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第3話 「再会は突然に」

 




「なんか変わったね、彼方。変わったついでに、金輪際負け犬って呼ぶのは止めてあげる」


「そりゃどうも」


「だから今度からは……、『かなたん』って呼ぼうかなぁー」


「なら俺は、『くれはたん』と呼ぼうか」


「あの、止めてもらえます。本当に気持ち悪いから」


「おい!急に切り返してくんな!」


 体育館から出た後、俺と暮葉は会話に花を咲かせながら今は廊下を歩いていた。


「ねえ、彼方はどこに向かってるの?」


「保健室」


「うぇ⁈ どこか痛めたの? こことか? それともここ?」


 暮葉は心配そうな表情を浮かべながら、ペタペタと俺の体のいたるところを触りたくる。

 別に体を痛めた為に保健室に行くのではない。でも、強いて言えば洛陽君に掴まれた首には、まだちょっとした違和感が残っていた。痛くはないから、特に気にかけることでもない。


 それはそうとして、暮葉の手つきがいやらしくなってきた。


「ほらほらぁ〜。ここか? ここがええんかぁ?」


「お前はおっさんか!」


 漫才のツッコミの要領で、ズビシッと、暮葉の脳天にチョップを叩き込む。


「はうっ!」


 ズビシッ! ズビシッ! ズビシッ! ズビシッ! ズビシッ!

 ズビシッ! ズビシッ! ズビシッ! ズビシッ!


「やりすぎじゃない⁈」


「安心してくれ。叩かれたぐらいじゃ脳細胞は死滅しない。まぁ、脳に良くないことは確かだけどな」


「今でさえ馬鹿なのに、これ以上馬鹿になったらどうすんのよ!」


(自分が馬鹿だという自覚はあるのか…………)


 それから少しの間、自分の頭をさすりながら抗議してくる暮葉のことを無視しながら歩いていると、いつもの医療施設(保険室)の前についた。

 二、三度ノックをしてから扉を開けて中に入る。


「蓮城先生、俺のトレーニングメニューもうできました?」


 隣で暮葉が「トレーニングメニュー?」と呟いたが、特に何も教えてやんない。

 蓮城先生は保健室の奥に設置してあるソファーに深く腰をかけ、アイスバーを食べていた。


「まったく、保険室の先生は常に暇ってわけじゃないんだぞ」


「いやいや。どう見ても暇してますよね」


「ねぇねぇ、トレーニングメニューって?」


 相当気になるのか暮葉がしつこく聞いてくるが、なにも教えてやらない。

 教えたところで、どうせからかわれるだけだ。


「それで、できたんですか?」


「まだできてないよ〜。それよりさぁ、見てよこの動き!」


 蓮城はアイスバーを口に挿れたり、抜いたり、交互に抜き挿ししてみせる。


「なんかエロくなかった? 興奮したりしない?」


「…………しませんよ!」


「ねえねえ、トレーニングメニューって?」


「別に何でもないよ。ってか、お前はもう帰れよ。そろそろ次の授業が始まるぞ」


 素っ気なくそう言うと、暮葉は頬をぷくっと膨らませて何か言いたげに俺を見てきたが「本当は、彼方もちゃんと授業でないとダメなんだからね」と言ってから保険室を退室した。


「うーむ。ちょっと冷たかったんじゃないか? 一応君の唯一の友達なんだろ?」


 ビッと、アイスバーを俺に向けて蓮城先生は言った。


「……少しだけ反省してます。…………それより、俺ってそんなに友達少なそうに見えます⁈」


「ろくに授業出ずに、ずっと保険室に入り浸っていた君に友達なんてそうそう出来ないだろ?」


「…………まあ、そうですね。蓮城先生の言う通り、俺は友達が少ない寂しい奴ですよ」


「あー、もう。なんで君はすぐいじけてしまうのか。まったく、仕方ない奴だ。慰めてあげるから、 お姉さんの胸に飛び込んできなさい!」


 自分で飛び込んできなさいと言っておきながら、蓮城先生は俺の方へとにじり寄ってくる。

 トンッと、壁に背中が当たる。


「いや。待ってくださいよ。あっ! アーーーーーッ!」


 両腕を背中に回されて、がっちりとホールドされた。

 ふっくらとした柔らかい双丘が、彼方の胸板にこれでもかと押し付けられる。布地越しに伝わってくる人肌の暖かい心地よさと、大人の女性特有の甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐり、頭が次第にぼんやりと真っ白になっていく。


 と、その時。


 ガララッと、保険室によくあるカーテンでしきられたベッドスペースのカーテンが開かれ、


「もしかして私は、見てはいけないものを見てしまったのだろうか?」


 聞き覚えのある声。いや。俺が忘れるはずのない声が背後から聞こえた。

 その声で真っ白だった俺の頭は色を取り戻し、蓮城先生の肩を押してなるべく身体が密着しないようにする。


 その際に見た蓮城先生の顔は、「やべ! やっちまった!」というような表情を作っていた。

 首を回して、恐る恐る後ろを向く。

 そして、目が合う。


「おっ⁈ 貴様はあの時、私に向かって叫び散らしていた男子生徒ではないか。久しぶりだな! まぁ、なんだ。内緒にしておくから。その…………頑張るんだぞ! 教員と生徒という立場では何かと苦労するだろうが、あ、あああ愛があれば、問題ナッシングだ!」


 ……予想通り、彼女はいた。


 背後を振り向いた俺の目の前には、グッと力強く親指を立てる学園の頂点に君臨した女子生徒、エリスティア・レイヴァレリウスが立っている。


 突然の再会に少しの間、体が固まる。


「それじゃあ、頑張るんだぞ!」


 私は何もみなかった、と言わんばかりに、エリスティアさんは逃げるようにして保険室から退室しようとする。


「え⁈ いや。ちょっと待っ…………」


 それを呼び止めようとするが、エリスティアさんを呼び止めようとした時には、もうすでにエリスティアさんは保険室から退室していた。


「…………話したいことが、あったんだけどな」


 突然降り出して、ふと気がついた時には止んでいる驟雨のように、エリスティアさんは通り過ぎていってしまった。


「えっとー。そんなに落ち込むようなことじゃあない! 昼下がりに、惚れてないって言ってたろ? でもまぁ、会いたいなら、この保険室にいればまた会えるさ。だからまぁ、その………。ごめんね」


「謝る気持ちがあるなら、まずは俺から離れてくれません⁈」


「てへぺろ♡」


 そうして蓮城先生からようやく解放された。


(てへぺろって………。蓮城先生、もうそんな歳じゃないでしょうよ………)


 少々というよりは、歳的にかなり似合っていない見ていて痛々しい『てへぺろ』を披露する蓮城先生だったが、本人としては満足のいく『てへぺろ』だったらしくえらくご満悦だった。


「それじゃあ俺はもう帰るんで、トレーニングメニューの件は宜しくお願いしますよ」


「お姉さんに、任せなさい! 沈没船に乗った気でいていいからね」


「期待できない!」


 まだ泥舟の方がマシだ。




◆◇◆◇◆




移動式洋上人工島『大和』には、中心部『大和学園』から見て東側と南側に居住区があり、北側と西側には商業区が広がっている。


俺は学園から出ている無償バスで移動して、人工島の東側にある東居住区に向かった。

約一時間バスに揺られてバス停に着く。


さらにバス停から一時間歩いて、ようやく目的の場所に到着した。俺の目の前には、入り口部に『ウグイス荘』という看板が立てかけてある少しボロくさい木造建築の大きな民家がある。


「いつも思うけど、なんでこんな島の端に住んでんだ俺は………」


この少しボロくさい木造建築の民家、『ウグイス荘』が俺の住む家だった。


「ただいま」


と言って家に帰るも返事は返ってこない。それもそのはず、この『ウグイス荘』の住居人は、俺だけだからだ。


昔、俺がまだ高等科一年の頃は、もう一人住居人がいたのだが、俺が高等科二年になると同時にどこかへ行ってしまった。


部屋の中の私物なども持ち出されておらず、置手紙などもなく、その住居人だけが忽然と消えてしまった為に、そいつの行方はわからない。


ただ、いつか帰ってくる可能性が微粒子レベルで存在すると考えているから、その住居人の部屋はそのままの状態で保存している。


探そうと思えば探せるのだろうが、探そうとは微塵も思わない。探して見つけたところで、何が起きるわけでもないからだ。


「夕飯は……、カップ麺がまだあるし。それでいいか……」


蓮城先生から、栄養バランスを考えた食事をしろと口を酸っぱくして言われているが、基本的に夕食と朝食は北商業区で大量に買ってきたカップ麺とレトルト食品に依存している。


昼食は学食だ。


手早くお湯を沸かし、カップ麺に注いで三分待って夕飯を作る。

今日のカップ麺は味噌だ。


「今日は、腕立て三〇〇回、腹筋三〇〇回、スクワット三〇〇回やってから寝るか」


今日の朝、このトレーニングメニューを試して全身が攣ったばかりだったが、この程度で立ち止まるわけにもいかない。

全身が攣る覚悟はとっくに出来ている。


「よし。早速筋トレ始めるか……」


こうして、俺の一日は幕を閉じる。



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