第七章 親友
「ねぇってば!聞いてるの?」
怒り混じりの司の声が、突然耳に飛び込んできて驚いた俺は、間抜けな顔で彼を見ていたに違いない。
司は呆れてため息を吐いた。
「何を怒ってるんだよ」
「君が呼んでも答えないからだろ?」
考え事をしていたから聞こえなかったんだ。
「そうか。悪い」
俺は素直に謝った。
「この頃元気ないよね?」
俺の顔を覗き込む司は心配そうな顔をして、「もしかしなくても、あの事でしょ?」と続けた。
「あの事?」
鸚鵡返しに呟く。
頭で反芻する『あの事』という言葉から、大久保先輩の事が思い出された。
「何かあったんだね?」
教科書を閉じて、俺を見つめたまま司が訊ねた。
「・・・」
司に言うべきだろうか?
しかし、言ったらきっと無茶な事を言い出しかねない。
いや、寧ろ・・・。
「大丈夫だよ。僕はもう無茶な事はしないから。何かあの事件についてわかった事でもあるの?」
流石に俺の考えなんかお見通しだ。
俺はちょっと笑ってから答えた。
「あぁ。あの事件はやっぱりあの場所で起こったみたいだ」
先輩に会ったところから、今に至るまでを詳らかに説明した。
すると司の口から、聞いたことも無い怒号が飛び出した。
「ダメじゃない!危険なところに乗り込むなんて!僕には行くなって必死でとめたくせに!」
言うと思ったよ。だから話したくなかったんだけど。
「悪かったよ。兎に角大事なのはそこじゃない」
「ここも充分大事だから!」
ヘソを曲げた司は、フンと鼻息も荒く顔を背け、やけになってお菓子を頬張った。
俺はそんな司を気にすることもなく淡々と続けた。
「俺さ、また行ってみようかと思うんだ」
司は慌ててお菓子をジュースで胃に流し込んでから口を開いた。
「なら僕も一緒に行くよ。やっぱり霊なんでしょう?」
「多分、花魁と侍の格好をしたやつがそうだと思う」
「・・・あの噂、強ち嘘でもなかったんだね」
司は『消える道』の話を言っているんだ。
確かに、場所こそ違うけど内容は酷似している。
本来ならこの件に、司を巻き込みたくはなかったけど、巻き込まざるを得ないのではないかと言う考えが俺にはあった。
あの場所に行くには、二人以上でなければいけないんじゃないか、という懸念だ。
先輩の話では、その花魁と侍は人間が追い詰められた時の感情を弄んでいるように思う。
『仲のよい友人の命と自分の命』を天秤にかけさせることで。
「危ないんだぞ?」
こんな台詞、体裁だけだとわかっていた。
司がこういってくることを予測していたから。
だからこそ、俺はこの話を彼にしたんだ。
「そんな事は承知の上だよ。僕と君、二人で行かなきゃ誰と行くの?」
強気な笑顔だった。
勘のいいやつだから、俺が思っている以上の事を理解しているのかもしれない。
「もしかしたら、先輩達と同じ事態になるかも知れない」
「その事態が起こること前提でしょ?大丈夫。僕は君を裏切ったりしない。僕達はずっと一緒だよ」
「疑ってもないさ。俺も司を裏切らない」
俺達はハイタッチして確認するように手を握った。
そうだ。
俺たちの絆は半端じゃない。
兄弟みたいにずっと一緒に育ってきたんだから。
この腐れ縁のしぶとさを証明してやるか。
「いつ行く?」
「そうだな。先輩が事件にあったのと同じ、木曜の夕方行ってみよう」
まるで遊びに行くような感覚で、俺達は日取りを決めた。
そしてまた、何事もなかったかのように、和気藹々とした勉強会が始まる。
決戦の日は明後日だ。




