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通学電車~気が付いたらあの人はいつもそこに居た~梅田彩

作者: 日下部良介

 新学期が始まった。電車に揺られて通学する日々が始まる。それはまたあの人に会えるということ…。




 気が付いたのは二学期の途中。帰りの電車で、いつも私が座る場所の向かいにあの人が座っていた。それがいつのことからなのか私には覚えがない。気が付いたらそこに居た。

 スマホにつながったイアホンをつけて、文庫本を読んでいた。私が乗るより先にその人はその席に座っていた。大人しそうで真面目そうな人。特にイケメンだというわけではなかったけれど、なぜか私はその人が気になった。私が通う学校のものとは違う制服を着ている。どこの学校だろう…。そんなことを考えながら、ずっとその人を見ていると変なヤツだと思われそうで私も本を広げた。そして、その人が降りるのは私より一つ手前の駅。最近タワーマンションがいくつも建った場所。その中のどこかにその人は住んでいるのかも知れない。


 終業式。と、いうことは明日から冬休み。

「彩、カラオケ行かない?」

 同級生の女子に誘われた。

「ごめん。ちょっと用事があって…」

「そっか。じゃあ、また今度ね」

「うん」

 本当は用事なんかない。ただ、帰る時間が変わったら、あの人に会えないかもしれない。どこの学校も今日が終業式のはず。学校が終わる時間も同じはず。私は学校が終わるといつも通りのペースで歩いて駅へ向かった。改札を通ってホームへ出る。間もなく来た電車に私は乗る。ドキドキしながら。

「あっ」

 思わず声を出してしまった。いつもあの人が座っている席には違う人が座っていた。私は仕方なくいつもの自分の指定席へ。

「あっ!」

 驚いた。あの人がそこに座っていたから。

「ごめん。ここは君の指定席だったね」

 そう言ってその人は席を一つずれてくれた。

「どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 なんということだ! あの人は私のことを覚えていてくれた。しかも、今日は私の隣に座っている。

「君は東校かな?」

「は、はい」

「お隣さんだ。僕は西校なんだ」

「えっ? でも、その制服…」

「ああ、これね。これは前の学校の制服なんだ。転校してきたばかりで。もうすぐ冬休みだから二学期の間はこのままでいいってことで」

「そうなんだ…」

 どうりで見覚えがない制服だと思った…。西校は東校より二つ先の駅になる。って言うか、私、この人と喋ってる!

 その後もその人はいろんな話をしてくれた。私はただ相槌を打つだけ。そして、あっと言う間にその人が降りる駅。

「じゃあ、僕はここで」

 その人が席を立った。手を振って電車を降りる。私は思わずその人のあとを追って電車を降りた。

「あれ?」

 その人は驚いた顔をしている。私はきっともっと驚いている。まさか、あなたのことが気になって、つい降りてしまったなんて言えない。言い訳を探さなきゃ…。そう言えばここの駅前に大きな本屋が出来たはずだ。

「ちょっと買いたい本があって…」

「そうなんだ…」

 その人はにっこり笑って言葉を続けた。

「僕も買いたい本があるんだ。一緒に行こう」

「はい…」

 マジか! 別に買いたい本なんかないのに…。


 ファストフードの店の窓際のカウンター席に並んで座った。結局本は買わなかった。しかし、これは予想外の展開。すると、突然その人が指差した。

「あそこ。あそこに住んでる」

 いくつか並んでいるタワーマンションの一つをその人は指差した。

「君は?」

 うわあ! 私の家を聞かれた? どうしよう。初対面の相手にいきなり個人情報を教えろと?

「一つ先の駅です。私の家は一つ先の駅です」

「ふーん。お嬢様なんだね」

 そこは高級住宅が立ち並ぶ、東京で言えば田園調布か白金かといったような場所。だから、この人は私のことをお嬢さんだと言ったのだと思う。

「そんなことないです。ウチは駅からずっと離れた普通の住宅街ですから」

 なんてことだ! 自分から個人情報をべらべらと喋ってしまった。

「そう言えば、自己紹介をまだしていなかったね。僕は日下部。日下部良介」

「あ、私は梅田彩と言います」

「彩さん。じゃあ、また冬休み明けに電車で会えるかな?」

「たぶん…」

「そう言えば、朝は会わないよね」

「いつもギリギリだから。たぶん、日下部さんの方が早い電車に乗っているんだと思う」

「そっか…。僕は7時45分の電車に乗るんだ。彩さんがもう少し早く電車に乗ってくれると嬉しいな」

「は、はい。頑張ります」

 なんでこうなる?

 結局、その後もその人のペースで、私はずっと乗せられっぱなしだった。さすがに電話番号やメールアドレスの交換まではしなかったけれど。そして、ファストフード店を出て私たちは別れた。




 今日はいつもより早く起きた。7時42分の電車に乗るために。

「あら、今日は早起きじゃない?」

 そんな母親の言葉も耳に入らないくらい、急いで朝食を平らげた。

「行ってきまーす」

 私は駅へ走った。間に合った。7時42分の電車。そして一つ先の駅。

「おはよう」

 あの人が乗って来た。

「また、会えてよかった」

 その笑顔がとても素敵だった。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 素敵な出会いが描かれていて良かったです。 心温まりました。
[良い点] 等身大の恋の予感が青春の煌めきを著していて、ほのぼのとした温かさを感じました。 [気になる点] 勝手な思い込みかもしれませんが、清廉無垢?な恋歌が押し潰されないように願います。 [一言] …
[一言] ふおおー! 初めてのギフト小説です……嬉しい! ありがとうございます。 そして現実でこんな出会いがあったら素敵なのに……。
2018/01/15 19:23 退会済み
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