドレスなどありませんでした。


「ふむ、ならばこうしましょう」

「え――ッ!?」


 その時、突如として美魔女の指が灰被りの身体に突き刺さります。

 突然の凶行、何のために、


「服が――ドレスに!?」


 なんと彼女の着ていたみすぼらしい服が可愛らしいドレスに変わったではありませんか。


「生物には気の流れがあります。それは衣服であっても同じ。その流れを司るツボを突くことで貴女の服を変化させたのです」

「あの、美魔女様、それはありがたいのですが――動きづらいです」


 肩は重く、花のように拡がるスカートは分厚い。これでは身体を動かせない。灰被りは何の躊躇もなくスカートを破こうとしますが、それに待ったをかけて美魔女は再度ツボを突きました。

 するとドレスはみるみる姿を変え、今度は彼女の身体に吸い付くような不思議なドレスに変わりました。

 大胆に開かれた背中と脚の付け根まであるスカートのスリット。それだけならただ淫らなだけの筈のドレスは、灰被りの肉体美により健康的な色気と美しさを引き立てます。


「それとこれを」

「これは――硝子?」

「それは硝子の靴。あらゆる人の足に最適化される魔法の靴です。それを履けば素足となんら変わりのない動きが出来るでしょう」


 硝子の靴なんて下手をすればR18G一直線ですがこの作品ではダイヤの武器並みに凄いものなので問題ないのです。

 靴を履きトントンと爪先を合わせる灰被り。驚くほど身体が軽い。これならいくらでも走れるでしょう。


「招待状があれば貴女も城に入れるでしょう。では最後にこれを」


 美魔女の手には鼠。なんと今の一瞬で家の中に侵入していた鼠を捕らえたのです。

 彼女が鼠の身体を指で突くと、メタァッという擬音と共に鼠の身体が変形、なんとスターティングブロックに変形したのです。


「硝子の靴も私の魔法も、午前零時までしか効果が持続しません。さあ灰被り、行きなさい」

「ありがとうございます。このご恩は一生忘れません!」


 家を出て鼠式スターティングブロックを設置。美魔女の掛け声と共に灰被りは城に向けて走り出したのだった。



 ところ変わってここは王城。舞踏会の会場では色とりどりの花が咲き誇っていました――


「はぁ……」

「王子、もっとシャキッとしてください」


 この国の王子はとてもとても大きく嘆息しました。

 王子にとってこの舞踏会は婚約者探し。ですが王子の眼鏡に叶う女性は今のところ現れていません。というか現れないといっても過言ではないのです。


「こんなのじゃ俺、やる気なくしちまうよ……」

「何をおっしゃる! 大事な婚約者の選定だというのに」


 お付きの人の言葉に、でもなぁ、と王子は魂の抜けた声で言います。


「ここに居るのはどいつもこいつも脚悪いやつばっかじゃん。あ、少し前に居たあの三人の女性は筋が良いんだけど……」


 王子は重度の脚フェチだったのです。美しい脚を見ているだけでご飯三杯はいける。

 ですが、この場にいるのは上半身ばかりかまかけて下半身が酷い者ばかり。挙げ句皆ただのドレスで脚なんて見えませんから、婚約者選びに脚が重要な要素となる王子にとってこの舞踏会がどれほど退屈なものか。

 無論、服の上からでもバスト、ウェスト、ヒップ、脚の形を見切る能力を持つ王子ですが、今のところ一番良いのは三人の女性でした。


「ああ、良いですよねあの三人。私はあの小さい子が好みです」

「ああ、あの気が強そうな」

「はい。あの溢れ落ちそうなサイズ。恐らくIでしょう」

「でも垂れてるんじゃないの?」

「あの姿勢の良さと張り具合から見てあの大きさを支える筋肉があるのは確実でしょう」

「それに顔も好みだもんな」

「あれは性格も合致しますね」

「俺は今のところあの身長おっきい」

「ああ、いい踝ですね」

「馬鹿野郎うなじだよ。ポニテ最強」

「なるほど」


 しかしあの娘、運命かもしれない。兄弟のように育った気が強い娘やロリ巨乳大好きな世話役の言葉にやれやれと肩を竦める王子。

 重度の脚フェチ王子にその世話役、性癖含め色々酷いですが何が一番酷いって、この二人見た目がとても良いので端から見ていればどんなに内容が酷い会話でも様になってしまうということでした。


「どうする? お前決める?」

「それは後程……しかし、王子こそ悠長に構えていられない筈ですよ?」

「……そうだけど、なぁ……」


 この会場に彼の眼鏡に叶う人はいない。どうしたもんかと手元の水を口に含もうとして――グラスを取り落としてしまいました。


「どうしたんですかおう――ッ!?」


 嫌にグラスを落とした会場に響き、世話役もまたソレに気がつきました。

 もう誰も来ない、そう思われていた舞踏会会場の扉が開き、足音が響きます。

 太陽の如き眩き光を背にした足音。軽快な足取りはその者の脚に対する自信を表現します。逆光のシルエットは細身の女性。そのシルエットに、王子は背筋が震えました。

 会場に現れた女性――そう、灰被りです。

 頭の高い位置で纏められた誇り高き名馬の尾。切れ目は妖しい光を保ち、この国では見ない身体のラインを強調する布のドレスは、すらりと伸びたしなやかな四肢と彼女の獣を思わせる力強くも美しい肉体を全身で表現します。

 いえ、そんなことはどうでもよいのです。王子にとって重要なのは、大胆に露出された四肢。特にその深すぎるソリットから覗く脚。筋肉と脂肪の黄金比。筋肉だけではない、脂肪だけではない、脚の極致がそこにあります。もう、駄目でした。


「王子?」

「我慢できねぇちょっと行ってくる!!」

「待ちなさい私も行きます」


 先程目をつけた三人の娘のもとに向かう美しい女性。親しい雰囲気からどうやら身内か何からしいことを悟って二人は焦らずゆっくりと迅速に素早く歩き出しました。




「灰被り!? 貴方どうして、それにそのドレス……」

「色々ありまして」


 恥ずかしそうに頬を染める灰被りに、継母は思わず涙ぐみました。

 灰被りは美しい。それでいて嫌味はないし誰かのためになることを進んでやれる良い娘だった。しかし、あまりにも自分に無頓着。仕事に出る自分と二人の娘に弁当を渡して見送り、健康的な食事を考え、疲れているときはマッサージをしてくれる。あまりにも献身的すぎて最初は嫌っていた娘たちも今では灰被りにべったり。

 だが、灰被りは見返りを求めない。舞踏会だって自分の貯蓄を崩して一品贈るような娘。だから継母は嬉しかった。どこで手に入れたかは知らないが、こうしてドレスを着て自分の思うように舞踏会に来てくれたことが嬉しいのです。


「灰被り、一緒に踊ろ?」

「待ちなさい、初めてはこの(わたくし)よ!」

「ちぃ姉にだー姉、落ち着いてください。……三人で踊りますか?」

「待ちなさい私を自然な流れで除外しないで」


 娘と踊りたくない母などいるはずがないだろうッ!! もちろん、と継母の言葉に頷き手を差し伸べる灰被り。

 四人で手を繋いで円陣を組んでみたのはいいのですが、何を踊ればいいのかわかりません。そもそも四人で踊る踊りなんてあるんでしょうか。


「じゃあ盆踊りしましょ」

「いえ、ここは回りましょう」

「わかりました。では扇を」


 お母さんそれ組み体操。では音楽に合わせて跳んで回りましょう。お母様、それはエアロビクスです。

 あーでもない、こーでもないと話し合う家族の姿をみて、灰被りはクスクスと口元を隠して微笑みます。眉尻も下がり、本当に幸せそうです。


「わかりました。では間をとって灰被りを頂点としたピラミッドを建設しましょう」

『それだッ!!』

「まってみんなそれ恥ずかしい」


 誰が灰被りに踏まれるかなどと話し合い始めた三人を必死で止める灰被り。


「すみません、そこのレディ?」

「はい?」


 振り返るとそこには目を瞑り恭しく礼をする腰に帯剣した男性。

 もしかして彼が声をかけたのでしょうか?


「よければ私と一曲踊っていただけませんか?」

「……………………あの」


 いえ、目を瞑っているのではありません。足元に目を向けて蔑んでいるのです。

 灰被りが足元から聞こえた声に下を向くと、そこには自分の脚に極至近距離から話しかける男の姿。思わず足を降り下ろした灰被りは悪くありません。


「あひんっ」

「え」

「……こほん。手と間違えてしまいました申し訳ない」


 一瞬物凄い恍惚とした顔をした気がしますが気のせいでしょう。

 立ち上がったのは 、灰被りですら見上げてしまう美丈夫。黄金色の髪に、彫刻のような美しい顔。この国の王子であるマックスです。

 仕草一つ一つにキラキラなトーンが貼られるような美しさ。現に周りの女性たちはキャーキャー騒いでいます、が、間近で彼の本性を見た灰被りはじとっとした目をマックスに向けますが、マックスはにこにことイケメンフェイスを崩しません。


「美しいお嬢さん、私と一曲踊っていただけませんか?」

「えー、わたしですかぁ?」


 はっ、いけないっ!! 灰被りのセンサーが唸りをあげます。

 振り返った場所では、先程の騎士のような男性がちい姉に声をかけているところでした。

 騎士の目的はもう顔に出ています。身長差により上から除き込める大きく開けられた胸元の凶悪な胸。身長差により生まれる視覚効果と僅かなモーションで嫌みなく胸を強調する姿勢をとる歴戦のタクティクス。

 ちい姉は、あどげない顔をした身体は大人、容姿は幼い女性ですが、中身は灰被り家長女、年長で数多の男の道を外し、再起不能に追い込んできた夢魔と呼ばれることすらある我が儘娘です。

 ちい姉の顔が物語っています。玉の輿だと。男の顔が物語っています。おっぱい最高と。お互い欲望を全く隠す気がありません。


「騎士様、お止めください。その方に手を出すと大変なことになりますッ!!」


 姉の心配なんてしません。姉に手を出せば数多のお友だちが彼女を助けますから。でも、そのその他大勢のお友だちを増やすのは忍びない。


「安心してください。私は紳士ですから、決して悪いようにはしませんよおっぱい」


 イケメンスマイルも鼻血を出していたら意味がない。というか語尾が欲望駄々漏れです。

 ポンコツになった世話役を見て、王子と灰被りが共にため息を吐きました。と、二人とも互いに見合って苦笑い。なんとなくシンパシーを感じたみたいです。


「なんかすいません、家の姉が……」

「いえいえ、家の変態こそ……」

『シャァラァァッップッッ!!』


 ぺこぺこと頭を下げ合う二人に、姉と変態が叫びます。


「筋肉バカが言うんじゃないわよ!」

「足フェチ王子は黙っててください」

『ああん?』


 二人の言葉に王子と灰被りの表情が剣呑なものに変わり、両者の間に火花が散ります。

 身体を鍛える、走り込む、筋肉フェチという年頃の娘とは思えない趣味を持っているとはいえ常識人の灰被りと、極度の足フェチで時々暴走しますがそれ以外のときはいたって常識人な王子。

 対するちい姉はそのボディを活かして常に男性から貢がせることを得意とし、露出の高い服で視線を受けることに快感を感じる変態。王子と子供の頃から一緒だった世話役の男性は、過去のトラウマから身長が小さく胸が大きい女性しか愛せない変態。

 今ここに決して相容れることのない、変態常識人と極度の変態による対決が行われようとしていました。


「でも、わたしは物騒なことが嫌いだからぁ、ここは舞踏会らしく舞踏デュエルで決着をつけましょう?」


 この国には古くからあらゆる事情を決める際に拗れたら、とりあえず決闘で全部決めるという割りと実力主義な伝統がありました。

 今回ちぃ姉が選んだのは、決闘舞踏デュエルダンスと呼ばれる競技。その名の通り、互いに交互にダンスを披露することで、技の難度、力強さ、美しさなどを競い、どちらが優れているかを決めるというもの。


「言っておくけど灰被り。わたしは三年前、この国の決闘舞踏大会で準優勝したわ」

「……わたしは、第43回決闘舞踏世界大会女性の部優勝者ですよ」

「――え?」

「ちなみに、俺は第43回の三位だったけど国家代表だしな」

「――あ」


 まさかの実力者に二人の額から汗が垂れます。でも、一度宣言した決闘は何があっても行わなければなりません。ここで取り止めてしまえばそれこそ恥です。


「はん! 上等じゃないの! 姉より凄いいもうとなんていないことを証明してやるわ!」

「ふふふ、今こそ王子に教えてあげましょう! 胸の素晴らしさを!!」


 顔を青くしながらも気丈に吠える二人を前に、王子と灰被りがニヤリと笑いました。

 その笑みは狼が獲物を見つけたときに浮かべるような獰猛なもの。二人の背筋に冷たいものがはしり、やっぱ取り消しちゃおうかなと思考したときには事の推移を見守っていた楽団が曲を奏で始めていました。

 曲調がまるで魔王に挑むような低い重低音なのはお約束なのかもしれません。



 数刻後、ちぃ姉たちを無事撃破した灰被りと王子は星空の下王城のテラスで涼んでいました。


「――ふぅ」

「満足したか?」


 身体を伸ばす灰被りは会場に現れたときとは打って変わってとてもリラックスした様子で、それを見た王子がクスリと笑います。


「こ、これはお恥ずかしいところを……」


 恥ずかしそうに頬を染め身を縮める灰被りに、構わないと王子は笑ってみせる。


「それより、楽しめているか?」

「……はい」


 王子の言葉に頷き、灰被りはテラスの柵に肘をのせ空を眺めて言いました。


「こんなに楽しかったのは久しぶりです。わたし、普通の踊りが苦手で、舞踏会って楽しめるのかなって不安だったんだけど……」


 今日来れて良かった。夜風を受け目を細める灰被りの横顔を見て、王子の胸がカッと熱くなります。

 この人だ。この人こそが俺の求めていた人だ。容姿が好みとか、足が好みとか、そういうことではない。魂が叫ぶままに王子は動きました。


「灰被り」

「……は――ぃ!?」


 急に王子に抱き締められ灰被りは大混乱です。

 顔をリンゴのように真っ赤にして、王子の堅い身体に思わず胸が高鳴ります。が、混乱するのは一瞬。大慌てで彼の身体を押し返そうとします。


「駄目です王子! こんなところを誰かに見られては――」

「構わない。灰被り、どうか俺と婚約してはくれないだろうか?」

「――――」


 婚約の申し込み、出逢って数刻ですが、王子の人柄を決闘舞踏によって魂で感じ取った灰被りは彼のことをとても気に入っています。それこそこの婚約を受けても良いと思えるくらいには。

 ですが、即断なんて出来ません。灰被りには今までの人生があります。誰にも頓着することなくただひたすらに己と家族のみとあった己。そんな自分が果たして王子と共に在って良いのか。彼は力強く美しい人物です。彼の人柄ならきっと自分のような女性よりも良い女性と出逢える。そう思うからこその躊躇。


「灰被り」

「わたし、わたしは――ッッ!!」


 彼女の心が傾きかけたその時、時計塔の鐘が鳴り響きました。

 それは午前零時を告げる鐘。灰被りの脳裏に美魔女の言葉が蘇ります。


『硝子の靴も私の魔法も、午前零時までしか効果が持続しません』


 灰被りが考えるより早く身体が動いていました。


「ごばぁッ!?」


 まず王子の足の甲を思い切り踏んづけることで彼の拘束を解除。距離が開いたところで振り返り彼の後頭部に手を添えるようにして胴体に膝蹴りを叩き込みます。これにより王子は完全に無防備。ふらふらと後退したところへ、ワン、ツー、スリー、のタイミングでハイキックが炸裂しました。

 その連撃は疾風迅雷。ゆっくりと回転を停止させ王子に背中を向ける姿は歴戦の戦士を思わせます。彼女の身体が停止するのと同時に王子の身体が床に激突。


「ごめんなさい王子――」


 そのまま灰被りはテラスから飛び降り、格好良いヒーローの着地を披露しつつ城を離れるのでした。



「最近灰被りに元気がないわよね……」


 舞踏会から数日後、継母は家で大きなため息を吐きました。


「そうですね……舞踏会から全然走ってませんし」


 だー姉も心配そうに窓の外を見ます。

 灰被りは今隣町に買い出しに行っていて、家には継母とだー姉の二人きり。ちぃ姉は舞踏会が終わってからあっちこっちを行ったり来たりで中々家に帰ってきません。


「ただいまー」

「ちぃ姉!? どこに行ってたんですか!!」


 灰被りの一大事に、と目を吊り上げるだー姉を、うるさいなぁと手で振り払い、いつものソファに座るとちぃ姉は悪党のような笑みを浮かべます。


「まあ、見てなさいって。面白いことになるわ」


 ちぃ姉の言葉の意味が分からず、継母とだー姉は首を傾げるのでした。



「はぁ……」


 地面を踏みしめ道を歩きながら灰被りは大きなため息を吐きました。

 まるで心の中に鉛でも入ってしまったかのような気持ちです。舞踏会が終わってから灰被りの心の中にあるのは、王子に対する後悔でした。

 反射的とは言えあんな残虐コンボを極めてしまったのです、真面目な灰被りに気に病むなという方が土台無理な話。そして舞踏会の日以来灰被りはすっかり走ることを止めてしまいました。

 心の底に残る何かが彼女の足を重くしているのです。その正体が分からない灰被りは来る日も来る日もため息を吐いてばかり、掃除にもランニングにも身が入りませんでした。

 そんな彼女を見かねた継母が気分転換にと街へ送ったのですが、どうやら効果は無かった様子。はぁ、とため息を吐き視線を下げて道を歩いていると、彼女の目の前に一つの影が現れました。


「――だ、大丈夫ですか!?」


 それは男性。外套を纏った男性が道で行き倒れています。心優しい灰被りは慌てて男性に近づくと容体を尋ねる為にかがもうとしました。その瞬間、男性が突如として彼女の足を掴んだのです。


「見つけたぞこの脚ッ!!」

「きゃぁああああああああああああああああッ!!」

「あふんっ!?」


 素晴らしいストンピングでした。高く掲げられた膝から繰り出される頭頂部から地面を蹴り砕くと言わんばかりの本気のストンピング。頭部を地面に埋めた男性はぱたりと手の力を抜きその場に崩れ落ちました。

 流石にやりすぎたか。灰被りが恐る恐る近づいていくと、ガバッと男性は立ち上がりました。


「見つけたぞ灰被り!」

「王子!? ど、どうしてここに!?」


 顔に土をつけて尚眩しい笑顔。そう、男性は王子だったのです。

 王子は身体についた土を払うと灰被りに手を差し伸べました。


「君を迎えに来た。それじゃあ不満か?」


 王子の言葉に灰被りは怯えたように一歩退きます。それは恐れから来る逃げの構え。素早く反転し走り出そうとした灰被りの身体が暖かいモノに包まれます。


「逃がさない。お前の足は本物だが、こっちだって負けてやるつもりはない」

「離してください!!」


 灰被りが必死の形相で拘束を振りほどこうとしますが、いくら灰被りが鍛えていたとしても男女では体格と筋力の差があります。腕の中で暴れる灰被りの顎を掴み、王子は唇を落としました。

 熱い。燃え上がるような熱に灰被りが停止します。王子が唇を離すころには彼女は顔をリンゴの様に真っ赤にして顔を伏せてしまいました。


「お前の口から答えを聞いていないからな。離す訳にはいかないさ」

「わ、わたし、わたしは――」


 確かに自分は答えなかった。ならば今此処で断ってしまおう。灰被りはキュッと眉を寄せて王子を見上げます。


「わたしはただの町娘、財力も何もありません!」

「俺の婚約には身分も何も関係ない」

「わたしには家事の仕事があります!」

「お前の家族は皆婿が見つかったぞ。あのちぃ姉という奴が上手くやりやがったんでな」

「えっと、わたしは他の方のような趣味は無いですし、女らしいことなんてできません!」

「お前の踊りは龍の如く力強く、天女の如く美しい。これほどの逸材があるだろうか」

「わ、わたしの趣味は身体を鍛えることですよ! それに、男性の筋肉が好きなんです!!」

「健康でいてくれるならそれ以上のことはないし、俺も王族、これでも筋肉には自信があるぞ」

「え、えっと、えっと……」


 言う言葉は悉く受け入れられてしまいます。いっそ否定してくれればいいのに、王子は優しく微笑み灰被りのことを受け入れようとします。

 だめだ。このままでは立てなくなる。熱に浮かされふわふわとした頭で灰被りは何とか言葉を絞り出そうとしますが、中々言葉になりません。


「灰被り。俺はお前のような娘が、いや、お前が欲しい。強く、優しく、王子であろうと容赦なく蹴りを入れてくるお前が!!」

「おう、じ……」

「むしろ蹴ってくれても構わん!! お前の足なら喜んで蹴られよう!! だから、俺の嫁になれ灰被り!!」


 灰被りの瞳から涙が溢れます。

 これほどまで熱い言葉があるのか。言葉の一つ一つが彼女の胸の炎を熱く燃え上がらせ、その熱は彼女の身体を動かす力に変わります。

 心を偽ることなんてできない。灰被りは心のままに王子の背中に手を回し胸に顔を押し付け、喜びを全身で表すと、顔を上げて満面の花の咲くような笑顔で言いました。


「――はいっ」


 そうして二人は近いの口づけを交わしましたとさ。


 その後、国中でスリットの入ったスカートが流行ったり、国王が舞踏大会で優勝したりと様々なことがありました。勿論、楽しいことや嬉しい事だけではなく、苦しいことや悲しいことだって沢山ありました。

 でも、この国の王様の隣には常に王様の背中を蹴り飛ばしてくれる穏やかに微笑む女性が居たと言います。そして、この国は末永く平和で穏やかに、けれど苛烈に続きましたとさ。


 ところでこの誓い、二人以外は森の木々や鳥が見ていただけで、実は他の人は誰も見てないんです。


 え? じゃあなんで貴女が知っているのか、ですか?


 それは――


「ちぃ姉様、何をされているんですか? お身体に触りますから早くお休みください」

「敬語は止めてよ灰被り。貴女今王女様なのよ?」

「いえ。ちぃ姉様はちぃ姉様ですから!」


 こんな純粋無垢な笑顔に言えないわよね。あの時の告白を家族全員+王族全員が見ていたなんて。


きっと誰もが考えたことがある。


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