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大切な人  作者:
4/8

第四章 大久保朝里

グロテスクな表現があります。苦手な方はご注意ください。

 玄関のチャイムに、心臓が潰れるほど怯えていた。

「ごめんくださーい。大久保さーん。宅急便でーす」

 私はまだ、あれが現実だったのか夢だったのか、判別できていない。

 現実ではありえないとは思う。

 だってあの先には駐輪場があるはずだもん。

ピンポーン

「大久保さーん」

 男の声だ。

 一瞬不安が過ぎったけど、あの男の声でないのはすぐにわかった。

 でも、出るのは気が進まない。・・・とはいうものの、お母さんは買い物に出ていて居ないんだから・・・私が出るしかないか。

 渋々玄関まで歩いていき、覗き穴から外を覗いてみると、白猫ナデシコの配達のお兄さんが立っていた。その腕には大きなスチロール箱を抱えている。

 私はホッとため息を吐いてから扉を開けた。

「あ・・・すみません。お届け物です」

 もう帰ろうとしていたお兄さんは、笑顔で戻ってきた。

 受領印を捺すと、「どうも、ありがとうございまーす」と足早にトラックへ帰っていった。

 いつも白猫ナデシコの人は感じがいい。

 でも今日のお兄さんは初めて見る顔だった。新人さんだろうか?

 私は荷物がクールであることに気がついた。

 スチロール箱に、生もののシールが張ってある。

「差出人・・・名前かいてないじゃない。しかも・・・私宛?」

 お歳暮とかに、両親の友人がホタテとかイカをこんな風に送ってくれることはあるけど、私宛に来ることなんて無い。

 差出人が書いていない時点で気持ちが悪い。

 あれ?品名のところに何か書いてある。

「肩ロース、モツ、胸肉、背脂・・・」

 やだ・・・何?全部肉じゃない。こんなに大きな箱に・・・。

 こんなもの捨ててしまおう。

 私は、妙な焦燥感を感じながら、送り状を剥がして箱ごとゴミ捨て場まで持っていこうとしたけど、重すぎて持ち運べなかった。

 

 お母さんが帰ってくるなり、畳み掛けるように荷物の話をした。

 こんな気持ちの悪い物は早く手放したかったのだ。

「まぁ、嫌だわ。警察に連絡しましょう。送り主不明の荷物なんて気持ち悪いもの」

 さすが母。手際よく処理してくれた。

 警察は少ししてから到着した。

 私に、荷物を受け取った時の事を数点訊いてから、箱を訝しげに見て、それが危険物の可能性もあるから署に持ち帰って調べると言って、箱を抱えてパトカーまで運びこんで帰っていった。

「あぁ、よかった」

 あの箱がなくなったことで、奇妙な安堵感が訪れ、ため息がもれた。

 母もすっかり笑顔になって、「さてと、今日はハンバーグよ。気合入れて作るから美味しいわよ〜」と、いつもの明るい調子のお母さんに戻った。


 お父さんも帰ってきて、三人で食卓を囲んでいると、ジリリリリと耳障りな電話のベルが鳴り響いた。

「はい。大久保です」

 余所行きの声でお母さんが対応する。全く、作りすぎだっての。

「あ、さきほどはお世話になりました。・・・はい。・・・」

 そう言いながら相槌を打つ。

 きっと警察からだろう。

 そう思うと、心臓が早鐘のように脈打ち、自分の顔が強張っていくのが解った。

 私には心当たりがあった。

 本当はなんとなく頭の端っこに感じていたんだ。

 あれは誰からの贈り物なのか。

 中身が何の肉だったのか。

 ・・・喉が・・・渇く。

「え?」

 ただならない顔で、お母さんは私を見る。

 やだ・・・もしかして、ばれちゃったの?

 私が悪い人間だって・・・私が卑怯な人間だって・・・。

 恐怖を顔に張り付かせていた私を、心配性なお父さんは、驚いて慌てふためいた。

「朝里?一体どうしたんだ」

 それでも私は、お母さんの言葉を漏らさないように聞き入り、黙っていた。

「明日ですね。わかりました。・・・はい」

 何が明日なの?

 何がわかったの?

 やだもう・・・なんでこんなことになっちゃったのよ・・・。

 喉の奥がつっかえて、目頭がじんわり熱くなっている。

 身体が震えているのがわかる。

「はい。失礼します」

 お母さんの受話器を置く手が震えている。

「なんだったの?」

「警察からで、あの箱の中身がわかったんですって」

「だからなんだったの!?」

 苛立って怒鳴ってしまう。

「女の子の身体が入っていたそうよ」

 そう言ったお母さんの声が震えていたことに、気付かないほど、私は一つの確信を前に自己嫌悪に陥り、罪悪感に苛まれていた。

 そして、ことの大きさに耐え切れずに泣き崩れた。

 あれはやっぱり現実だったのだと。

 この苦しみは、吐き出さなければ、私は壊れてしまう・・・。

 話したら両親は私を見放すだろうか?

 嫌いになるだろうか?

 家族に自己を否定されるかも知れないという恐怖と、自分の行動が招いた結果に恐怖した私は慟哭した。

 声をあげて泣いたのは、もう随分久しぶりのことだった。

 その間お母さんは私を抱きしめて、背中を擦ってくれていた。

 お父さんも困惑していたけど、ただ黙ってそこに居てくれた。


 暖かい両親に感謝した私は、しゃくり上げながら、事の経緯を両親に話り始めた。

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