10.取巻き令嬢との遭遇
寮のある場所に着き私は目を疑った。女子寮、教官寮、男子寮と三つの寮が建てられていたからだ。マップでは寮のある領域として一緒くたにされていたから分からなかった。男装で女子寮は入れない。とりあえず女子寮の入り口までフィオナを送る。
「明日の朝会えますか?」
「どうして?」
「魔法教えてくれるって言ってましたよね? 明日はオリエンテーションのみですけど早く魔法が使えるようになりたいんです!」
「ああ、朝練か。じゃあ朝の5時に迎えに来るから」
「ご、5時は少し早いです」
「そんなことはない。早く使えるようになりたいんだろう? じゃあ、また明日」
「はい……お手柔らかにお願いします。今日はありがとうございました!」
やる気を漲らせる私に表情を強張らせるフィオナを見送り、寮の裏側へ回る。
ウォルドのルートは、魔力量が膨大だが技術の伴わないフィオナをウォルドがフォローすることにより、ロクサーナに対するコンプレックスを払拭していくことがグッドエンドの条件である。それ以前にフォローされることによって好感度が上がる場面が多々あるので、フォローのしようがないほどフィオナの技術力を上げてしまえば好感度も上がりにくくなるはずだ。魔物に襲われた時にその場しのぎで言ってしまったが、これは中々いい案だと過去の自分を自画自賛した。
悩みに悩んだが結局部屋には男装のまま向かうことにした。鬘を取りマントで制服が見えないようにすれば大丈夫だとは思うが、ピンがかたく無理に取ると自毛を痛めそうなので鏡を見ながら鬘を取りたい。男装で廊下を堂々と歩くのは騒ぎになりフィオナに女性だとばれる可能性が高いので論外。そうなるとバルコニーや柱を伝って部屋に行くしかない。日が暮れて辺りはもう薄暗い上に、運よくバルコニーに人は出ていなかった。部屋の位置は入学前に送られてきた書類で把握している。寮の最上階四階の中央だ。辺りに人がいないのを確認して登り始める。
順調に登って三階のバルコニーの手すりに手をかけた時、バルコニーの戸が開かれる。長い栗毛をハーフアップにした明るい茶色の垂れ目の令嬢が出てくる。
「あら密偵? それとも逢引きでもするのかしら? どちらにしてもいやねぇ。寮監に報告させてもらうわ」
「待て!」
バルコニーに飛び込んで令嬢を引き留める。けれど令嬢は私に無理に掴まれても物怖じしない。それどころか部屋に引き込んで不敵に笑って見せた。
「可愛い顔してるわね。もしかして入学式で空から落ちてきた方かしら? 私のお願いを何でも聞くなら見逃してあげてもいいわよ」
何だか人の悪そうな微笑みをたたえる令嬢だった。会ったことがないのに目や髪の色、真珠で揃えられたイヤリングやブローチなどの装飾品全てに見覚えがある。ゲームで私を取り巻いていた令嬢だ。話せばきっと分かる。学生証を取り出して令嬢に見せつけると令嬢の顔色は見る間に青ざめていった。
「まあ! 大変失礼いたしました!」
「非は紛らわしい恰好をしている上に不審な行動をとっていた私にあるのでお気になさらず」
「……寛大なお心ありがとうございます」
私の返答に令嬢が顔色に血の気を取り戻す。それどころか少し頬を赤らめてうっとりとしているかのような様子になる。
「どうかしました?」
「男性として学校生活を送りたいのなら、そのお手伝いぜひ私にさせて下さらない?」
「いえ、別にそういう訳ではないので。授業は女子制服を着て参加するつもりなので」
「あら、それは難しいのではないかしら? 入学式で竜巻から現れた男子生徒は女子の中で話題の中心人物なのよ。そんな生徒がいなければその男子生徒が誰なのかという詮索が一気に始まるわ。それでいいのかしら? 今だって男装がばれたくないからこっそり部屋へ行こうとしていたのでしょう?」
フィオナがゲームで学校中から注目を集めていたように、私も生徒たちの関心を引いてしまったらしい。事実がばれたら話題が盛り上がり広がっている分だけ男装していたことが広まってしまう。男装がばれるのは恥ずかしい上に貴族令嬢としての風評が悪くなる。入学式の話題が下火になるまで男装で過ごした方が無難だろう。
「協力してくれると? あなたに何のメリットもないのに?」
「無礼を働いたお詫びですわ。それにかっこいい男性というのは何事にも代えがたい幸福感を私にもたらしますのでお気になさらず」
「……私は女性ですけど?」
「そんなこと大した問題ではないのです。見た目が重要なのです。ああ、申し遅れました。ロチェスター伯爵家が長女エスターと申します。どうか仲良くしてくださいな」
「グレンヴィル侯爵家が長女ロクサーナと申します。こちらこそどうぞよろしく」
エスターがスカートの裾を持ち上げて軽く膝を曲げて礼をする。スカートがあるていで女性式の礼を返そうとするとエスターに残念そうに眉を寄せられた。仕方ないので左手を胸に添えて男性式の礼をすると満足そうに微笑む。
「ところでお願いというのは? 何もせずに協力してもら」
「口が裂けても言えませんわ! 後生ですから聞かないでくださいな!」
私の言葉に被せて叫ぶと顔を手で覆ってエスターは座り込んだ。一体何をお願いしようとしたのか分からず若干の恐怖を覚えた。独特な令嬢でこの先うまくやって行けるか不安だが、ゲームで一緒にいたのだから馬は合うだろう。そう信じることにした。
エスターに見送られながらバルコニーを登って部屋に向かう。部屋の中には家から送られた私の私物が置いてあった。バルコニーの鍵を魔法で開けて部屋に入る。
行儀が悪いけれど着替えずにマントだけ外してベッドに倒れこむ。
想定外のことが起こりすぎた。ウォルドは私の顔を覚えていないし、男装はフィオナに会うときのみするつもりだったのに授業にもほとぼりが冷めるまでは男装で参加した方がよさそうだ。寮で朝夜は食事が出るが、それも利用を控えて購買施設の食堂に行って済ませた方が無難だろう。しばらくは人の目を気にして過ごす生活が続きそうだ。
ズボンのポケットからラッセルに入れられた紙片を取り出す。
『午前0時に時計塔で待つ』
書かれていた文面に思わずため息が漏れる。疲れたのにぐっすりと眠ることもできなさそうだ。




