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大切な人  作者:
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第一章 序章

「なぁ、司。駅前の通れない道の噂知っているか?」

 黒板を向いた椅子にそのまま逆に跨って、俺の机に昼飯を広げている瀧田たきたつかさに何気なく訊いた。

 司とは、家が近所だった事もあって、小学校前からの付き合いになる。

 俺達を知るやつからはよく言われることだが、別に合わせて同じ高校に進学したわけじゃない。互いに受験する高校の話はしていなかったのだ。

 それでも同じ高校に入ったのは、学力だとか考え方が似ていた結果だろう、と俺は考えている。

 腐れ縁とは恐ろしいものだ、と周りの人間は笑っていたが、内心は俺達が合わせたものだと決め付けていたようだ。

 寧ろそう考えるのが自然だと思う。

 クラス分けでも俺達が一緒になることは多く、作為的だと思うほど、強力な腐れ縁なのだから本当に笑える。

 俺達の性格は、お互い認めるくらい、何かと正反対だった。

 普段俺なら話題にしない、この話を司にするのも、彼ならその分野に精通していると知っているからだ。

 司は暫く硬直した後、眉間に皺を寄せて俺の顔を覗き込んだ。

「え?どうしたって言うの?頭でも打ったの?」

 大げさに言っているわけでも、ふざけているわけでもなく、真面目に俺の頭の心配をしている。

 俺は俺の人生において、都市伝説だとか怪談の類は、全く価値の無い作り話だと考えている。

 イソップ物語だとか、グリム童話だとか、ああいった人生の教訓になるものとは違う。そんな話に時間を割くのは無駄だ。

 そんな考えの俺とは対照的に、司は昔から不思議な話や噂話などが好きで、新しい情報を仕入れては、話のネタにしていたものだった。

 その度に俺は、先に述べたような持論を持ち出していた。

 ときに、第三者の意見として、恐がりだとか、弱虫だとか侮辱する言葉があったが、敢えて否定も肯定もしていない。

 話が反れたが兎に角、司はいつからか、俺の前でその話をしなくなった。

 こうして俺が、その系統の話題を提供するとは夢にも思っていなかったのだろうから、この司の反応は尤もだ。

 あっけに取られている幼馴染に、この話題をふった経緯を、簡潔に説明することにした。

「購買に行ったとき、三年生がそんな話をしていて盛り上がっていたんだ。俺も似たような経験をした事があったから、ちょっと気になっただけだ」

 メロンパンの袋を破いて、何気なく顔を上げると、司と目が合った。

 何か聞きたそうな顔をしていたが、先に俺の問いの答えをくれた。

「先輩が話していたのは多分、消える道のことだと思うよ。駅前に駐輪場があるでしょ?その隣に赤い屋根の民家があるよね?その家と隣の家の間の細い道が、たまになくなるらしいっていう話。その道には侍みたいな霊が現れるとか、花魁が追いかけてくるとか。でも、これはほんとに噂話で、その道は消えもしなければ通れないこともないけどね」

 残念そうに苦笑してから、ミネラルウォーターで喉を潤した司は、「で?似たような経験ってなんなの?」と、机に身を乗り出して、活き活きと目を輝かせる。

 司は何と言うか、昔から変わらない。たまに卓越した事を言うくせに、普段はわがままで幼稚な部分がある。

 幼馴染の勢いに圧された俺は、メロンパンを食べそこねた。

 早く喰えと喚く腹の虫を努めて無視して、記憶を掘り起こしながら掻い摘んで話した。

「一年の時だった。部活があった日の帰りに、駅に行く道のコンビ二で買い物した後、いつもどおり、そのまま先のT字路を右折したんだ。そしたら、車も通れないくらい狭い道があったんだ。工事中で実際通れなかったんだけどな」

 司が不意に、俺から少し左に視線を外したのが気になったが、空腹に耐え切れなかった俺は、話のキリがいい所で、パンにかぶりついた。

「そこに誰かいたの?」

 内容物を咀嚼し、飲み込んでから、俺は答えた。

「居たよ。工事現場に居るような、青い服を着た交通整備のおじさん。赤い棒持っててさ、『ここは工事中だから、気をつけて戻りなさい』って言われたんだ。その時は何にも疑わずに、その道を後にしたけど、あれ?って思ったんだよ。それで振り返ったら、おじさんも道も無いんだ。・・・当たり前だよな?コンビ二の先のT字路を右折すればそこには駐輪場があるんだから」

 お茶パックにストローを刺しながら、首を傾げつつぼやく。

「あれから学校がある日は毎日通っているのに、あの場所には一度も辿り着いたことはないんだよな。白昼夢でもみたのかもな」

 そう考えるとあの出来事は、本当に夢か幻想のようで、次第に馬鹿馬鹿しく感じてきた俺は、気にしていた自分が滑稽で、自嘲気味に笑った。

 そうだ。現実的に考えてありえないことだ。

 気持ちが軽くなると、一層美味しさを増したメロンパンをすぐに平らげ、二番手の焼きそばパンを手に取ってかぶりついた。

「それって、メタボチックで気さくな喋り方の、人懐っこそうなおじさん?」

 司らしくない声の調子を怪訝に思って、パンから彼に視線を滑らせると、目を伏せたまま思案顔で座っている幼馴染の姿があった。

 その態度を不審に思ったが、それ以上に司が言った、交通整備のおじさんの特徴が、俺の記憶と重なったことに衝撃を受け、すかさず問い返す。

「なんだ。司もあの道行った事あるのか?」

「・・・ないよ」

 予想とは違う答えをした司は、浮かない顔でチョココロネを齧った。

「じゃあ結構有名な話だったりするのか?」

 暫く間を置いてから、首を横に数回振った。

 そして、徐にペットボトルに手を伸ばした司は、ミネラルウォーターを一気に飲み干して、大きく息を吐いた。

 少しの間、意味深に俺を凝視してから、視線を左に移して、焦点の合わない虚ろな目つきで、ぽつりと言った。

「そのおじさん、君の隣にいるから」

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