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大切な人  作者:
8/8

第八章 終末

残酷な表現がありますので苦手な方はご注意ください。

「本当に来ちまったな」

 おかしいよな。あんなに探し回っても見つからなかった場所が、こうもあっさり現れてくれるなんて。

 実のところ、俺は淡い期待をしていたんだ。

 この場所に辿り着けない事を。

 そうすればもう関わるのは止めようと思えただろうから。

「うん」

 司は神妙な面持ちで、珍しく口数少なく答える。

「行こう」

 じっとりと掌が湿ってくるのがわかった。

 俺は狭い袋小路を進んでいった。

 高いブロック塀が奥に立ちはだかっている。

 先輩は、閉じ込められた、と言っていた。ここに何かある筈だ。

 俺はブロック塀を調べてみることにした。

「裕ちゃん!」

 緊迫した司の声に、すぐ振り返ると、面白いくらいに汗が噴出した。

「お前・・・」

 真赤な花柄の着物を着た花魁が、司の背後に立っていたのだ。

 乱れた髪、白い顔、赤い唇、黒い眼・・・薄気味が悪い。

「うわ!」

 その光景に気を取られていた俺は、不覚にも自分に忍び寄る影に気がつかなかった。

 背後から誰かに羽交い絞めにされてしまったのだ。

 女はニタニタと笑いながら、囁くように司に言った。それでも俺まで充分聞こえる声だった。

「あなたたちはオトモダチ同士でしょ?」

 意地でも答えてやるもんか、といった顔で無視した司だったが、女はその態度を大して気にする様子はなかった。

「あなたを逃がしてあげるわ。オトモダチを『殺していい』と言うなら。さぁ、どうする?」

「僕は逃げない!」

 司は震えながら怒鳴るように答えた。

「大した友情ね」

 さも愉しげにけたたましく笑う花魁と侍。

 なにがそんなにおかしいのか理解できない。

 狂気にさらされた俺は、文字通り身の毛がよだつのを感じた。

「じゃあ、仕方ないから、私と勝負して、私に勝ったらオトモダチと共にあなたも解放してあげるわ。もちろん、その時オトモダチが生きていればの話だけど」

「わかった」

 額に玉のような汗を浮べて答えた司は震えていた。

「オトモダチは私の連れが別の場所で相手してあげるよ」

 女の言葉を確かめるように、司は俺のほうを見た。

 その顔は驚きの表情だった。

 あぁ、そうか。

 俺はどんどん地面に沈んでいっているんだ。

 これが先輩が言っていた、閉じ込められた、というやつなのか?

「司!後で会おう!」

「わかった!」

 地面に飲み込まれながらも、司の力強い返事をぎりぎり聞き取った。


 そこは、広い空間だった。

 どれくらい広いのかはわからない。

 なんせ、真っ白な空間だから、壁が何処にあるのか、天井は何処にあるのか、光源はどこなのか、全くわからないのだ。

「さぁてと、あいつはお前の為に闘う事を決めたわけだが、お前はどうするんだ?」

 侍は、やっぱりニタニタ笑いながら、俺の周りをゆっくりと歩きながら言った。

「お前が俺に勝った時点で、あいつが生きていればお前は連れと一緒に帰れる」

 男は自分の言葉に陶酔するように続けた。

「だが、あいつが殺された時点で、俺はお前を殺す。逆も然りだ」

 ここまで言って、男は不気味に声をあげて笑った。

「安心しろ。一つだけ確実にお前が無傷で帰れる道がある」

 さっき司に訊いたのと同じ条件を言うつもりだろう。

 しかし、司と俺じゃ状況がフェアじゃない。

 司の場合のように、相手を目の前にした状況では、「殺していい」なんて言い難いに決まっている。

 こいつらはこうやって人間の感情を、ぼろくそに壊して愉しんでいるんだ。

「俺はお前と勝負する」

 男の台詞を待たずに俺は言った。

「ほぉ」

 侍は驚喜の笑みを浮べた。

「じゃあ勝負しよう。これが武器だ。言っておくが命がけの真剣勝負だからな」

「お前は斬ったら死ぬのか?」

「フフ。魂は消滅する。なんだ?殺してくれるか?」

 バカにしたように笑う男を見据えた。

「まぁ兎に角だ、時間はあまりない。俺の連れはああ見えて強いからな。武器はこの刀を使え。自分の足を切るなよ?」

 刀身一メートルくらいの太刀を渡された。

 こんなもの・・・扱えるわけが無い。

「俺日本刀なんてふったこと無いんだけど」

「・・・仕方あるまい。では脇差しでならどうだ」

 男は太刀よりも短い脇差を俺に投げて寄こした。

 腹を括って、それを受け取った俺は、見よう見まねでそれを構えた。



 満身創痍だった。

 刀ってのは切れ味が良いもので、深手こそ無いが、あちこち皮膚が裂けていた。

 隙を見つけて脇差を振り降ろすと、確かな手ごたえを感じた。

 そして男の両手首が落ちるのを見た。


 俺は見慣れた駐輪場に立ち尽くしていた。

 辺りは暗く、人気も全くない。

 今は真夜中のようだ。

 さっきまでのことが夢ではないんだと、手に持った脇差と体中の刀傷が証明していた。

 イマイチ事態が飲み込めない。

 あの男はどうしたのか?

 俺は勝ったのか?

 あれこれと考えをめぐらせていたが、視界の端に動くものを見つけて目を凝らした。

「司!」

 駐輪場の隅で蹲っていた司だった。

 出血が酷く、血だまりの中に倒れこんでいると表現するのがわかりやすい。

 辛うじて息をしているけど、これじゃあ・・・。

「裕・・・ちゃん?・・・良かった、勝ったんだね。きっともう、先輩達みたいな・・・被害者は出ないね・・・」

「喋るな!今救急車よぶから」

 携帯電話を慌てて落としそうになりながらポケットから取り出した。

 何度番号を押してみても、通じない。

 何で圏外なんだ。クソ!

「最後に会えてよかった。・・・僕一人で死ぬのは嫌だったから。裕ちゃんが来てくれて嬉しいよ」

 そう言って司は俺に抱きついた。

「動いたらダメだ!出血が・・・・・・司・・?」

 ・・・何だ?これは。

 喉の奥からこみ上げてくる・・・これは。

 俺の口から流れ出たものが、抱きついていた司の頬を赤く染めた。

「言ったでしょ?僕達はずっと一緒だって」

 司は無邪気な笑顔を俺に向けた。

 俺の背中から突き刺したあの脇差で、自分ごと貫いたまま。

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