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大切な人  作者:
2/8

第二章 瀧田司

 派手な音が教室に響き渡った。裕ちゃんが思いっきり椅子ごと転倒したんだ。

 邑井むらい裕貴ゆうきは僕の親友で、兄貴的存在でもある。僕にとって親の次に付き合いが長い。

 裕ちゃんは、昔から理知的で現実主義な性格で、クラスメイト達がはしゃいでいても、どこか冷めた目で眺めているようなやつだった。

 物事に動じる事なんて殆ど無い彼が、こんなに動揺している姿を、僕は初めて見る。

「大丈夫?裕ちゃん」

 慌てて席を立ち、裕ちゃんの手を取って起こす。

「気味の悪い冗談は止せよ」

 裕ちゃんは渋面を作り、唸るような声で言うと、汚れた制服を叩いて椅子を立て直した。

「あの話の流れで、僕が冗談を言ったと思うの?」

 いくら僕だって、あんな冗談は言わない。ああいう特定の条件下で、居ないものを居るように言うのは良くない事を知っている。

 裕ちゃんは僕を困ったような顔で見つめたまま席に座った。

「いつから?」

 彼は交通整備のおじさんが、いつから彼の傍にいたのか訊ねた。相変わらず言葉が足りない。僕だからわかるようなもんだよ?

「昔から」

「何で今まで教えてくれなかったんだ?」

「じゃあ聞くけど、僕が話したとして信じた?」

「・・・」

 裕ちゃんはお茶のパックのストローを銜えたまま、難しい顔をして目を伏せた。

 彼の存在を、裕ちゃんに話す日が来るなんてことは、この先もないだろうと思っていた。

 それも、裕ちゃんから言い出すなんて、意外すぎて放心してしまったくらい。

 ぎりぎりまで、彼のことを話そうか話すまいか悩んだけど、きっと何か意味があってこの話題になったんだろうと思ったから、教えてあげたんだけど・・・。

「どうすればいい?そもそも俺は信じていないのに、何でお前は知っているんだ?」

 かなり動揺している。

 青い顔で言葉を並べる裕ちゃんが、あんまりおかしいから、思わず笑ってしまった。

「アハハ!言いたいことはわかるけど、日本語として成り立ってないよ」

「笑い事じゃない!俺はどうなっているんだ?そいつは何だ!」

 気持ちが悪くて仕方ない、という顔で、拳を机に叩きつけた。

 声を荒げることさえ珍しいのに。

 笑ったのは悪かったかな。裕ちゃんは僕と違って、こういう話から程遠い場所で生活してきたのだから。

「心配は要らないよ。一般に言われている守護霊ってやつだよ。ずっと昔から僕達が遊んでいる時も見守ってくれていたんだよ」

 彼は僕の話を聞きながら、キョロキョロと神経質に自分の横を見回している。

「何で司には見えるんだ?」

「体質らしいけど」

 僕の答えに、一瞬キョトンとした顔をした。

「・・・だめだ。自分の考えがわからない。俺は信じていないのに、俺が経験した事と、お前が言ったことは一致するんだから」

 裕ちゃんは、整った顔を別人みたいに歪めて、頭を抱えて机に突っ伏してしまった。

「おい、瀧田。さっきからどうしたんだよ。『鉄の男』邑井の行動がおかしいぞ」

 顔を上げると、クラスメイトの森高が、驚いた様子で僕に訊ねていた。

 それはそうだろう。

 裕ちゃんがこんなに取り乱している様子に、僕が驚いているくらいなんだから。

「彼は彼の人生において、想定外の現実にぶち当たってしまったんだよ」

 『俺は俺の人生において』これは普段、裕ちゃんが考えや哲学的なことを語るときによく使っている。

 僕も皮肉っぽく使ってみたけど、当の裕ちゃんは聞いてないみたい。

 森高は、「何だそれ。人生なんて想定外のことばっかりだろ」と首を傾げている。

「裕ちゃんにとっては、ありえないことだったんだよ」

「ふーん。まぁ、頑張れ邑井」

 深く訊くまでの仲ではなかったからだろうけど、それ以上は突っ込まなかった。そして、彼の肩をぽんと一つ叩いて席に戻っていった。


 それ以降、彼は上の空だった。授業なんて聞いていないようで、たまに思い出したように周りを気にしたりして、明らかに挙動不審だった。

 そんなに気にする必要はないと教えたのに。


 放課後、僕は下駄箱の前に突っ立っている裕ちゃんを見つけて声をかけた。

「あれ?今日は部活じゃないの?」

 彼は運動部に所属している。

 いつもなら木曜日は午後練があるはず。

「・・・今日は休む。司に聞きたいことがあるんだ。一緒に帰ろう」

「うん」

 僕らはまだ明るい通学路を、人の波に混じって歩いた。

「何で俺に見えていなかったのが、あの時だけみえたんだろうな。俺にずっとついていたなら、なんであの場所で出てきたんだと思う?」

 真剣な面持ちで僕を見る。

 それを授業中に考えていたんだね。流石に順応するのが早い。

「彼は君をあの場所から遠ざけたかった、って考えるのが自然だよね。裕ちゃんはあの時、入ってはいけない所に、入りかけてしまったんだよ。ほら、君って鈍感で頑固な鉄の男だから」

 きっと彼も、ストレートに伝えるためにそうしたんだ。

 裕ちゃんは『鉄の男』って座右の銘を聞いた途端にため息を漏らした。

「お前がふざけて言ったあだ名が浸透しているみたいだな」

「カッコいいじゃない。ま、兎に角さ、あの場所の事は忘れるのが一番だよ」

 そう。君は近づいてはいけないよ。

 僕の大切な親友だから。

 ずっと僕の傍にいて。

「そうだな」

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