第6話「条件」
走って数分。トレーニングルームの前に着くと、能力強化管理士が俺を出迎えた。
「こちらへどうぞ」
「どうも」
短く返答し、俺は手慣れた感じで目の前の白い立方体の部屋、トレーニングルームに足を踏み入れる。中に入れば、体育館にあったルームとは比べ物にならない程に、広々とした真っ白い空間が広がっている。
すでに部屋の奥の方には、先客がいた。
俺が部屋の中央付近まで行くと、勢いよく背後の扉が一人でに閉まる。
「それでは、能力値測定訓練を始めてください」
その一言が、戦闘の火蓋をきる。
「食い尽くせ。【タイラント】!」
「頼むよ、【黒夜叉】」
次の瞬間。
ガギンッと、大きな鈍い音が鳴り、身体に強い衝撃が走る。
「っ!」
相手の槌型の霊装『タイラント』を、上から叩きつけられたことによる衝撃。視界が眩む。
一見、全てを防ぐようにも思えた俺の黒夜叉には、一つだけ弱点がある。
それは、衝撃だけは完全には殺しきれないこと。
緩和できるが、完全には殺しきれない。
「緩和して、これかよ」
高等科二年、赤桐 士道。学内序列上位唯一のゴリ押しパワーアタッカーにして、脳筋。
相も変わらず、アホくさいパワーを披露してくれる。
「ねえ、赤桐君。最近、権利を使うスパン短くない?」
「は? 使える権利を存分に使って何が悪い。お前は大人しく、サンドバッグになってりゃいいんだよ!」
言って、振り下ろされる二撃目。
動くことができない俺は、その攻撃を受けることしかできない。
やはり衝撃だけは完全に殺しきれず、鈍い痛みが、体を蝕む。
「そもそも、これのおかげで学園に置いてもらってんだ。感謝してくれたっていいんだぜ?」
「……わかってるよ」
赤桐君の言う通り、この権利のおかげで俺はこの学園にいられる。
いったいどんな権利かと言うと、「夢岬 彼方をタコ殴りにしていい」という権利だ。正式名称は「能力測定権」なのだが、俺をタコ殴りにしていい権利、と言い換えても差し支えない内容だ。
「にしても、お前も災難だよなぁ! お前だって自ら望んで、そんなゴミ能力手に入れたわけじゃないだもんよぉ!」
「……ゴミじゃねえ」
「でも、実際その能力の所為で、退学させられかけたんだぜ? ああー、可哀想に」
「…………」
それは事実だった。
俺がまだ高等科一年である頃、俺は一度学園側から退学を迫られたことがある。
それも、自主退学という形でだ。
当時、俺の能力による勝敗の決め方が不適切であると、正義感の強い一部の生徒と教員が学園側に訴えたことがある。
その運動は、他の不満もいっしょくたになって、だんだんと大きくなっていき、学園側も手がつけられない状態になった。
結果、諸悪の根源であるこの俺を、抗議運動の鎮静化の為に学園側から強制的な自主退学を迫られることになった。
俺はただ、普通に学園生活を送りたかっただけなのに、なぜこうなってしまったのか。それに俺自身は、その抗議運動には一切参加していなかったというのに。
というか、俺の為に抗議運動を起こした筈なのに、最終的には学園への不満を募る会みたくなっていた。
つまり、そういうことだ。
結局のところ俺のことはどうでもよくて、あいつらは抗議運動の為の火種が欲しかっただけにすぎない。
それはさて置いて、当然、俺は退学を断った。
するとだ、学園側は俺が学園に残るにあたって、一つの条件を提示してきた。
その条件が、俺がサンドバッグになる権利。
嫌なら、強制退学。
仕方なく、俺はその条件を呑んだ。
「……それでも俺は、自分の能力を恨んだことはないよ」
「そうかい。まあ、こっちとしても、優秀なサンドバッグが手に入るわけだから、割と感謝してるんだぜぇ〜」
なら、もう少し俺をいたわれよ。
お前から、ありがとうの一言も聞いたことないんだけど。
「そんじゃ、最後に一撃いれますかね」
赤桐君がそう言うと、槌型の霊装【タイラント】のヘッドの部分が巨大化する。
【タイラント】には二つのスキルがある。
一つは、パッシブスキルの筋肉強化倍率二倍。
二つの目は、アクティブスキルにカテゴライズされる、膨張と縮小。
言わずもがな、二つの目のアクティブスキルを使用した結果だ。
「んじゃ、また宜しくー」
その言葉と共に、俺の視界を埋め尽くすタイラントのヘッドが、頭上に現れた。
衝突。
一撃目と二撃目とは比べ物にならない衝撃が体に走り、意識が彼方に飛んだ。
「ぬあ?」
ペチペチと頬が叩かれて気がして、目が覚めた。
周りを見渡せば、見慣れた景色と見慣れた顔。
どうやら、蓮城先生が担当する旧式の保健室のベットで寝ていたようだ。
「ここで夕飯、食べていくだろ?」
夕食?
そう思ってベットの脇に置いてあった置き時計を見てみると、短針は八時を指している。
随分と長い間、寝てしまっていたみたいだ。
「えっと、ならお言葉に甘えて、夕飯いただきます」
「パパッと用意するから、少し待ってなさい」
もう学園自体は閉まっているのだが、実はここの旧式の保健室は、蓮城先生の自宅という裏の顔がある。
厳密に言うと、保健室と蓮城先生の自宅が連結している感じだ。
そんなわけで学園自体は閉まっているが、ここの保健室だけは機能している。
蓮城先生曰く、通勤を考えなくて済むから楽とのことだ。
とりあえずベッドから出て、テーブルに着く。
そういえば、蓮城先生は料理ができる人だったろうか?
いや。日頃から俺に、栄養バランスのとれた食事をしろと、口を酸っぱくして言っている蓮城先生のことだ、料理ができないはずがない。
「はい、できたよ」
随分と早いな、と思っていたら、
「うん?」
ことっ、とテーブルにそれは置かれた。
「あの……。カップ麺ですか?」
「あれ? お弁当の方が良かった?」
「ああ、いえ。カップ麺でまったく問題ないですけど……」
「勘違いされては困るから言っておくけど、別に料理ができないわけじゃないからね。ただ、面倒臭いから、料理しないだけ」
と、やけに「面倒臭いから」を強調して言う。
まあ、蓮城先生がそう言うのなら、きっとそうなのだろう。
それに、蓮城先生が料理下手でも、それは俺には関係がない。
関係があるとすれば、将来、蓮城先生が結婚する時の結婚相手ぐらいのものだ。蓮城先生が結婚する日がくるかどうか、それは定かではないけれど。
「味噌と塩、どっちがいい?」
「味噌がいいです」
「…………君は、本当に味噌でいいのかな?」
「塩がいいです」
「それでよろしい」
最初の選択肢に意味なんてないじゃないか!
そんな不条理はさて置いて、お腹も空いていることだし、早くカップ麺を食べてしまおう。
「いただきます」
「いただきます」
普段カップ麺といったら味噌味しか食さない為、塩味を食べることにすこし抵抗があったが、食べてみれば普通に美味しい。
「あら、塩も美味しそうね」
「……少しだけですよ」
言って、カップ麺を差し出すと、蓮城先生もこちらに味噌味のカップ麺を差し出してくる。
「にしても、君も大変だな」
「まあ、学園に残るための条件ですから、仕方がないです」
「そうは言ってもねぇ……」
「でも、多分俺ぐらいですよ。序列上位の人の能力を間近で見ることができるのは」
そう考えれば、この条件もさほど俺にとって悪くないように思えてくる。エリスティアさんの近くに行く為には、いつかは倒さなければならない敵だ。
その敵を、戦う前からじっくり分析できるのはありがたい。
「なんだか最近、君はやけに前向きになったな」
「そうですかね? まあ、後ろを向く余裕がないからかもしれません」
「そういうものか。…………塩カップ麺はもういいや、返す」
誠に遺憾ながら、蓮城先生から返ってきた塩カップ麺の容器には、汁しか残っていなかった。