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2017年/短編まとめ

俺と一人の面倒な生徒

作者: 文崎 美生

紙のカバーを付けた本を開く女生徒。

放課後の夕日が差し込む教室の片隅で、ぽつんと一人本を読んでいた。


作間(サクマ)?」


真っ黒な髪を左耳の後ろ側で結い上げた女生徒――作間は、ゆっくりと本から顔を上げる。

髪と同じ真っ黒な目が俺を見据えた。

女子高校生のする目じゃない。

活力のない、何を考えているのかも分からないような目をしている。


「……あぁ、犬塚(イヌヅカ)先生ですか」


長い時間口を開くことがなかったのか、僅かに掠れた小さな声が返された。

咳払いも聞こえる。

作間――名前は本人が呼ばれるのを拒否するために割愛するとして――その女生徒が一人でいるのは非常に珍しい。


交友関係が広いわけでもないが、常に作間の近くには、作間の幼馴染みがいる。

入学当初からベッタリな幼馴染み組というに相応しい、四人組だ。

男女比は一対三と偏っている。


「どうかしましたか?」


「あぁ、それ俺の台詞」


瞬きをしながら問い掛けてくる作間に、間髪入れずに答えた。

既に部活動に所属していない生徒は帰宅済み。

残っている部活動生も少ない時間だ。

最終下校時刻までは一時間ほどあるが、そんな時間に教室に残っている生徒は非常に珍しい。

テスト期間でもない限り、皆無と言ってもいいだろう。


「お前、何してんの」


持っていたノートを手の平に打ち付けながら問い掛ければ、作間の瞬きの回数が増える。

パチパチと音を立てながら目を瞬かせる作間を見て、俺は距離を詰めた。

窓際一番後ろが作間の現在の席である。


「読書ですね」


作間の前の席に座れば、サラリとした端的で完結的な返答。

白い肌が夕日色に染められているが、その顔は無表情で、何を考えているのか分からない。

しかも、聞いてもいないのに、カバーを捲り、本のタイトルまで見せてくる。

最近出た話題のミステリー小説だ。


「幼馴染み達はどうした?」


いつも一緒だろ、と暗に言ってみたが、ゆるりと首を傾けた作間は、長い前髪を傾けた方向へと流しながら「さぁ?」と言う。

多分、なんて前置きと共に「(アヤ)ちゃんは生徒会に引っ張り出されてるんじゃないですかね。オミくんはきっと告白ですね。MIO(ミオ)ちゃんは写真部顧問に拉致です」とつらつら続く。


さぁ?と言った割には具体的で、直ぐにその光景を思い浮かべることが出来た。


文ちゃんこと文崎(アヤサキ) 美生(ミオ)は生徒会書記を務めているが、会長が頼りないがために良く引っ張り出され、会長代理として仕事をこなす。

オミくんこと創間(ソウマ) 緒美(オミ)は学年問わず、女子人気が高いが、彼女がいないので告白回数が年々増えている。

MIOちゃんこと絵崎(エザキ) 美緒(ミオ)は他の部活に所属しているが、写真が好きでコンクールでも優秀な成績を持つおかげで、毎度のように写真部顧問の勧誘を受けていた。


「それでお前はぼっちか……」


誰かに付いていくことはなかったらしい作間は、ずっと教室で本を読んでいたことになる。

現に開いてあるページは既に最後の方で、あと数ページもすれば後書きだろう。


「ぼっちって言い方は止めて下さい。まるで寂しい奴って聞こえます」


そう言いながら、ムッと眉を寄せる作間。

やっと表情が変わったが、瞬きをする間に無表情に戻る鉄仮面っぷりだ。


「アイツらはお前の保護者みたいなもんだろ。目の届かないところにお前がいると、アイツらの胃壁がすり減るんじゃないか?」


一番に思い浮かんだのは文崎で、神経質そうに眼鏡を押し上げている姿だ。

創間も、額を押さえる姿が思い浮かんだが、絵崎に関しては微笑ましそうに笑顔を浮かべる姿が浮かぶ。

絵崎に関しては胃壁がすり減ることはなさそうだ。


しかし、当の本人は、俺の言葉に理解が出来ないと言うように首を捻り、はぁ、と気のない相槌を打つ。

知らぬは本人ばかり、とはよく言ったものだ。

無意識のうちに溜息が漏れる。


「いても大変そうだから、どっちも同じくらいじゃないですかね」


頬に指先を当てて言う作間は、本当に何事もなさげだが、大ありだよ、お前。

自分が幼馴染みの胃壁をすり減らすようなことをしている自覚があり、尚且つ、傍にいようがいまいが同じだと言う。

そう思うなら、少しは自重という言葉を覚えるべきだ。


眉間にシワが寄ったので、指先で揉み込む。

国語の成績がピカイチ――学年では一二を争う――作間なら、自重という言葉の意味は理解しているだろうが、それを自分の行動辞書に組み込まない。

頼むから、と頭を下げたい気分である。


「アイツらは、いつまで経っても安心や安寧を手に入れられないんだな……」


まだ高校三年生だろうに、という心中での呟きは、当然作間には聞こえない。

しかし、不思議そうに首を傾け、目を瞬かせた作間は口を開く。


「安心は人間の最も近い場所にある敵ですよ」


抑揚のない声だ。

別段大きな声でもないのに、よく響く。


「自信過剰って言葉もあります。油断大敵、正しくその通り。常にある程度の緊張感を持って生きることが、人間の短い人生を細く長くする秘訣だと思っています」


濃い赤の光を浴びながら、作間は淡々とした口調で語る。

お前何言ってんだ、なんて途中で口を挟めずに、作間の唇が真横に引き結ばれるのを待った。


「故に……故にボクは死にたいっ!!」


ゴンッ!と鈍い音が教室に響く。

目の前で作間が自分の額を、自分の机に打ち付けた音だが、痛みを感じていないのか「また、また死ねなかった……」と呪詛のように呟いていた。

またか、コイツ。


眉間にシワだけでは収まらず、頭痛がしてきて、米神を揉んだ。

作間は非常に人間として欠落のある奴で、まず人間以前に生物として生存本能が非常に非常に薄い。

何度でも言うが、非常に、本当に。


端的に言うならば、死にたがり、それに尽きる。


前髪を乱しながら、首だけを動かしこちらを見上げた作間の額は、薄らと赤く染まっていた。

ジッと見据えれば、第一ボタンまでしっかり閉められたYシャツの襟の隙間から白い物が見える。

首をグルグルと締め付けるようなそれは、包帯だ。


「安心も不安も敵ですよ、ハッキリ言って。『僕の将来に対する唯ぼんやりとした不安』って芥川龍之介も言ってます」


国語の成績がいいだけあって、文学少女だ。


「結局何が言いたい」


「……犬塚先生は理系ですからね。何より結果ですか」


「そこまで言ってないだろ」


一度倒していた体を起こす作間。

乱れた前髪を直し、露出していた黒目を隠す。

国語の成績がいい作間だが、俺の担当する生物の成績はそれなりだ。

人体について詳しいが、それ以外の生物や生態系になると間違いが増える。


「ボクが此処に居る理由は、ひたすら単純に勝手に帰って勝手に自殺未遂をされると困るから教室に居ろと言われたからです。生徒会室に部外者がいるのも、一世一代とも言えるやもしれない告白を聞くのも、訥々と写真部の良さを聞かされるのも良くないですし、嫌ですから」


本に栞を挟んだ作間は、ふぅ、と息を吐く。

並べられた言葉は、確かにと納得してしまうもので、本当お前どうかも思うよと言いたくなるものであった。


「だから犬塚先生」


いつの間にか手が伸びて来て、俺の白衣を掴む。

何着も同じものを持っているので、毎日のように授業があったとしても汚れのないものを着用出来るそれは、目の前の作間の手によってシワを作る。

視線を向けた先の作間は、本日初めて見る笑顔で、決して爽やかとは言い難いものだった。


「生物の先生なんですし、皆が戻って来るまでボクと素敵な自殺方法について話し合いましょう」


俺の胃壁も現在進行形ですり減っている。

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