8、知っている者の話
「ハアァッ!」
眠れないがために部屋を抜け、城の庭にて俺は体術の特訓をしていた。武器を持っていないがための体術である。
この世界でスキルを習得、レベル上げする方法は、知識、経験、実践だ。
魔法なら本を読んでいるだけでもある程度覚えられるらしい。13年間かけてやっと習得した人がいるのだと故事に書いてあった。
だが、剣術、体術のようなスキルは試さないと駄目らしい。だからこうして樹に拳を打ち続けている。
それにしても素手で樹を殴るのは少し、いやかなり手が痛い。HPが減らないことにホッとするも、この痛みはさっきまで平和なニッポンジだった俺には少し辛い。まあ体術スキルを覚えれば痛みは消えるらしいが。
そうして体術スキルの特訓をすること5分、そろそろ俺の手が限界だ。
ちょっと早いとか言うな! キーボードを叩き続ける生活を送っていた俺にしては結構頑張った方だから!
でもまあ、痛みのせいでいっそう眠れなさそうだな……
そう思って樹に身体を預け休んでいると、城門の方から足音が聞こえてきた。
誰だ? 巡回の兵士?
俺は安全確認のため、現在唯一のスキル、【鑑定】を使用する
どうやって使うんだ? まあ、適当に。鑑定!
ん? 何も起きない……
不思議に思っていれば、ポケットが光っていることに気づく。ステータスボードだ。
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ムラサキ カナエ
天職:白魔導師
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オウイ サツキ
天職:魔闘士
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あ、こうなるのね。まあ、Lv.1じゃこの程度か。
それにしてもこいつら、なんでここに? 俺と違ってちゃんとした勇者だからろくに外出なんてできるもんじゃないはず……
とか思いながらも兵士じゃないことに安心してそのまま休んでいると、予想外に叶がこちらに気づいてしまった。
「あれ、茅瀬くん?」
「…………大陸……」
見れば、暗い中でも分かるほど瞼を赤くした叶が無理をしていないくらいの薄い微笑みを浮かべている。それに対して咲月の表情は「会いたくなかった」と。
「……なんでここに? 勇者の警備は硬いはずだぞ?」
「あのくらいちょっと考えれば目を掻い潜るのなんて余裕よ。叶がちょっと精神不安定な感じだったから、気晴らしにね。あなたの行動理由なんてすぐ読めるけど」
応えたのは咲月。さっきの表情は呆れたものに変わっている。
「紫、夕飯出てなかったって拓に聞いたぞ。大丈夫か?」
「んー、もうちょっとは落ち着いたかな」
「その感じだと大陸は他の部屋で食べてたようね? 罠士はレア天職だから。そんなところかしら」
「ああ、説明不要で助かる」
「そんな!? 1人だけ冷遇を受けてるってこと? 茅瀬くんは大丈夫なの?」
「あっはは。まあまあね」
1人慌てる叶。ああ、こいつは優しすぎるな。
「……」
少しの間、その後咲月は恐る恐るといったふうに口を開いた。
「ごめん叶、私から誘ってなんだけど、先に戻って貰っていい? 少し大陸と話したいことがあるから」
「え? ……まあいいけど。じゃあカナはその辺り歩いてるから、用が済んだら声かけてね」
パタパタ駆けていく叶は、クラスのアイドルらしい可憐さがある。
まあ咲月が訊いてくる内容は既に分かっている。俺もこいつには全部話しておく気だ。
「で、城はいつ出るの?」
「なんかそれ、近くにいて欲しくないって言われてるみたいで胸に刺さるぞ…………まあその辺の奴らにはもう言われ慣れたけど、幼なじみの言葉は辛いです」
俺は軽い冗談を交えてみるが、咲月は真剣な表情でこちらを見ている。
逃げ場はない……、と
「そんなにテンプレに従うつもりはないぞ? しばらくはここにいるつもりだ。まあ、結構早めに出されそうだけどな」
「……そう。商人さんはチートで無双できそう?」
「いいや全く。でも拓のチートの手にいれ方はもう分かったから、ヒモになる」
「へえ」
「まあ勇者の付き添いは途中で捨てられんのもテンプレだけどな。寄生すれば強くなれっかな?」
「結局は商人だからあんまり期待できないんじゃない? レア素材売ってる方がまだ現実味有りそうだけど」
「まあ、そうだよなあ…………」
そうやって冗談混じりにベタを話していれば、異世界に飛んだことを忘れるくらいに楽しめた。
あの表情については何を訊くこともしない。多分訊いていい物じゃないから。
「まあ、出る時くらい言いなさいよ?」
「……善処する」
「はぁ……そこは断言しなさいよ」
「叶~、ゴメンね~戻ろっか」
「ん~」
彼女らはそうして戻って行く。
俺も、明日から始める訓練や、異世界チートストーリーを想像して、また手が痛くなるくらいに木を殴って部屋に戻っていった。
投稿遅れてしまい申し訳ありません。
多分次は早めします。きっと。おそらく……