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第4話 「トレーニングメニュー」

 




 次の日。

 いつも通り登校するやいなや、保健室に直行する。


「おはようございます、蓮城先生」


 保健室に入ると、ソファーに寝っ転がっているだらしない姿の蓮城先生が出迎えてくれた。


「はい、おはよう。にしても、君は授業に出なくていいのかな?」


「能力強化系の授業は午後だけですから。午前の普通の授業なんて出なくていいんですよ。本土にある高校の単位制度なんて言う邪魔臭いのも存在しませんしね。そういう蓮城先生は仕事しなくていいんですか?」


「どうせ、誰もこんな旧式の保健室になんて来やしないんだから、いくらサボったってバレやしないわよ」


 そう言って蓮城先生はソファーの上で、ぐっと体を伸ばしてソファーから起き上がる。


 この学園は育成機関というだけあって、学園内に幾つもある保健室には最先端の医療機械が運び込まれている。

 だが、蓮城先生の担当する保健室にだけは、なぜか最先端の医療機械などはなく、本土にある高校の保健室と比べて大差ない。


 ベッドが少し多いくらいだ。


 なぜこの保健室だけが旧式なのか、その理由は誰も知らない。

 ここの保健室の主である蓮城先生さえも、学園側から聞かされていないと言っていた。


「旧式のおかげでサボれまくれるし。旧式サイコー!」


「まぁ、俺としては蓮城先生が職務をいくらサボろうとどうでもいいんですけど、出来てます? 俺のトレーニングメニュー」


「勿論だとも! 」


 蓮城先生は、デスクから一枚のA4判の紙を持ってくると目の前に突きつけてくる。


「あの……これをやるんですか?」


「勝ちたいんだろ?」


「いや、そうですけど。…………雑すぎません⁈」


 紙に書いてあったのはランニング二〇キロとスクワット三◯◯回、ただそれだけだった。

 A4判の紙の中心に、それしか書いていない。

 もっと他に色々ありますよね⁈


「いや、これでいいんだよ。君の霊装を使えば、腕の筋力をそこまで鍛える必要はない。相手の攻撃を避け続ける体力と、足が必要なんだ」


「と言いますと?」


「君の重い霊装を、上から叩きつけてやればいい。それだけで威力は十分だ」


「いやいや、チョップしろってことですよね、それ⁈ 無理ですよ! 重すぎて腕なんて振れませんよ!」


 俺だって初めの頃は、自分の霊装の可能性を模索し続けていた。その甲斐あって、自分の霊装がいかに高重量かを深く理解している。


 その時代に、片腕や、体の一部だけ霊装を展開できることも発見していたが、それを加味してもとてもじゃないが重すぎて腕なんて振れない。

【黒夜叉】の重量は、たとえ片腕だけであっても果てしなく重たい。


「……誰もチョップしろなんて言ってないだろ?」


 蓮城先生はそう言うと、天井に向かって人差し指を立てた。


「上からって言うのは、空からってこと」


「はぁ? 空って…………マジですか?」


「マジマジ。おおマジだよ。足を鍛えて、何が何でも、どうにかして相手の頭上をとる。そして、上から君の高重量の霊装を叩きつける。はい、勝利!」


「…………まぁ、確かに」


 正直、そんな雑な戦い方で勝てる気はしないのだが、それ以外に勝てる方法は思い浮かばず、釈然としないながらも納得せざるをえなかった。


「それじゃあ、今から早速ランニング二◯キロ行ってこーい!」


 蓮城先生はそう言って、トンッと俺の背中を押した。


「い、今からですか……?」


「勝ちたいんだろ?」


「そうですよね。わかりました、行ってきます」


 ランニング二○キロって、何分かかるのだろうか。





 ◆◇◆◇◆





 広大な人工芝のグラウンドで俺が一人寂しくランニングを始めてから、約三時間が経とうとしている。すでにスポーツドリンクは二本飲み干した。


「おえっ…………」


 日頃の運動が登下校時の一時間徒歩だけというのもあって、二十キロランニングはかなりきつい。

 片膝をついて、嗚咽が漏れる。


 足はガクガクと震えて思うように歩けない。何度も何度も、何もない真っ平らな地面に躓いた。

 それでも、


「なんとか、二十キロランニングはやり終えて見せたぞ」


 かなり時間をかけてしまったがしっかりと走り終えた。

 充分にクールダウンも済んで、歩くのをやめてグラウンドに寝っ転がる。


 左手に巻いた腕時計で時間を確認すると、もう昼食の時間のようだ。校舎の方に視線を送れば、食堂にぞろぞろと生徒が入っていくのが見える。


「俺も昼食にするか」


 まだ完全に息が完全に整っているわけではないが、上体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。


「……流石にこの姿じゃあ、食堂には行けないよな」


 全身汗まみれで、シャツは肌にべったりとくっついている。自分の汗の匂いなんて自分ではわからないが、汗まみれのまま食堂に姿を現すのは、匂い云々の前に周りの人の気分を害してしまう。


 今更、周りの目なんて気にする俺ではなかったが、他人に害を与えることになるとすれば話は別だ。


「とりあえず、シャワーで汗を洗い流そう。昼食はそれからだ」






 学園のシャワーで汗を綺麗サッパリと洗い流した後、急いで食堂に向かったのだが、


「……席の空きはないみたいだな」


 食堂前の電子掲示板には『満席』と表示されていた。

 念のために食堂の中を覗いてみたが、見た感じ満席という言葉に嘘はなさそうだ。


「はぁ、どいつもこいつも学食なんて食べてないで弁当持参しろよ。普通は、手作り弁当とか持ってきて、周りに家庭的な面をアピールしたりするもんだろ。まあ、学食美味いけどさ」


 あいにく、家庭的な面をアピールする友人がいない俺に、自作弁当を持参する気はない。


「南商業区にパンでも買いに行くか? でもなぁ、自転車持ってないからバスに乗らないといけないし。いっそ、歩いていく……なんて提案は却下だしな」


 生徒が食堂に流れ、俺を残して一人もいなくなってしまった廊下で頭を抱える。

 家に帰ってもよいのだが、片道二時間のために午後の授業にほとんど出られなくなる。そもそもの話、家に一度帰ってしまったら再度学園に登校するなんて気は起こらない。


「……よし。家に帰ろう。帰ったら筋トレでもするか」


 午後の授業なんて、行っても行かなくてもたいして変わらない。

 とりあえず、当面の目標は自分の足腰を鍛えることだからな。

 それじゃあ、家に帰るか。

 悪いな。真面目な生徒諸君。


「っと、保健室に寄らないとな」


 保健室に荷物を置いていることを思い出して、とりあえず保健室に一旦戻ることにする。


「にしても、本当に静かだな」


 ほとんどの生徒が食堂に流れ、もしくは学園の敷地内の庭園で弁当に舌鼓を打っているということもあり、この辺りの廊下に生徒は歩いていなかった。


 普段この時間帯は、俺も食堂を利用している為、なんだか新鮮な気持ちになる。

 ただ、誰もいない廊下というのは、少し不気味だ。


「うん? こんなところに全身鏡なんて前から置いてあったか?」


 歩いていると、右側の廊下の壁に全身鏡が立てかけてあった。

 よく見てみれば、「蓮城の私物」と書かれた紙が貼ってある。おそらく、保健室に置くのだろう。あの人、完全に保健室を自室にしようとしてるよね。


「むむ」


 鏡で自分を見てみれば、何やら髪が乱れている。


「ふむ」


 ささっと、髪をセットして鏡で確認。

 まあ、こんなもんか。


「ふーん。割と俺って、スタイルいいじゃん」


 少しポーズでも取ってみる。

 こうか? それともこうか?

 いやー。全部イケてる。

 ……くそ。イケメン滅べよ。


「虚しいから、次のポーズで止めよう」


 と、ポーズをとった瞬間。


 パシャッ! パシャパシャッ!

 突然、カメラのシャッター音が廊下で鳴った。

 振り向くまでもなく、鏡には犯人が写っていた。


「く、暮葉? いったい何を?」


「それはこっちのセリフ。うわぁ…………。誰もいなくなった廊下で、変に格好つけたポーズとるとか、引くわー。何か悪いものでも拾って食べた?」


 タイミング良く。いや、タイミング悪く。暮葉に見られてしまったようだ。更には写真まで。


「…………くっ、殺せ」


「なんで姫騎士なの⁉︎ 大丈夫、誰にもバラしたりしないから。そもそも、彼方の秘密を知って喜ぶ人なんていないよ」


 それならよかった。ただ、一言多いけどな。

 それに、姫騎士ってすぐに理解するとは。もしや、暮葉は…………。

 いやいや、純情そうな暮葉にかぎってそんなことはありえないか。


「っで、どうしたんだ? もう昼飯食べ終わったのか? 」


「違うよ。お弁当作りすぎちゃってさ…………。昼食、よかったら一緒に食べない?」


 と言って肩掛け鞄の中から、普通の弁当箱を二つ取り出してみせる。

 ここにいたか、家庭的な面をアピールする輩が。


「……いや、作りすぎというよりは普通に二つ作ってるよね」


「い、いいから! 食べるの⁈ 食べないの⁈」


「勿論、食べさせていただきます」


 空腹だった俺に、断る理由なんてものはなく、恭しく暮葉の用意した弁当を手に取った。





 ◆◇◆◇◆





 学園の中庭にあるベンチに並んで座って、暮葉と俺は昼食に舌鼓をうっていた。


「ど、どう? 美味しい?」


 食事中しきりにそう尋ねてくる暮葉に、


「うん。美味しいよ」


 と返す。

 食事を始めてから何回言ったか、今ではもう思い出せない。

 ただ、美味しく出来ているのは、まぎれもない事実だった。

 そんな暮葉は俺から「美味しい」という言葉を聞く度に、「よかったー」と安堵の表情を浮かべ、とても嬉しそうに笑う。

 そんな表情を見せられたら、


(まさか、最初から俺の為に作ってくれた弁当なんじゃないか?)


 なんていう淡い期待を抱いてしまう。

 そんな淡い期待は、よりいっそう箸を進めた。


「いやさぁ、最近料理にはまっててね! 料理本とか沢山買っちゃったんだよ。それで、今日は彼方に試食してもらいたかったんだ。自分的に美味しくても、他人的に美味しいかどうかは食べてもらわないとわからないからさー」


「……。ちゃんと美味しくできてるから誇っていいと思う」


「嘘じゃない?」


「こんなことで嘘はつかない」


 淡い期待が早々に儚く散ったわけだが、料理が暮葉の趣味となるのなら、またこうして手料理をふるまってくれることだろう。

 …………ふるまってくれる筈だ、たぶん。



「いいお嫁さんになりそうだな」


 米一粒さえ残っていない空になった弁当箱を、暮葉に手渡す。


「ほ、褒めたりしても、これ以上は何も出ないからね! ……でも、」


「いいお嫁さん」発言が効いたのか、弁当を受け取った暮葉は、顔を少しだけ赤くしていた。

 顔を赤くしたまま、暮葉は口をモゴモゴさせながらも言葉を続ける。


「……もし、彼方が食べたいっていうなら、明日からも彼方の分のお弁当を作ってあげてもいい、から。少し早起きすればいいだけだし…………」


 そう言うと、暮葉は体の向きを変えて後ろを向いた。


「暮葉?」


 不思議に思って、回りこんで顔色を伺おうとしたら、見られまいと暮葉は顔を動かす。


「……いいから。お弁当いるの? いらないの?」


 常に元気いっぱいの暮葉の出しているとは思えないか細い声で、問いかけられる。当然、答えは決まっている。


「勿論、食べたい」


 短く一言そう言うと、ようやく暮葉は背けていた顔を戻した。


「そう。なら、明日から作ってきてあげる。……そろそろ午後の授業が始まるし、早く行こう」


 暮葉はそういってベンチから腰をあげると、一人で歩き出してしまう。本当は今日はサボるつもりだったが、暮葉に弁当をいただいて家に帰る必要もなくなった。


 仕方ない、午後の能力強化授業にでよう。

 暮葉を追うようにして、俺も午後の授業に向かった。


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