6.食堂にて長話
5/19ルビ振りを失敗していたため修正しました。
お昼になりアーケードに人が溢れ始める。その流れにのって一番奥まで行くと食堂に辿りついた。円形に広がったフードコートになっていて、各自好きな店で食品を買って設置されている飲食スペースで食べるようだ。ここもドーム状のガラス天井になっていて陽光が降り注いでいた。観葉植物が飾られているのもあって温室のような雰囲気がある。
「た、高い……パン一つにこんなお金出せません。もっと安いお店にしましょう!」
「ここ一番安い部類だぞ。他はもっと高い。貴族や富裕層の平民しかいないからな。安い店がないことくらい想像出来ないのか」
「……さすがにこれほどまでに高いなんて思いませんでした」
ヒロインが愕然としている。
「金なら出すから好きなものを選べ。無理やり連れまわしたのは私だし」
「悪いです。高いものを買ってもらったのに」
「今更、食べ物の一つや二つ大して変わらない。選ばないならこの食堂の中で一番高いものを買ってくる」
食堂はその場での現金払いのみで家に支払を回すことは出来ないが、財布の中には十分な金額が入っているので高額メニューも普通に頼める。ヒロインは急いで選び始めたが結局選んだのは一番安いメニューだった。手持ちに余裕があるのでヒロインを太らせようとデザートも追加してやった。
お腹が空いていたのか遠慮していた割にはぱくぱくと美味しそうに食べ、完食するとしおしおと項垂れた。
「食べたりないのか? デザート追加で買ってこようか」
「いえ、お腹いっぱいです」
「じゃあ、なんで落ち込んでるんだ」
「なんだか、私一人だけ贅沢しているみたいで。孤児院では皆が貧乏の中工夫して生活してるっていうのに」
「なら、賞与金狙って猛勉強するご褒美の前倒しだとでも思えばいいじゃないか」
「あれ? 私言いましたっけ? 賞与金狙ってること」
紅茶を飲む。口が滑ってしまった。気を付けなければ。
「お前が考えそうなことを適当に言ってみただけだ。成績優秀者になるのはかなり大変だから、魔法教育を一切受けてないお前には無理だろうけどね」
実際はヒロインが成績優秀者になるエンドはいくつか存在するので不可能ではない。
「魔法の教育ってすでに受けてるものなんですか? ここでこれから習うのに?」
「そもそも魔法学校は国が魔力保持者の能力を把握する目的で作られた機関だから、入学する前にみんな家庭教師を雇うなりして魔法を習得してる。私も森で雷と治癒の魔法使ってみせただろ」
「あれ? 新入生ですか?」
「そうだけど」
そういえば言っていなかった。ヒロインは顔色を悪くした。
「……私みたいに平民出身で貧しくて習えなかった人って他にもいますかね?」
「いない。平民出身の魔力保持者はお前以外全員富裕層だから習ってるだろ」
「どうして魔法使いは裕福な生まれの人ばかりなんですか?」
「それも知らないのか。魔力は遺伝するものだからだ。国が魔力保持者に貴族の身分を与えてきた歴史があるから、魔力保持者の親は貴族ばかりなんだよ。平民出身者に魔力保持者が生まれるのは、下級貴族の令嬢が貴族位を捨てて裕福な商家に嫁いでいるだけ。魔力保持者は魔力保持者からしか生まれないんだよ」
魔力の器の大きさは体の特徴と同じように親から伝わる形質だ。貴族階級が高いほど魔力量が強い傾向にある。魔力量は家格に関わり、私とウォルドの婚約もマクスウェル辺境伯家の魔力量の低下し家格を保てない可能性を危惧しての政略結婚だ。私が結構な魔力量を持っていて、ウォルドの魔力量が爵位に対して少ないから決まった婚約。もしヒロインがウォルドと結婚したいと言ったらマクスウェル辺境伯家は嫌な顔をしないだろう。
「それは私の親も貴族である可能性があるってことですか?」
「そうだ。いつか親に会えたらいいな」
というか実は隣国のお姫様で王族である。隣国は王位継承権で揉めて内紛状態にあり、ヒロインの両親はすでに亡くなっている。絶対に叶わない希望だ。私の言葉にヒロインは嬉しそうに微笑む。ひどく意地悪なことを言ってしまったような気がする。現実感の伴わない相手だとしても何だか居心地が悪い。
「それにしても、どうしましょう。絶対に賞与金をもらって寄付するって子供たちと約束してしまったんです」
「もし本当にお金に困ってたら今日買ってあげた髪飾り売ってくれても構わないから。賞与金の額には遠く及ばないけど」
「そんなことしません!」
ここは割と親切心から言っていたのでヒロインが怒ったのに驚いた。
「手段を選り好のんでいたら目的が達成しづらくなるぞ。孤児院に寄付するんだろ?」
「他の手段がある限り人の心を蔑ろにするようなことはしません。なかったとしても他の方法を探しますけど」
乙女ゲームのヒロインなだけあって心が綺麗なのだろう。べつにあの髪飾りに心なんてこもってないのに。強いていえば嫉妬がこもっているかもしれない。
「じゃあ、成績優秀者を目指すのか?」
「無理でも頑張ります! 私根気だけは誰にも負けませんから」
「爵位を継がない男子生徒の根気に勝てるといいな。この学校で評価されれば宮廷魔術師になれて家督を継げなくても面子が保てるから死に物狂いだ。女子相手にも全力で挑んでくるから気を付けてね」
成績優秀者はもれなく全員宮廷魔術師入りの勧誘を受ける。成績優秀者になる目的が賞与金だというヒロインがレアケースで、ほとんどは宮廷魔術師入りするために目指すものなのである。
「私も全力で挑むまでです。……そういえば随分人が減りましたね」
「ああ、そうだな」
後ろを向いて食堂内を見渡すと私とヒロインの二人しかいなかった。
ガラス天井越しに見える時計塔の針は13時半を指していた。入学式開始は13時。
「どうしたんですか? 変な顔」
ヒロインがくすくす笑っていたがすぐに止んだ。時刻を確認したのだろう。
「遅刻ですよ! 遅刻!」
「どうしてもっと早く言わなかった!」
「私のせいですか!?」
「そうだ。こっちは後ろ向いてて食堂の様子が見えないんだからお前が気を使えよ!」
「人に責任を押し付けないでください! こういう時は連帯責任ですよ!」
急いでトレーを下げて外へ出る。人っ子一人いない。
「寮には寄れませんよね」
「当たり前だろ」
入学式は点呼で出席を取ったりしないので仕方ないが男装で行く。私が社交界に参加したのは成人のお披露目くらいで貴族に顔は知られていない。息を潜めていれば何とかなる。
「まずい。講堂の場所が思い出せない」
講堂は円形競技場の造りで、入学式などの季節の行事はもちろん魔術や剣技のトーナメントにも使用されていた。常日頃行く場所ではないのでゲームのマップには載っていなかった。
「どうするんですか!? 私も分かりませんよ」
「たぶんこっちだ!」
「勘で行くんですか!? えっと、あ、そういえば名前教えてもらってません!」
「どうでもいいだろ」
「どうでもよくないです! 」
「いや、今はどうでもいいだろ」
「呼びかける方は困るんです!
「別に呼ばなくたって何とかなるだろ。現に私はお前の名前を呼んでないけどなんとかなってる。もう覚えてすらいない」
実際は前世のころから知っている。ヒロインに肩をがっと掴んで引き寄せられる。ヒロインは精一杯背伸びして眼を付けたいようだが視線が揃わない。
「何だよ、ちんちくりん」
「フィオナ。復唱!」
「離せって」
「復唱!」
「やだ」
「言うまで離しません!」
首に腕を回されてぶら下がられる。
「重いし近い!」
「フィオナ!」
「分かった!……フィオナ」
してやったりの満面の笑みをして離れる。ゲーム中でこんな横暴な真似をするシーンはない。ゲームのキャラクターと接しているという感覚が消えていく。一人の人間。それにしても。
「……こんな人だとは思わなかった」
「やるときはやるんですよ」
「あーそうだな。男子に抱きついて胸を押し付けてくる女子だとは思わなかった」
みるみる顔が赤くなりふくれっ面になってぽかぽか叩いてくる。
「どうしてそう憎まれ口を言うんですか! あと名前」
「無理」
女子の名前なんて答えられない。偽名を名乗っても名簿で確認されたらすぐにばれる。
「教えてくれないならシュポって呼びます! 孤児院で育ててたつれない犬の名前です!」
「どうぞ」
「まさか、貴族の方をペットの名前で呼んだり出来ません!」
「なら言うなよ。やかましい」
あちこち歩きすぎてもうどこにいるのか見当もつかなくなってしまった。太陽も南中に近いため方角すら分からない。人の笑う声が建物の向こうから聞こえてくる。
「シュポ様あっちに行ってみましょう」
「結局呼ぶのか」
振り返ったフィオナの頬が膨れる。可愛いと思ってやってるんだろうか。