第7話 「新戦法」
結局のところ、汁しか残さなかった蓮城先生への報復として、俺は一気に味噌カップ麺の麺をたいらげた。
それからは、他愛のない談笑を一時間程度続け、気がつけば時計の短針は十時を指し示していた。
もうすでに、学園発の無償バスの運行は終了してしまっている。
たが、北商業区発で学園経由の有償バスはまだ運行しているはずだ。
それに乗って帰ろう。
「けっこう遅い時間なんで、俺はもう帰ります」
「泊まっていってもいいんだぞ?」
「……えっと、大事な約束があるので、泊まるわけにはいかないんです。なので今回は遠慮しておきます」
大事な約束というのは、香夏コーチとの早朝二○キロランキングのことだ。香夏は俺の為にコーチをしてくれているのだ、まさか、こんなことで約束を破るわけにはいかない。
「ふむ。それなら仕方ないな。気をつけて帰るんだぞ」
「それじゃあ蓮城先生、また明日」
まだ少しばかり肌寒い朝。
俺は香夏コーチ監修のもと、今日も今日とて真面目に早朝二○キロランニングを終えていた。
クールダウンも終え、今は中庭のベンチに座って香夏と一緒に休憩中だ。
ベンチに座って休憩していると、よく今日も二○キロ走れたな、としみじみ思う。
言わずもがな、香夏コーチのおかげに他ならない。
だから、その感謝の気持ちを心の中で言っておく。
ありがとう。
口に出して言わないのは、ちょっとした気恥ずかしさからだった。
「そういえば、彼方先輩の【黒夜叉】の能力ってなんですかー?」
「ん? パッシブ系で、黒くて固くて高重量」
「あれ? それって黒夜叉自体の特徴じゃないんですか?」
「……そう思うよね」
「そう考えると、黒夜叉って能力ないみたいなものですね」
「うわっ。言っちゃったよ!俺が必死に目を背けていた事実を、包み隠さずダイレクトに言ってきたよ!」
「えっと、ごめんなさい」
謝罪と共に向けられる、憐れみの目。
やめてくれ。そんな目で俺を見ないでくれ。
でも、どうしても俺を見たいというのなら、蔑むような目でお願いします。
口汚く罵りながらだと、なお良いです。
「とは言っても、殆どの攻撃のダメージを通さないからな。目立った能力なんてなくても、黒夜叉は十分に強いんだよ」
「でも、動けないじゃないですか」
「なんとかするさ」
エリスティアさんのいる高みに届く為に、少しでも近づく為に、動けないという弱点はなんとかする。なんとかしないといけない。
「おっと! そろそろ午前の授業が始まる頃ですよ、彼方先輩。早くいきましょー」
「……もうそんな時間か。俺は午前の授業には出ないから、俺のことは気にせず教室に向かってくれ」
「授業に出ないんですか?」
「出た方がいいんだろうけどな」
「先輩って、不良なんですねー。ふふふ」
と、それだけ言い残して香夏は持ち前の健脚で、俺の前から颯爽と姿を消した。チャラついてるわけじゃないけどやっぱり、不良っぽいよな、俺。
◆◇◆◇◆
「っで。動けないのに、どうやって勝つつもりなの?
「蓮城先生によれば、相手の頭上から黒夜叉を叩きつければ勝てるらしいよ」
香夏と中庭で別れた後、俺は二○キロランニングと同じく一日のノルマである、スクワット三○○回をなんとか終え、その後は中庭の芝生の上で雑魚寝して時間を潰した。
そして今は、暮葉と共に中庭で暮葉の作ってきてくれた弁当に舌鼓を打っている最中だ。
「そんなので勝てるのかな? 頭上をとるって簡単じゃないと思うけど……」
「俺もそう思うけど、今は蓮城先生を信じるしかないよ」
あとは、俺の努力次第ってところだ。
「じゃあさ、その新戦法を試すべく、今日の午後の授業は私と戦おうよ!」
「うえ⁉︎」
「いきなり知らない人と新戦法で戦うのはハードル高いから、まずは気の許せる人と対戦。みたいなところはあると思うんだ」
まあ、確かに新戦法に挑戦しやすいような気はする。
「じゃあ、そうするか」
というわけで、昼食を食べ終えて午後。
暮葉と一緒に体育館にやってきた。
今までは相手の攻撃を受け続け、相手の能力を分析することに尽力していた俺だが、今日からは相手の行動を分析した上で新戦法を試していくことにする。
そろそろ新戦法に慣れておかないといけないしな。
既に俺と暮葉はルームの中にスタンバイしている。
あとは戦闘開始の合図を待つだけだ。
「さぁて、彼方と戦うのは久しぶりだから、張り切っちゃうよぉおお!」
「言っておくが、負けるつもりはないからな」
試合開始の合図、甲高い音がルームに響き渡る。
「行くよ、蜥蜴ちゃん!(大物喰らいの蜥蜴)」
「頼んだよ、【黒夜叉】」
二人して威勢良くそう言い放つが、二人とも動かない。
いや、一人は動けないだけだが。
「解除」
そう言うと、黒夜叉は黒い粒子となって消失する。新戦法を試しに来たのだ、今回は動かないわけにはいかない。
なら、最初から黒夜叉を出すなと言われそうだ。
まったくその通り。
さっきのは単に、暮葉の言葉に合わせてカッコつけたかっただけだ。
「手加減はしないからね、彼方」
その言葉と共に、暮葉はこちらに向かって突貫してくる。
「っ!」
いつもとは違って、黒夜叉を展開するわけにはいかない。
それに黒夜叉の性質上、黒夜叉を纏ったあとに体制を崩さない為には、纏う部分は全身か足だけである必要がある。
それ以外の部位に黒夜叉を纏ってしまうと、黒夜叉の重さで体制が崩れて地面とキスするハメになる。
敵の攻撃を左手で防いで、右手で攻撃なんて便利な真似は到底できやしない。
だったら、避けるしかない。
暮葉の小太刀が、一直線に俺の顔面を狙って突き出される。
かすっただけでも終わりだ。無理に攻撃を引き付けるのは安全ではない。
とは言え、引きつけて避けなければ次の攻撃を間髪入れずに繰り出してくるはずだ。
だから、無理してでも攻撃を限界まで引きつけてから避けないといけない。安全かどうかなんて、そんなの知るか。
とは言え、今の俺にそこまでの技術はないだろう。だが、これができなければ俺に未来はない。
挑戦することに意味がある。
一直線に突き出される暮葉の小太刀を、ギリギリまで引きつけてから、
俺は体を横にずらして避け…………
「あうっ」
……れなかったようだ。
暮葉の小太刀が、頬を掠めていた。
即効性の神経毒が全身にに回っていくのが、頬から足先の末端へと広がっていく痺れでよくわかる。
毒のダメージは仮想ダメージに速やかに変化され、俺は気絶した。